第28話 継承系の称号
「君のおじい様、〝時の魔導具師〟殿に時間はあるだろうか。追加で収納の魔導具が欲しいんだ」
じいさんはいつも暇といえば暇だし、忙しいといえば忙しい。
魔朝顔の品評会だの魔犬レースだの野球だので、常に外を飛び回っている。
「まあたぶん。枚数によりますけど。何枚必要です?」
とはいえ最近じいさんは魔犬レースで負け続けている。臨時収入はありがたいだろう。
そうじゃなくてもギルドはお得意様なので、よっぽどのことがない限り断らない。
ギルドマスターは机の上の書類に数字を書き込みながら、うーん……とうなった。
かくんと顎を突き出して天井を見上げるしぐさは、操り人形が空中からぶら下げられているように見える。
「それが、できるだけ多くとしか言えないんだよねえ……。一応、前回の魔石狩りを体験したエルフや妖精族の人たちに話を聞いてみたんだけど、見当がつかないんだ」
他の国や都市にはそこまでいないらしいけれど、ボアダムには生き字引みたいな長命種がごろごろしている。ゼノビア・ジェーンなんて、何代か続けて勇者の面倒見ていたはずだ。
だけどそんな彼女たちでも、テラについてはよくわからないことが多いらしい。
「できるだけ多く」って、なんだその曖昧な話はと思ったら、ギルドマスターも困ったように話を続けた。
「魔石は極々たまにとても上質のものが出るらしいけど、だいたいは下級から良くて中級程度の品質の魔石ばかりが、毎日すごい量で出ているらしくてねえ」
ただでさえ広い迷宮内で、ありとあらゆるところに魔石が埋まっているらしい。
埋まった魔石を収穫する人手は生活困窮者へ慈善活動としたせいで足りているが、魔石を集める袋が足りなくなってしまったのだそう。
「空間調節された倉庫に片っ端から採った魔石を突っ込んで、使った袋をそこで空にして再利用してるんだけどね。それでも足りなくて、参加者同士で袋をめぐって喧嘩になっていて……」
髪と同じ深緑色の眉を掻きながら、ギルドマスターは続けた。
「それがまた頻発するから、警備の冒険者もイライラしているし困っちゃってねえ」
「あー……なるほど。想像できます」
疲れたため息をついて、ギルドマスターは椅子に座り直した。
相変わらずおもちゃの椅子に置かれた人形のような、だらしない感じのままだ。
「スラムの人間は腕っぷしに自信がある者も多いでしょう。盗賊やら山賊やらをしていて追われてきた者や、称号を獲得しようとして無鉄砲にやってくる地方の人間もいる。警備の冒険者を含めて、問題を起こす者は全員血の気が多くてまいっちゃうよ」
ギルドマスターは隈の浮いた目でどんよりと僕を見て、そういえば……と、呟いた。白目に細かく血管が浮いている。
「セタガヤ君も称号持ちだったっけ?」
「いや、それは僕じゃなくて、じいさ……僕の祖父です」
「あれ? そうだったっけ。君も称号持ちだって聞いたんだけどな。そっか。〝時の魔導具師〟は、確か継承系の称号だったね」
隣で直立不動だったミナトが少しだけ身じろぎした。
パサ……と、灰色の尻尾が小さく揺れる。
「そうですけど、僕は魔力保有量が圧倒的に少ないんで」
継承系の称号というのは、その言葉通り、人に受け継がれていく称号のことをいう。
じいさんのように魔導具を作る職人や、鍛冶師、貴族など技術や血を繋ぐことを主にする家系に多い。たいてい師匠から弟子へ、もしくは親族、親から子へ、子から孫へと受け継がれていく。
称号持ちの職人の没後、もしくはそいつの腕が落ちてテラが満足するようなものが作れなくなった場合、その職人とは全くかかわりがなかった別の国の職人が受け継ぐことも、あるにはある。
テラにとって大事なのはその時その技術を持つ人間の中で一番の腕があるということだけだ。だけど全くの他人よりも、称号を得た世界一の職人の技術を一番間近に見られる弟子や子供のほうが技術は上がりやすく、称号を受け継ぎやすい。
じいさんが仕事をほっといて趣味に全力投球できる金と時間の余裕があるのは、冒険者や貴族たちがじいさんの魔導具を高値で買っていくからだ。
テラに認められたというネームバリューは偉大である。
魔導具を作るときには大量の魔力を必要とする。
僕は魔力の大半を失っているし、そのせいで収納袋をひとつ作るだけで死ぬほどしんどい。だから僕は跡を継げない。
そうじゃなくても、僕には魔導具作りの才能はなかった。
なので薬師ギルドの認可してないポーションを売って小金を稼いだり、屋敷を回って魔石交換をしたりと、本来の魔導具屋の仕事をせっせとしているわけである。
じいさんが死んだあとも、なんとかして食ってかなきゃいけない。
魔導具が作れないなら、小回りの利く魔導具屋として生きていくしかないわけだ。
「なるほど」
ギルドマスターはひとつうなずいてから、くたびれ果てた顔をして苦笑した。
「私も後継者になれなかった人間だから、気持ちはよくわかるよ」
私の場合は家督争いだったけど、力がなくってねえ。と、ギルドマスターは息をひそめて笑った。
じいさんが死んだあと、僕もこんな顔をして笑うんだろうか。そう思ったらちょっとだけ、ぞっとした。
◇
「魔石狩りの話に戻るんだけどね」
白の混じった無精髭をごしごしとこすり、ギルドマスターの視線は机の上に置いてあった書類に移った。
濁った深緑色の目でそこに書かれた文字をざっとさらってから、僕のほうに視線を戻す。
「そんなこんなで追加の袋が欲しいんだ」
唇の端をつり上げたまま、ギルドマスターが机の端に置いてあった書類を差し出してきた。隣に立ったミナトが、書類を受け取った僕の手元を覗き込んでくる。
「とりあえずの目安の枚数と期日はこれに書いてあるから、読んでみて。時の魔導具師殿によろしく伝えてください」
「わかりました」
『追加発注書』と書かれた書類を受け取って、僕は腰を上げた。
軽く頭を下げ、ミナトと一緒に出口に向かう僕を、ギルドマスターは疲れたように椅子の背にもたれかかってあくびをしつつ、ひらひらと手を振って見送ってくる。
椅子に座ったギルドマスターの姿は、やっぱり使い潰されそうになっている操り人形ようだった。
そして頬杖をついて書類に視線を落とすその様子は、糸の先にいる人間をどう操ってやろうかと知恵を絞っているみたい。
人間そっくりに作られた人形が意思を持ち、創造主である人間を滅亡に追い込む話は、勇者の世界の物語ではよくあるエピソードなんだとか。




