第36話 ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部
鮮やかなオレンジ色の夕日がゆっくりと沈んで、湿気を含んだ夜になった。
大きな灰色の雲の塊がいくつも浮かんでいて、星が見えにくい。
僕はアーロン君との約束の時間に間に合うよう、ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部を訪れた。
入り口で整列して僕たちを出迎えた女の子はみんな鼠人族だから、スライムのオッタヴィアーノさんのこだわり通り、無駄にロリロリしい。
こういうところは基本的にはおさわり禁止のはずだけど、触ってもべつに文句は言われなかった。
触ったのは僕じゃないよ。
僕はセクハラなんてしない。絶対に。
誰が触ったのかというと、ミノ太郎こと性豪エンディミオン様である。
彼は入り口でなぜか足を滑らせ仰向けに転んで女の子のスカートの中を見上げて覗き、立ち上がる時に段差につまずきバランスを崩した拍子に手が女の子の胸に触り、謝ろうと頭を下げるとタイミングが悪くて女の子にキスをする。
見せてもらった〝性豪〟の称号スキルのなかに、偶然女の子の体に触れる変なスキルはなかったはずなのに。と首を傾げながら、僕らは案内された席に着いた。
メンバーは僕とアーロン君、なぜか呼ばれていたミノ太郎さん。ゼノビア・ジェーンと他二人は、アーロン君が立ち上げたクランの出資者たち。
みんな有名人で、街の有力者だ。
彼女たちの顔が強張っているのは、ミノ太郎さんの悪意ないセクハラのせいだろう。
もしくは僕以外のメンバーがみんな大物だからかな。なにせ称号持ちが複数いる。
それかグリフォン商会とは協力関係にない闇ギルドのアーロン君たちがいるからかもしれない。
案内された個室はしんとしている。アーロン君があらかじめ店に何かを言ったらしい。
他の席から聞こえて当然の声や物音はせず、女の子たちはぎこちない笑みを浮かべたまま動かない。
入り口で出迎えてくれた黒スーツの男が、アーロン君の目配せで女の子のうちの一人をこちらの席へと促がした。他の女の子たちはほっとした表情で下がっていった。
席順は端から僕、女の子、アーロン君、ミノ太郎さん。
机を挟んで対面に、ゼノビア・ジェーンたちが座っている。
個室の壁はドアも含めて全面鏡張り。
うっすら魔力を放つ花が、でかい壺に活けてある。天井には回る照明が虹色の小さな光を無数に放っていた。
「そういえば、よくも勝手に僕をセクハラメンバーにしてくれやがったね?」
知らずに粗相をしようものなら死体も残らず街から消されそうな面子を前に小声で言えば、アーロン君は女の子の頭越しに僕を見返した。
「その話……申請が通った連絡が俺に届いたのは今朝なんだが、よく知ってるな」
「ミナトが教えてくれた」
僕の答えに、アーロン君は「なるほど、ミナトか」と呟いて肩をすくめた。
「勇者も持っていた幻のスキル〝ラッキースケベ〟を、君は持っているのかもしれませんね」
流れるようにボディタッチとセクハラを繰り返していたミノ太郎さんを対面でじっくり観察して呟いたのは、アーロン君が立ち上げたクラン〝セクシャルハラスメント〟に金を出した投資家の一人、ラン・ティエンだ。
僕に向かってにこりと笑いかけてから、彼の空色の視線はまたミノ太郎さんへと戻っていった。
そしてラン・ティエンがミノ太郎さんへ話す内容が、ラッキースケベから彼の趣味である尖って濁ったスケベ話へと急角度で変わる。聞いていると胸が気持ち悪くなるような内容だ。
欠損だの改造だの無機物だのと穏やかならぬスケベについて語るたおやかな顔を見ていたくなくて、僕は視線をそらした。
「なルホド……ナカナカ極端なスキルのヨウダ」
そらした視線の先でゼノビア・ジェーンと話しているのは、真正面の席に座った巨大なゲジゲジである。
そう、ゲジゲジ。
足がいっぱいあって黒くてもさもさした虫。あのゲジゲジである。
それが長い触角が生えた頭に艶やかな光沢を放つシルクハットをかぶって、革のソファに腰掛けている。どこが腰なのかは定かではない。
さらにはシャンパングラスとステッキとつまみのチーズと懐中時計をそれぞれの手に持って、わさわさと蠢いている。
正確に言うと、ゲジによく似た外見をしている〝デーモンゲジ〟という魔物だ。
その昔、彼の祖先が勇者によってテイムされ、名前を与えられたことによって知性が芽生えた。
祖先が勇者から与えられた名前はタカハシ。
その十四代目にあたる目の前のゲジゲジは、タカハシ十四世。
初代から金貸しを営んでいて、十代ほど前には市民権を得て今では立派な上級市民である。タカハシ十二世さんから始めた質屋も好調で、ボアダムでも指折りの投資家の一人でもある。
そして種族名にデーモンとつきながら、性格はいたって穏やかな紳士であるという。長い触角と艶やかなシルクハットがトレードマークのゲジゲジ紳士。
このゲジが視界に入るたび、僕の隣に座った女の子がびくりと震える。
薄暗い店内だというのに顔色が青いのがよくわかる。
人間サイズのゲジゲジを恐れる気持ちは僕にもよくわかる。申し訳ないけどビジュアルがすごいから。
タカハシさんの体に厚みはないけれど、圧迫感はすごくあった。
「レベル上がるト、他人ニモ、スキルの効果がデルようにナルと?」と、タカハシさんが渋くて低い良い声でアーロン君へ尋ねた。モサッと体が揺れる。
タカハシさんの問いに、アーロン君がうなずきながら答えた。
「現に今でも着床率変化のスキル効果は、他人に対しても100%です」
「マダ、称号ヲ得テ間もナイノニ、なぜワカルのダネ? 私はヨク知らナイが、人間ノ妊娠期間ハ一年ホドあるノダロウ?」
「女神の囁きが着床率を伝えてくれるからですね」
「女神ノ囁キが……ふム。ナラバ、疑う余地はナイナ」
え、まじで? と、僕は二人……というか一人と一匹というか一体というか……の会話を聞き、飲んでいたシャンパンを口からこぼしそうになって、慌てて唇を手で押さえた。
女神の囁き。
それはレベルアップやステータスが変化した時にどこからともなく聞こえてくる女性の声のことだ。
たとえば、冒険者がゴブリンを一匹倒した時に、
――経験値を15獲得しました。
――次のレベルまであと1500の経験値が必要です。
……なんていう、自分のステータスを子細に教えてくれる女性の囁き声が聞こえることがある。
勇者たちがこれを〝女神の囁き〟と呼んでいたことから、この呼び名が定着した。だけど本当に女神の声なのかどうかは、研究者たちの間でも意見が分かれるところなのだとか。
で、この女神。レベル以外にもステータスの変化を伝えてくれる時がある。
大概が魔物の攻撃を受けた時のステータスの変化だ。
――ポイズンスライムの体当たりにより、毒(小)になりました。
つまり女神は、ミノ太郎さんのスキル〝着床率変化〟をかけられた女性に対し、
――ミノ太郎のスキル〝着床率変化〟により、100%着床しました。
と囁いたということか。
女神様も大変だ。




