第34話 そういう決まりだから
そして次の日。
ようやく雨が上がった。
まだ少し雨雲が残る空の下、雨のせいで少なくなっていた人通りが復活し、暇だった二日間が嘘みたいに朝からずっと忙しい。
魔石狩りとは関係なく普通にポーションを買いにきた向かいの花屋の女将さん、ハンナさんと少しばかり世間話をして、今度メアリーちゃんを励ます会を開こうと計画を立てた。
ハンナさんは闇なべ通り商店街理事会の理事長だ。
同じく商店街理事会の理事の一人であるバッカスの女将、ブリギッタ姐さんともども、ロドニーのおっさん譲りの真面目で素直なメアリーちゃんをかわいがっている。
メアリーちゃんは、父親とジュリアンちゃんのことで落ち込んでいるらしい。
「ところでセタガヤさんは、メアリーさんを訪ねてきた女性の素性を知っていて? どちらの小娘かしら」
灰色がかったライラック色のボブヘアをふわりと揺らし、ハンナさんが小首を傾げた。
「ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部のジュリアンちゃんです」
「どなたのお店?」
ハンナさんがおっとりと頬に手を当てて聞いてくる。
僕がグリフォン商会がケツ持ちだというと、ハンナさんのシクラメンピンクの色をした優しげな目に笑い皺が寄った。
「個人的なお話だから商店街としては動けないけれど、バッカスさんからお話をうかがって、わたくしも腹が立ちましたから……どうにかその女性を探し出して更生のお手伝いをできないかしらって思っていましたのよ」
もちろん、バッカスさんと一緒に。と、ハンナさんが付け足した。
「上半身はバッカスさんでお酒の漬け込みを手伝っていただいて、下半身はうちのお花畑で魔冬虫夏草のお世話をしていただこうって、ブリギッタさんと相談していたの」
まるで大きすぎる大根を半分こして鍋に使おう、とでもいうような気軽さで言うハンナさん。
ハンナさんの種族はドライアドだ。彼女も勇者召喚時代からこの辺りで店を開く長命種。
郊外に大きな花畑を持っていて、そこでは薬師ギルドに卸す薬草を栽培している。特殊な肥料を必要とする希少な薬草だ。
そしてバッカスは酒の種類の多さで有名である。混沌街の店も一目置くほど。
そのなかには、やっぱり特殊な製法で作られた貴重な酒もあるんだろう。
「一人二役で店の手伝いかあ。そりゃ忙しくって人を騙してお金を取ろうって気も起きないでしょうね」
うちの店は問題が起こってもアーロン君に丸投げだけど、闇なべ通りの店はだいたいそれぞれが問題解決の手段を持っている。
花屋の花畑、バッカスの酒。手段についてはどの店も口出しはしない。そういう決まりだ。
そして闇なべ通り商店街にその名がつく前からこの辺りの商店を利用していた勇者から、問題客には容赦するなと教えられている。
〝カスハラ死すべし〟と。
ハンナさんのおっとりした笑みに、僕も微笑みを返した。
魔石狩りで多少バタバタしているけれど、闇なべ通りの日常に変化なし。
アーロン君とゼノビア・ジェーンが怒っていたから、ジュリアンちゃんたちは余命いくばくもないはずと伝えると、ハンナさんは淹れたてのコーヒーの香りを嗅いだ時のような笑顔を残して帰っていった。
そんなハンナさんの小柄な背中に「あざっしたー」と声をかけて、なんとはなしにちらっと隣を見た僕は、ちょっとの間沈黙した。
隣にいた女装ドワーフ、ローザがあまりにへろへろだったから。
ドレスはよれて汚れ、暑さから汗の流れる額から首筋まで火照って赤くなっているのに、オーバーワークの疲れから青ざめても見えるという謎の顔色。
なんかゴブリンの集団に輪姦されたあとみたい。
いや、そんな現場見たことないからわからないけど。なんとなく雰囲気が。
僕が花屋の女将と世間話をしているあいだ、店は純粋な客とローザ目当ての変態でごった返していた。女装ドワーフはその全てを一人で見事にさばいていたようだ。
代金を受け取りポーションを渡し、ときに釣銭を渡し、風俗店で財布の紐が緩みそうな男には微笑み付きでアーロン君のお店のチラシを配り、万引き犯には容赦なく防犯用の鉄球を投げつけて黙らせ警邏隊に引き渡し、セクハラやヤジを柳のように受け流す。
獅子奮迅の活躍である。
「セ、セタガヤさん、話が終ったなら手伝ってほしいッス」
「その気はあるよ、もちろん。でもこれから僕、冒険者ギルドへじいさんの魔導具を持っていかなきゃいけないから無理」
テラから称号を得た職人の面目躍如で、じいさんは冒険者ギルドからの大量の追加発注を二日でこなした。
そして仕事明けの今日、久しぶりに近所のじいさん連中と魔犬レース場へと羽ばたいていった。今日は三つ首のケルベロスもどきが走るらしい。じいさんはそれに賭けると言っていたが、どう考えても俊敏さはないような気がする。
たぶん負けてくる。この追加発注で稼いだ分を全部吐き出して帰ってくるだろう。
「えっ。じゃ、じゃあギルドからは何時ぐらいに戻るッスか? セタガヤさんが帰ってきたら休憩取りたくて」
「いや、店を開けてる時間には帰らないと思う」
ローザの黄色いのまつ毛に縁取られた大きな目が、さらに大きく見開かれた。
ぎらつく太陽に照らされた桃色の唇がひくひくと引きつって小刻みに揺れている。
「ここ、セタガヤさんのお店ッスよね……?」
「じいさんの店だけど、まあそうだね。うん。でも冒険者ギルドのあとは、アーロン君と飲みにいく約束してるから。ギルドに行ったあと外でご飯食べて、時間調整にちょっと街をぶらっとしてから合流するつもり」
「休日じゃないんスよ、今日は。魔石狩りのスケジュールわかってて飲みの予定入れたッスか」
いや、確かにローザの言う通り、スケジュール的に飲みは断ろうと思ってたよ。天気の様子からも今日は混むってわかってたし、真面目に仕事しようとは思ってた。
でも昨日の夜いきなりアーロン君が家にきて、明日の午後飲みに行こうぜって誘ってきたからさ。
警邏に潰される前にネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部へ行って噂のジュリアンちゃん見に行こうぜって言われてたら、二つ返事だよね。
しかもゼノビア・ジェーンの奢りなんだって。そんなの断れるわけないじゃん。
「文句はそちらの店長さんにどうぞ」
午後の仕事は女装ドワーフに任せろって言ってたし。
アーロン君、実は触手全滅が相当頭にきているようだ。存分にこき使えと言われている。
「ほら、さぼってないで接客よろしく」
「ひどいッス! ボクずーっと休みなしで働いてるんスよ! 帰っても店長に掃除とか命じられて働かされるから、一時間くらいしか寝れてないッス!」
「一時間も寝れてるなら十分十分。がんばってー」
「――鬼ッス……鬼な畜生がにこにこしてるッス。優しくねえッス」
「僕は働かせろって頼まれてるだけ。黒スーツに言われたら、一般人は断れないんだ。ごめんね」
普通の闇ギルドならたぶん今頃ローザはもっとえぐいショーに出ているか、闇薬師のイケナイお薬の材料になっているかしているのだから、アーロン君は優しいほうだと思うぞ。
「ドワーフだったら心臓単体のほうが高値になるのにね」
引きこもり薬師に聞いた相場を思い出して呟くと、女装ドワーフは裏路地で連続レイプ魔に遭遇した少女のように胸を隠して震え出した。
何を勘違いしているのか知らないけど、僕はべつに男の娘には興味ないぞ。




