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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第29話 下手くそ

 ギルドマスターの部屋から廊下に出る。


 エアコンが空気を冷やしていたギルドマスターの部屋とは違って、廊下は熱がこもっていて暑い。

 遠くから冒険者たちの声が聞こえてくるけれど、その遠さが廊下の静けさを際立たせている気がした。


「このあと時間があるなら、うちに寄るといいわ。最近あなたがちっとも顔を見せないから、母が心配しているようなの」


「おばさんが? そういや最近顔見てないな」


「今日の献立はホーンラビットのホワイトシチューらしいわ」


「真夏に熱々のシチュー。おばさん変わってないなあ」


「何か変かしら?」


「いや、全然」


 魔導具作りで忙しいじいさんの代わりに僕に食事を与え、学校への入学手続きを整え、誰かと喧嘩をして帰ってきた僕を慰めたり叱ったりしたのはミナトの両親だった。

 彼らがいなければ、僕はもっと悪い方向へ流れていただろう。


「じゃあ酒屋に寄ってワインでも買っていこうかな」


「そうね。母が喜ぶわ」


 ちなみにミナトの両親はおばさんがザルで、おじさんは下戸だ。

 僕の提案に微かに顎を上下させたミナトは、熱を吸った空気に足を捉まれたみたいに動きを止めて、僕を見た。


「セタのおじい様は素晴らしいわ」


 幼馴染みは水色の瞳で真っすぐに僕を見た。

 眉をひそめる僕へ、ぶれることもそらすこともなく視線を向け続ける。


「テラに認められた職人だから、そりゃあね」


 ミナトの視線から逃れるように、僕は歩き出す。

 二歩進んだ僕の後ろで、ミナトが綺麗に割れた氷みたいな声で言った。


「でもあなただって素晴らしいわ」


 振り返ってその顔をまじまじと見た僕に対して、ミナトは右手の拳を突き出した。


「魔石と金属に時空魔法を付与して、収納の魔導具に作り替える器用なことができるのはあなただけ。おじい様だってできないことよ」


 ミナトの握り拳は新雪のように真っ白だった。

 積もった雪から少しだけ顔を出すように、薬指には緑色の小さな石がついた細い指輪がのぞいている。


 僕は苦笑した。


「まだ持ってたの、それ」


 指輪はもう何年も前に僕が作った収納の魔導具だった。

 確か学校を卒業するか、しないかくらいの時期に作ったものだった気がする。


 収納の魔導具は物を出し入れするという特性から、やっぱり袋や鞄に魔法を付与して作るほうが良いものができるし、魔力効率もいい。

 指輪やネックレスといった魔石の付いた装飾品に時空魔法を付与して作る方法はその時僕が世界で初めて作ったんだと思っていたんだけど、〝時の魔導具師〟の継承がなかったということは、どっかの誰かがすでに作ったことがあったのだろう。


 製作には膨大な魔力と技術、器用さを求められるうえに、材料も高級品質のものでないと形にならなかった。

 だから誰かが作ったことはあったとしても、効率の悪さから、たぶん今はもう誰も作っていないんじゃないかな。


 じいさんはどうだろう。作ろうと思えば作れるだろうけれど、やっぱり効率が悪いから、貴族あたりから特別な注文がなければ制作しないだろう。

 それに凶器を隠そうとすれば簡単にできてしまうから、特別注文できるような金と権力がある層はお互いを監視し合っていておいそれと手を出せなさそう。


 じいさんは〝時の魔導具師〟だ。ミナトが言ったように〝できない〟んじゃなくて、しないだけだと思う。倫理的にもね。ああ見えてけっこうそういうところは厳しいんだ。


 僕がそれを作ったのは、膨大な魔力に任せて一度に大量の収納の魔導具を作り上げるじいさんのやり方に反発心を覚えたからだった。


 もっとひとつひとつ丁寧に作ればいいのに。依頼してくれた人は高い金を払うのに。なけなしの金を集めて依頼したのかもしれない。

 オンリーワンを求めてじいさんに頼む人は、それを誰かにプレゼントするかもしれない。


 僕はその時はまだじいさんと同じくらいの魔力があって、だからきっと驕っていたんだ。


 自分なら依頼人の気持ちを汲んで、世界でたったひとつの魔導具を作れると。

 収納の魔導具として申し分ない容量で、見栄えも良い。人に感謝されるようなものを作って、じいさんが生きている間に〝時の魔導具師〟の称号を継承できると。


「書類やペンを入れておくのに便利なの」


 そう言って、指輪からレザーバインダーやガラスペンを取り出してみせるミナト。

 その収容力の少なさに、僕は寂しい気持ちになった。


 それは僕が最後に作った魔導具だ。

 理想や想定に届かなかった結果を、わざわざ見せつけられたような気がした。


「たいして物も入らないし、収納の魔導具としては欠陥品だよ。じいさんに頼んで新しいのを作ってもらおうか?」


 ピンと伸びた背筋で僕を見下し、ミナトは耳を伏せた。


「おじい様の作ったもののほうが、世間的には価値があるのでしょうね」


 不機嫌そうに灰色の尻尾が揺れて、ミナトの喉の奥からうなり声がした。


「けれど私にはこれが一番大事なの。私にとって価値のあるものは、私が決めるわ。馬鹿にしないで」


 自然と足が止まった僕を、通りがかったギルドの職員が面倒臭そうに避けていく。

 僕が作った収納の指輪を拳ごと突き出したまま微動だにしなかったミナトの尻尾が、パサッと小さく揺れた。


「あなたに力がないなどということは、ないわ。現にこうして、あなたが独力で作ったものは、私の力になっているのだから」


 それでようやく思い出したのは、力がなくってねえと呟いたギルドマスターの疲れた顔だ。


 つまり、この犬耳の幼馴染みは僕を慰めようとしてくれていたわけだ。

 あんな疲れた中年の言うことなんか気にするな。と。


「……下手くそ」


 思わず苦笑して呟くと、ミナトはめずらしくムッとしたように唇を引き結んだ。


「何を言っているの? 私は今、技術を必要とすることはひとつもしていないわ」


「だなあ。けど、やっぱり下手だぞ」


「どういう意味? 会話にも技術が必要ということ? 私の職業はギルドの受け付け業務よ。いうなれば会話と対応のプロだわ。言葉はきちんと発音できているはずよ」


 確かに言葉はきちんと発音されているが、だからって言葉が満足に伝わっているとは言えない。


 むしろプロの中ではけっこうぽんこつな部類に入るのでは……と思いながら、けれど僕はそれで十分、慰められてしまったりする。


 ミナトを含めて犬耳一家の性格は、みんなこんな感じだ。

 おじさんも、おばさんも、ミナトも、ミナトの十歳年下の弟も、みんな真っ直ぐ前を向いて話をする。


 この一直線な感じは見ていてなんだか恥ずかしいけど、僕みたいな単純な人間はなぜかそれで前向きな気分になるんだ。


 製作の結果はたいしたことなかったけれど、人に大事と言ってもらえるものが最後に作れたんだからまあいっかって。

 だからこれからちょっと頑張ろうかな、なんて。


 我ながら簡単すぎて嫌になるけど。

 それもまあ、それでいいかなって。


 他でもないミナトが、そう言うのなら。


「下手だけどうまいよなあ、ミナトって」


「……意味がわからないわ」


 本気できょとんとしたミナトは、ちょっと間抜けな顔をしていた。

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