第33話 きゅーおーえる
雨雲なんて世界から消滅したんじゃないかと思っていたけれど、なんと冒険者ギルドから出ると雨が降っていた。
アーロン君たちと別れ、僕は約束通りミナト家へ向かった。
ミナトは一緒じゃない。自分から家族の夕飯に誘ったくせに、「私はいけない」ってどういうことだ。
酒屋で適当なワインを買ってミナト家に向かう頃には、しとしとと降っていた霧雨はしっかりとした雨になり、道に大きな水たまりを作っていた。
晴天続きでみんな傘の存在を忘れたらしい。
僕を含めて道を行く人たちは、ほとんど全員が体で荷物が濡れないように庇いながら歩いていく。
ミナトの家族は、全員でツユクサみたいな青い目を見開いて驚きつつ、びしょ濡れになった僕を出迎えてくれた。
おばさんの手料理は久しぶりだった。
そのシチューのおいしさとか、飲めないくせに僕と張り合うようにワインを飲んで真っ赤になるおじさんの面倒臭さとか、肩まである真っすぐな金髪の髪質がミナトそっくりの弟シバの、規則正しいカトラリーの使い方とか……そういうのも久しぶりで、こんな真夏の夜にみんなで熱々のシチューを食べて笑って話したことを、たぶん僕はいつまでも覚えているのだろうなと思った。
まったく、こんなに楽しいのに。
なんでミナトはいないんだろう。
自分で誘ったくせに。
櫛の歯が抜けたみたいな空席を見て、言い出しっぺのくせにとちょっと腹を立てたこともたぶん、僕はいつまでも覚えているんだろう。
下戸のくせに飲ませたがりのおじさんが、僕のワイングラスの口までワインを注いでくる。
表面張力の限界に震えるワインを見ながら、僕はなぜかふと、ミリムちゃん親子のことを思い出した。
今ごろ二人仲良くごほうびイッチを食べているだろうか。
給料日の特別なサンドイッチ。日常の中の非日常。
それが繰り返されて日常に馴染んでいって、だけどどれだけ時間が経ってもパッと思い出せるような身近な記憶として残る。そんなのがきっと幸せだというのだろう。
称号は誰もが欲しがる最強の肩書だ。だけど突然大人のおもちゃを極めたみたいな称号をもらってもとまどうだけ。
だったらやっぱり、称号で人生が劇的に変わるより、平凡な毎日の積み重ねのほうが幸せなんじゃないかなって。
ワインボトルから注がれた最後の一滴であふれたワインを見ながら、僕はめずらしくしんみりとそう思った。
◇
夕方から久しぶりの雨が降った日の、その次の日も引き続き雨だった。
魔石狩りの会場は盛況だが、商店街のほうへ足を延ばして買い物をしようという客はあまりいない。
午後にミリムちゃんが飴型ポーションを買いにきて、ついでにごほうびイッチのおいしさを自慢して帰っていった以降は暇だった。
僕は人通りが少し減った店先で、控えめに流れてくる串焼きの煙を見ながら店番である。
じいさんは冒険者ギルドから依頼された収納の魔導具の追加発注分を製作中で、めずらしく家にいる。
用がないから僕はめったに入らない工房にこもって作業している。
間取りを考えるとうちもけっこう広いな。
◇
その次の日も雨だった。
やっぱり人通りは前日と変わらず、店の手伝いにきているローザも暇そうだ。
マルクスフィットチーネは雨をものともせずに露出狂じみた装備で道に飛び出し、チラシを配っている。
うちの店が暇なのは、雨のせいでテカテカ度が上がったチラシ配り露出狂おじさんのせいじゃないかな。いっかい蹴ってもいいんじゃないの、あれ。
雨でもミリムちゃんは元気に魔石狩り。うちの店にも皆勤賞。
じいさんは引き続き工房にこもって魔導具制作、看板猫のハクは顔を洗ってから扇風機の前で一本の長い炭みたいになってすやすや。
雨でも暑さは変わらない。むしろ湿気で汗が蒸発しづらくなって、僕はちょっと脱水気味かも。
ということで、僕もタライに張った水に足を突っ込んで、ハクの隣でだら~っと涼む。
店番がいるって、個人の時間を大切にできるからいいなあ。
勇者が言っていた「きゅーおーえる爆上がり」ってこういうことかもしれない。




