第32話 飛んでどうすんの?
普通は迷宮証憑に『精力』のパラメーターの記載はないが、ミノタウロスの迷宮証憑にはしっかり+0.2%ボーナスの恩恵を受けた精力のパラメーターが載っている。性豪仕様になっているようだ。
初めて見たよそんなの。
その『精力』のパラメーターがどれくらいの数値かというと、「ゼツリン、デスネ」と、思わずカタコトになってしまうくらい。
だって、明らかに前衛職であろうミノタウロスの『攻撃力』の数値より大きいってどういうことだと思ったら、つい。
しかもこれ、レベルアップするとさらに+0.2%とエッチした回数分のボーナスがつくんでしょ?
仕事でサキュバスの餌になっているこの人は、これから先いったいどれくらい強くなるのだろうか。こわー。
僕はこれからこの人のことを、敬意をこめて「ミノ太郎さん」と呼ぶことにする。
どんなトンチキな力でも、そしてそれを得る過程がどれほどいかれていたとしても、力は力だ。
「称号を得る前のミノ太郎さんにも勝てるとは思ってなかったけど、こうなるともう全然僕じゃ敵わないね……」
相変わらずテラのやることは容赦ない。
こんなギャグみたいな称号でも得たらそこらへんの冒険者たちの努力や人生を鼻息で吹っ飛ばせるほどの力を得るのだ。嘲笑うみたいに。
どれだけ努力して力を身に着けたって、無駄じゃん。
それに気づいた冒険者が何人かが、僕のため息に同調するように深く息を吐いている。
だから僕はテラが嫌いなんだ。
「だけどミノ太郎さんだって不正したわけでもないしねえ。ただただすけべが上手だったってだけで」
ミノ太郎さんの迷宮証憑を片手の指で挟み、顔を上げて牛面ににっこり笑いかける。
「ま、よかったね。称号獲得おめでと」
「魔道具屋殿……っ」
暗くなりそうだった気分を切り替えるためにもぱちぱちと拍手しながらそう言うと、ミノ太郎さんはつぶらな瞳を潤ませて僕を見た。
「は、初めて祝われ申した!」
あんなに渋い顔をしていたけれど、どんなものであれ称号を得たという事実自体は嬉しかったらしい。
へこみまくった鎧をぎこちなく動かして僕のほうへと伸ばしたミノ太郎さんの腕を、横からアーロン君が手で払った。
「店の女どもはいいが、こいつには触るな」
「そうだよー。称号取りたてほやほやでしょ? 変にスキルが発動しないとも限らないし。パラメーターアップのためにもし僕に無理やりしたら、アーロン君にぶっ壊されるよ」
幼馴染みとして、僕らにはお互いにそれくらいの感情はあると信じてる。
僕だってアーロン君がミノ太郎さんに同意のないエッチを強いられたあげくに称号スキルでちんこから電流を流されたってなったら、ありとあらゆる伝手と手段を講じてミノ太郎さんの存在を消すと思うし。ちんこも潰すし。
「僕と、アーロン君と、あとミナトには手を出したらだめだよ。特にミナトはだめだよ」
ちょっと社交性に難があるけど、ミナトはとても綺麗な女性だ。
あんまりにも顔面が綺麗すぎるうえに表情筋も凍りついているので冷たく見えるけれど、それが良いという男も多かった。踏まれたいとか言ってさ。
何度か素行の悪い冒険者にナンパされているのを見たことがあるし、その彼女に逆恨みされて嫌がらせされていたことも知っている。
せっかく夢を叶えて冒険者ギルドの受付嬢になったのに、その冒険者から煩わされるなんてかわいそうだ。
「ま、まさか! そそんな邪な気持ちを抱くわけが……! ミナト殿という方はよく知らぬが、私はむやみやたらに女性に手を出す鬼畜ではない! というか、アーロン殿にそんな気を抱く猛者はござらん!」
「なんで? アーロン君だってかわいいじゃん」
「そうだぞ、俺だってかわいいだろうが」
絶句して固まったミノ太郎さんを眺めてから、僕はもう一度迷宮証憑を称号とその説明を読んだ。
「まあなんというか、ミノ太郎さんのこれまでの努力や生き方が、こう……性欲とすけべ心にぎゅっと濃縮されちゃった感じ? これからの人生も冒険者とかじゃなくて〝性豪〟として歩めよと、勇者たちに背中を押された感じもするよね」
まじまじと迷宮証憑を覗き込んでため息をついた僕に、アーロン君が苦笑する。
「性豪っつうか、歩く大人の玩具って感じだが」
「ていうかさ、なにこのレベル100で解放される〝フライング・ペニス〟って。ちんこが飛ぶの? 飛んでどうすんの?」
「てめぇは部屋で寝ながら、ちんこ飛ばして外にいる女を犯すとか?」
「それって性豪っていうより性犯罪者なんじゃないの」
「完全犯罪が可能だな」
僕たちの会話に、聞き耳を立てていた周りの冒険者たちが笑いとドン引きが半々の顔でさっと距離を開けながら自由勝手に話し出す。
女性冒険者の中には、すでに汚物を見るかのような冷たい目でミノ太郎さんを見下している者もいる。まだ何もしてないのにね。
いや僕もさっきちょっとアーロン君やミナトのこと想像してちょっと冷たい目で見ちゃったから、彼女たちのその視線にはなんにも言えないけど。
そんな周りからの視線に耐えられなくなったのか、ミノ太郎さんは崩れ落ちた。
「ぬああああああ……! こんなはずでは! こんなはずではなかったのである! 私がボアダムに来たのは、騎士として修業をするためであってええええ!」
ミノ太郎さんが悲痛な声を上げる。足に怪我をして沼にはまり、もがくこともできなくなった牛のような悲鳴だった。
「いいじゃねえか。〝性豪〟エンディミオン、今度お前の店を出してやるよ。〝性豪がいる店、エンディミオン~振動するちんこをナカで感じる~〟つって」
「ねえなんでアーロン君の考える店名って、いっつもちょっとキモくて語呂が悪いの?」
「そうか? じゃあ、長文ふうの店名にしてみるか。~中出しされてみたい貴女へ。妊娠の可能性ゼロ、安心安全の中出しを感じてみませんか?~ って。おい、さっさとレベル80になってザーメンに催淫効果付与できるようになれよ〝性豪エンディミオン〟」
「抗議する! 店などいらぬ! そしてなぜ! なぜアーロン殿はこのような時ばかり私の本名を連呼するのか!」
「あァ? 完全予約制の高級店だぞ? 何が不満だ〝性豪エンディミオン〟」
「〝性豪エンディミオン〟は中出しで摘発されるかもしれないのが嫌なんじゃないの」
「おいおいおいおい、俺を誰だと思ってるんだ。そのへんはうまくやるに決まってるだろ。そんなの気にしねえでじゃんじゃん中に出せ〝性豪エンディミオン〟」
「ななな、なんという破廉恥で非常識なことを! そういうわけではないのである! こんなつもりではなかった……こんな、こんな……」
床に顔を伏せて嘆くミノ太郎さんの横にしゃがみこんだアーロン君が、スキルを絶妙に制御した手でその背を叩いた。
輝くプレートメイルの背中が、手の形に大きくへこむ。
これが子供の頃ならミノ太郎さんの内臓はぐちゃぐちゃになっていただろうに、鎧だけが子供が泥遊びしたあとみたいに手の形にへこんでいて、中身はちゃんと無事だった。
「ボアダムに修行にきたってことは、称号目当てだろうが。狙い通り手に入った称号の何が気に食わねえ」
崩れ落ちたミノ太郎さんの横にしゃがんで、アーロン君が首を傾げた。
「やはりこのような破廉恥極まる称号など、わ、私を信じて送り出してくださった主に申し訳が立たぬ。捨ててしまいたい……」
「童貞捨てたいみたいに言うじゃん」
思わず呟いてしまった僕をあきれたように見上げつつ、アーロン君がミノ太郎さんの金髪の頭を叩いた。
「生まれた時から強制的に持たされてたスキルじゃなし、てめえは自分の意思でボアダムに来て、てめえで決めて闇なべ通りでいちゃもんつけてうちに出荷されて、てめえが絶倫だったおかげで生き延びた。全部てめえの選択で、行動の結果だろ。それを迷宮は見てたんだ。つべこべ言ってねえでのみ込めよ」
落ち込み項垂れた金髪を鷲掴み、強制的に顔を上げさせて、アーロン君はサングラス越しにミノ太郎さんと目を合わせる。
「ここにきたからにはルールに従え。食えねえもんでも飲み込んで、ごちそうさまでしたっつって自分の血肉にしろ。じゃなきゃ一生てめえはうちで餌のままだ」
涙目でアーロン君を見つめるミノ太郎さんは、きっとわかっていないだろう。アーロン君がどれだけ親切なことを言っているのか。
「優しいじゃん、どうしたの?」
この街の人間は普通、自分がよそった鍋の具が、狙った肉じゃなかったからってぐずるやつに忠告なんてしない。
「餌とはいえうちの従業員だし、風俗店には貴重な称号持ちだし、一応な。何より納得して自分から腰振ってくれたほうが管理がラクだろ。そっちのほうが儲かるなら、俺ァどこまでだって優しいぜ」
そっかーと返した僕に、アーロン君は薄い唇をつり上げた。
「力なんざ使いよう、必要なのは腹を括れるかどうかだろ」




