第35話 セクシャルハラスメント
今日は業者として、冒険者ギルドの裏口から納品へ行った。
魔導具の納品書へ無事にサインをもらって裏口を出て少し歩き、さてちょっと何か食べてからアーロン君と合流しようかなと考える。
その油断した一瞬に、「セタ」と声がして目の前にミナトが現れて驚く。
ミナトの鼻先におでこをぶつけそうになった。
「だから、びっくりするから声かけてって!」
のけ反って言った僕へ、ミナトが日差しの中でわずかに首を傾げた。
「かけたわ」
「そうだね。そうだけど、もうちょっと早めにかけられない? あと三十秒くらいでいいんだけど」
「そういえば」
僕の恨めしげな視線をさくっと無視して、ミナトが思い出したように呟いた。
「今朝、アーロン君が申請していたクランの設立が認められたわ」
「はいぃ? アーロン君がクラン?」
なにそれ。
闇ギルドを抜けて冒険者業をするつもりなのかな。
アーロン君なら称号持ちになれるくらい活躍できると思うけれど、急な転職報告に幼馴染みとしては気持ちがついていかないよ。
「セタの名前もクランのメンバーに入っていたわ」
「えー? それも聞いてないよ」
ますますなんだそれ。
何を勝手なことを。
雨上がりの蒸し暑さのせいで額に流れた汗を拭って、僕はミナトのほうへしっかりと向き直った。ぬかるんだ土のせいで靴底が滑って安定しない。
冒険者ギルドの裏口付近は土が剥き出しで、舗装されていない。
ギルドの裏口からここまで雨に濡れた土の上を歩いてきたはずなのに、ミナトの凶器のように尖ったヒールの靴には泥汚れがひとつもない。
歩き方がいいのか、それとも靴の性能がいいのか。
「クラン作るのって人数いるよね?」
「ええ。創立メンバーとして最低五人は必要よ。だからメンバーは、クランマスターのエンディミオンという人と、あなたと、アーロン君、ロージー、マルクスフィットチーネの五人」
クランマスターの名前を聞いて、僕は「はーん、なるほど」とううなずいた。
性豪様がクランマスターになっちゃったかー。
名もないミノタウロスから大出世である。
「どうしてもクランマスターのレベルを80以上に、できればレベル100にしたいのだそうよ」
「ああ、アーロン君、本気で……」
その先の言葉は、さすがにのみ込んだ。
ミナトの前では言えない。僕からしてみれば姉か妹のような存在だけど、この犬耳は他の人間にしてみれば非常に魅力的な女性なのである。
本気でミノ太郎さんの精液に催淫効果付与させて、ちんこ飛ばす気なんだ。なんて、そんな下品なこと白昼堂々ギルドの受付嬢の前でさすがに言えないよ、僕。
「そう。アーロン君は本気で冒険者を育てる気みたいね。書類にはすでに何名か大物投資家の名前も載っていたわ」
「大物投資家ねえ?」
それたぶん背徳の館のお得意さんじゃない? もしくはそういうことが大好きなお金持ちの誰か。
あとたぶんミナトが言うように、アーロン君は真っ当に冒険者を育てたいわけじゃないと思うよ。
牛男のちんこを飛ばしたいだけだよ、あの男は。
「あのゼノビア・ジェーンも投資をするというので、ギルド内も騒ぎになっていたわ」
「ええー」
やだ。
深紅の恩讐が金を出すっていうなら、ある程度軌道に乗るまでちゃんと活動しないとすごいペナルティを食らいそうだ。ケツ毛まで抜かれそう。生えてないけど。
「クランマスターが称号持ちだというから、投資家たちも期待しているようね」
「でしょうね」
冒険者としての期待ではないだろうけど。
「五人しかメンバーがいないにもかかわらず、あれだけの投資家がバックにつくのはとてもめずらしいわ」
「で、しょうねえ。うん」
ソロ冒険者よりもクランのほうが投資家はつきやすい。
投資家の投資を受けられれば、その金で良い装備を買えるし、ポーションなんかの消耗品もすぐに補充できる。
怪我や病気にかかれば、その投資家が寄付をしている教会で優先的に治療を受けることもできる。クランハウスという拠点も投資家が用意するから、宿屋で金を払いつつ活動するより金銭的にも精神的にも余裕ができる。
よって、活動しやすい。レベルも上がる。
投資家のほうも、クランであれば投資もしやすい。
最近では冒険者を新人の頃から目を付けて育てるようなことはめったにない。新人は心が折れやすいし、死にやすい。金を回収できなければ投資する意味もない。
ある程度活躍しているパーティーはメンバー同士の結束が強い場合が多いから、誰かが欠けるとそのまま解散する恐れがある。その点、ソロ冒険者やパーティーがいくつか固まってできたクランであれば、誰か死んでも誰かが損失を補ってくれる。
ソロよりもパーティー、パーティーよりもクラン。
そして無名の冒険者よりも称号持ちの冒険者のほうか投資家はつきやすいのだ。
「クラン名は〝セクシャルハラスメント〟で受理されたわ」
「いいのそれ。そんな名前で本当にいいのか」
ギルド的にオッケーなのか。
全然納得できない僕を置いて、ミナトはふわっと踵を返して帰っていった。
道に一人でぽつんと立つ僕を心配し、顔なじみの冒険者が声をかけてくれる。
ありがたいけれど、
「お前さ、ギルドでその……誰かにセクハラしたんだって? とんでもない噂になってるぞ。相手は冒険者か、受付嬢か、職員か、誰だ? まさか一般の依頼人じゃないだろうな? というか、どっちだ? どっちの性別にセクハラしたんだ? お前どっちが好きなの? まあさ。誰にせよ、やめたほうがいいと思うぞ」
と本気の心配と忠告をされ、ぬかるみに呆然と立ちつくした。
勝手にメンバーに入れられていたのはただの人数合わせだと思うから、まあいいけれど、クランの名前だけは事前に相談してくれても良かったんじゃないの。
あの黒スーツ、ネーミングセンスが本当に死んでるんだから。




