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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第27話 冒険者ギルド

 ミリムちゃん親子と別れて店に戻ると、アーロン君はいなかった。


 店じまいを始めていたローザに行方を聞くと、用事があって冒険者ギルドへ行ったという。仕方なく僕も冒険者ギルドへ向かうことにした。


 今日のぶんの魔石狩りも終わっていて、冒険者ギルドの周辺は落ち着いている。

 冒険者ギルドもじいさんの客だ。

 いつもは魔導具屋として裏口から入るけれど、今日はゼノビア・ジェーンの伝言をアーロン君に言いにきたので正面口から入る。ギルドの中は外気温とあまり変わらなかった。


 もともと汗臭い男たちが何かの液によってさらに異臭を放ちながらたむろしているのを、鼻をつまみながら避ける。

 この臭いはたぶんゴブリンの血だろう。こんな臭いをつけて帰ったら、我が家の看板猫に往復猫パンチと猫キックをお見舞いされてしまう。


 ポーターたちが街道や近くの森で手に入れた魔物素材を担いでいる。

 ダンジョンでは魔物を倒せばアイテムや素材がドロップして死体は消えるけれど、ダンジョン以外にいる魔物はそうではない。素材を得ようと思えば解体しなくてはならないし、その素材はダンジョンのドロップ品のように綺麗な状態ではない。


 テラは今、改変期のため入れないから、冒険者たちは外へ狩りに行っている。

 だからいつもの五倍くらいギルドが臭い。


 ポーターたちの邪魔にならないように壁に沿って歩きながら、臭気に顔をしかめた瞬間にふと気がついた。

 ゼノビア・ジェーンの伝言は、何も今日中にアーロン君に伝える必要はなかったのではないか。


 なにやってるんだろう、僕。

 帰っていいかな。


 ドロップ品の換金や依頼達成の報告なんかでごった返す受付を横目に、僕はぐっと伸びをしてから踵を返した。


 どうせ明日の朝もアーロン君は店にくるだろうし、わざわざ人混みのなかで探すこともない。

 帰ろ。……と、決心した瞬間に、横から声をかけられた。


「セタ」


 相変わらず低い温度の声と色彩をしているミナトだった。

 いつの間にか隣にいた幼馴染みは、今日も凶器みたいなヒールで八センチ高くなった視線で見下ろしてくる。うちの店先にいた時は少し浮いて見えた受付嬢の制服も、ここで見ると当然ながら馴染んでいた。


「ちょうどよかったわ」


「おー、ちょっと近いから離れてほしい」


 受付嬢と冒険者の不祥事が五年ほど前にあってから、冒険者ギルドは受付嬢と冒険者の個人的な付き合いをよく思っていない。不祥事を起こしたやつらは恋人関係にあったらしいから、受付嬢は冒険者との恋愛禁止令が出されているとか。


 僕らは女同士の幼馴染みだし、僕は職業冒険者ではないけれど、ボアダムっ子の嗜みとして一応冒険者ギルドのギルドカードを持っているので、ついつい周りの目を気にしてしまう。


「なんか用だった?」


 幸いにして夕方の冒険者ギルドは一番忙しい時間帯だ。

 冒険者たちは僕らに注目するより用事を片付けたいようで、誰もこちらを見ていない。


「当然、用がなければ呼び止めないわ」


 ミナトは僕からスッと一歩引いたあと、人形のように表情のない顔でそう言った。


 そうでしょうね……と、僕は曖昧に微笑んだ。

 どうして僕の幼馴染たちは目が死んでたり、表情筋が死んでたりと、コミュニケーションを円滑に進めるための何かが死に絶えているんだろうか。


「ギルドマスターがあなたに……というか、あなたのおじい様に用があるようよ。今から呼びに行くところだったの」


「じいさんに?」


 ミナトは顎をわずかに上下させてうなずくと、くるりと足の爪先の向きを変え、階段に向かって歩き出した。動作に合わせてふさふさと尻尾が動く。


「話ができればあなたでも良いみたいだから、ギルドマスターの部屋まで案内するわ」


 やっぱりアーロン君への伝言は明日でいっか。と思いながら、僕はハイヒールを履いているのにちっとも頭が上下にぶれないミナトの後ろ姿を慌てて追いかけた。




 ミナトに案内されて初めて入ったギルドマスターの部屋は、ゼノビア・ジェーンの業者用待合室の半分くらいの広さだった。


 どこにでもあるような事務机に、どこにでもあるような無地の壁紙。どこにでもあるような事務椅子に、どこにでもいるようなおっさんがくたびれた様子で腰掛けている。


 中肉中背の中年男性だ。きちんと椅子に腰かけているのに、なぜか糸の切れてしまった人形がままごと用の小さな椅子に座らされているような印象を受ける。

 ビーズをはめ込んだような緑色の瞳も、特に眼光が鋭いということもない。どちらかといえば白目なんかは濁って見える。


「セタガヤ君? ああ、闇なべ通りの……良いタイミングできてくれたね。これから呼ぼうと思っていたところだよ」


 ノックのあとに入室すれば、もったりと顔を上げた男が僕を見てうなずいた。


「座ってくれ」


 ぼんやりしたかすれた声に従って、僕は彼の正面に置いてある客用の椅子に腰かけた。

 その僕の隣に立ったミナトが静かに屈んで僕の耳に唇を寄せ、声に覇気がないこのおじさんのことを「ギルドマスターよ」とこっそり紹介した。確か五年くらい前に新しく就任したんだっけ。


 どこからどう見てもただのくたびれたおっさんだけれど、きっと有能なんだろう。じゃなければ、世界中から人が集まる冒険者ギルドボアダム東地区のギルドマスターなど務まるはずがない。


 だけど背を丸めて無精ひげをこすり、だるそうに書類をめくる様子からは、ちっとも威厳が見えてこなかった。

 こういうおっさん、明け方の混沌街の路上によく落ちている。


 ギルドマスターは僕が座ったのを見て、「魔石狩りの魔石が思った以上に多くてねえ」と切り出した。

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