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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第30話 そんなに節穴じゃない

「セタガヤじゃねえか。めずらしい」


 ギルドマスターの部屋前の廊下で夕飯の約束をしてからミナトと別れ、ギルドの出入り口に戻ってくると、今度はでっかいほうの幼馴染みに声をかけられた。


「アーロン君、ちょうどよかった」


 そのへんにいる冒険者たちよりさらに一回り大きい体に、勇者遺伝の黒髪オールバック。冒険者としてギルドにいておかしくない体格だけど、今日もビシッと着こなした黒いスーツがギルドにはミスマッチだ。


「あ? なんだ」


 首を傾げるついでにコキンと鳴らしたアーロン君へ、僕はゼノビア・ジェーンから伝言を預かった経緯を説明する。


「それで〝ネズミ狩りはいつする?〟ってさ」


「なるほど。ちょうどこっちも深紅の恩讐には用があったから、そのついでに伝言にも返事をしておく」


 ボアダム東地区で黒いスーツといったら混沌街の住人、闇ギルドの構成員であることの象徴だ。冒険者たちはアーロン君の黒スーツに少しも引っかからないよう、細心の注意を払って動いている。

 サメを避けて泳ぐイワシの群れみたい。もしくは冒険者に魔法を放たれて散り散りに逃げていくゴブリンの群れ。


 冒険者たちを観察する僕を見下ろして、アーロン君は愉快そうに笑った。

 ゼノビア・ジェーンの言葉を無事に伝え終わって気が緩んだ僕が、他事を考えているのがわかったらしい。


「うちの金庫番と直接会いに行って顔見て話すのを許されてんのも、深紅の恩讐の呼び捨てと世間話が許されてんのも、お前くらいのもんだ」


「まさかあ。ラン・ティエンは元からうちの顧客だし、いくら称号持ちだって業者と話くらいは普通にするでしょ」


 まあ今日は個人的な話があったから、業者として話した時間はほとんどないんだけど。

 そう言うとアーロン君は心配しそう。というか、勝手なことをした僕に怒りそうだから、それは黙っておこうかな。


 うちの店の相談役としてはアーロン君が担当なのに、上司のラン・ティエンにも相談してたなんて気を悪くするだろうし。


 僕はミナトと違って全方向に配慮できる幼馴染みなのだ。偉すぎる。


「それにゼノビア・ジェーンは一人で勝手にしゃべってるだけだよ。最近の冒険者の質の悪さを愚痴ったりとか、このへんに最近できたカフェの話をしたりとか。僕はそれに相槌打ってるだけ。あの女王様、けっこう雑だよ」


 アーロン君は僕らの目の前をギクシャクした動きで通り過ぎていく冒険者を眺めながら、星が瞬くみたいな小さなため息をついた。


「……俺ァお前がたまに怖えよ。スラムのガキだろうが、称号持ちのやべえやつだろうが、投資家の女王だろうが、お前はいっつもフラットに相手の話を聞く。口調は変えて敬ったって、根っこの態度は変わんねえ」


 アーロン君は少し下を向いて僕を見て、ほつれてサングラスに落ちた前髪をかき上げた。


「たぶんお前は死人が話しかけてきてたって、そのまんまの態度で聞いてるんだろう。生きてるやつらへの恨みつらみも、へー、大変だねーとか言って。情緒死に過ぎだろ」


「そんなことないでしょ。僕をなんだと思ってるの。さすがに死人と生きてる人の区別くらいつくよ」


 そんなに節穴じゃない。

 死んだ魚の目をした男が何を言うのか。


 鼻先へずり落ちたサングラスを直しながら、僕の言葉を無視してアーロン君は続ける。


「お前のその節穴具合はすげえと思うが、いつか死人側に引っ張られて終わるんじゃねえかって――俺ァお前が怖えよ」


「ね、節穴って言うの止めれる?」


 死んだ魚の目のアーロン君と違って、僕はキラキラの美しい目をしているでしょうが。

 僕が眉間に皺を寄せて言うと、アーロン君は微かに笑みを浮かべた。苦笑だ。


 幼馴染みの僕には気安い態度のアーロン君だけど、黒スーツの男と揉め事を起こしたいようなやつは誰もいない。

 娯楽、風俗、情報売買、裏工作、闇金……その他、口では言えない諸々な事を望むのなら、闇ギルド抜きでは話ができない。屈強な冒険者たちでさえ、争いを恐れて避けて通るのだ。


 ましてアーロン君は黒髪だ。勇者遺伝のスキルを持った黒スーツなんて、僕だって幼馴染みじゃなかったら怖くて近寄れない。

 僕とアーロン君、比べるまでもなく僕はアーロン君のほうが怖い。


「でもどう考えても、揉め事起こして厄介な相手はアーロン君のほうだと思うよ。攻撃力がなさすぎて、僕はただ見逃されてるだけ」


 アーロン君はあきれたように僕を見て、肩をすくめた。


「ま、昔お前が言ったみたいに、力がありすぎるのも、無さすぎんのも力のうち。力なんざ使いようだ。恐怖心もな」


「えー、僕そんなこと言ったっけ」


「お前がませたクソガキだった頃に」


 ニッと唇を片方だけつり上げて笑う我が幼馴染みは、ゼノビア・ジェーンに威圧感がちょっとだけ似ている。

 そして笑っていながら、薄黄色いレンズの奥にある目は相変わらず死んで濁っている。


「お前の情緒が死んでるおかげで、深紅の恩讐の力が借りられるなら儲けものだが……」


 そう言いながら、アーロン君は出入りの激しい入り口を仁王立ちで睨みつける。


 腕組みした黒スーツを避けて通る冒険者たちのおかげで、僕たちの周りはわりと人口密度が少ない。ありがたい黒スーツ効果。

 暑さも、それから冒険者たちの汗臭さや謎の臭いもちょっと薄らいだような気がする。


「ああ、やっと帰ってきやがった」


「ん? 誰? 誰探して……あ!」


 アーロン君がレンズの奥の死人のような目を向けた先は、ギルドの出入り口。

 少し前に僕がアーロン君へ八万ギルで売ったはずの、フルプレートを装備した牛の姿があった。


 ぎょっとしたような顔で固まってしまったミノタウロスへ、アーロン君は仁王立ちのまま、立てた親指を下に向けて少しだけ首を傾げてみせた。


 ここに来い。という意味だろうが、地獄へ落ちろと言っているようにしか見えない。


 おそらくミノタウロスもそう思ったのだろう。兜の中の牛顔が、青ざめたままさえない。そして嫌々こちらに向かって歩いてくる。


「アーロン殿……」


「ミノ太郎さんよォ。俺ァべつに、冒険者の活動はするな、とは言ってねぇよな?」


「わ、私の名はミノ太郎ではなくエンディミオンというのだが」


「あァ? 俺は今、てめぇの名前なんか問題にしてたか?」


 眉間に皺、額に青筋。ミノタウロスよりも背が高いはずなのに、下から睨み上げているように錯覚してしまう体の角度。

 どれをとってもお手本として教科書に載せたいくらいに正しい恫喝の姿勢である。


 というか、エンディミオンって。

 殺処分寸前の牛のような顔でアーロン君に詰め寄られている男に、エンディミオン要素はゼロだと思う。


「夕方前には帰ってこいっつったよな? てめえがいねえと店の女どもが不貞腐れて商売にならねえから、さっさと帰って餌を食わせろって、俺ァ何度も何度も何度も、何度も、な・ん・ど・も、その牛ヅラに向かって言ったはずだよなあ」


 アーロン君が「何度も」と繰り返すたびに、メキョッメキョッと音を立ててミノタウロスの装備している鎧の胸当て部分がへこむ。アーロン君が言葉に合わせて、鎧を人差し指で突いているからだ。


「やー、アーロン君、今日もスキル制御はバッチリだね」


 アーロン君の持っている勇者遺伝のスキルは〝怪力〟と〝破壊〟だ。


 幼い頃はその力を制御できず、本人にその意思はないのに破壊魔と化していた。

 岩だろうが人の骨だろうがなんでも砕き、花なんて指先で触れただけでぐちゃぐちゃに潰れ、この世の全てのものに触れない悲しきモンスターだった。


「おかげさんで」


 そう言ってミノタウロスの肩を掴むアーロン君。

 死んだ魚の目をしながら浮かべた微笑みと、メキョメキョになったミノタウロスの鎧の肩が、なんだかまさしく〝破壊〟って感じでアートっぽい。


「こ、この鎧は魔石と魔力を練り込んで錬成した鉄製で、オーガの一撃にも傷ひとつ付かなかった銘品なのだが……」


 ミノタウロスが呆然と呟く。その言葉に僕はなぜか笑顔になってしまった。


 どうしてアーロン君は闇ギルドで風俗店の支配人なんかやってるんだろうね。まじで理由がわからない。

 ゼノビア・ジェーンも言っていたけど、ほんともったいない。迷宮に潜ったほうが活躍できるんじゃないだろうか。


 おそらくそこらの冒険者よりも強い黒スーツにからまれるミノタウロスを助けようという冒険者は一人もおらず、誰もが目を合わせないようにそそくさと立ち去っていく。


 僕もべつに二人に用なんてないから帰ってもいいんだけど、アーロン君がなんでミノタウロスをそんなに待っていたのかは気になる。


「ミノタウロスさんは、アーロン君の店でなんかやらかしたの?」


「ああ……」


 肩から手を放し、メキョッメキョッと胸当てをへこませ続けるアーロン君に問いかけた。

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