第3話 まあつまり、いかがわしい
鞄のフラップに刺繡されたその幾何学模様は、隣国ナビール王国で流行りの図柄だ。お世辞抜きで見事なものだった。
ミリムちゃん親子には言葉にもナビール独特のなまりがある。
客と店番の関係でよけいな詮索はしていないけれど、親子は隣国からの難民だろうと僕は思っている。
ナビール王国は比較的新しい国だ。
勇者が獣人愛で地ならしをしたこの世界にしては、めずらしい人間至上主義。
だから人間……やつらの言う、純人間以外の種族に厳しい。
特に男が魔物のオークに似ていることから勇者たち召喚以前より迫害されてきた亥人族は、オークと同じ程度の権利しか与えられていない。
つまり、殺されても文句すら言えない。
ポシェットから濃いオレンジ色の魔石を取り出したミリムちゃんが、ママの刺繍を自慢するのと同じくらい誇らしげに僕に見せてきた。
「これはまた、立派な魔石が採れたね」
お金代わりの魔石を受け取りながらそう言うと、ミリムちゃんは嬉しそうに笑った。
「ダンジョンでけいびしてるお兄さんにも〝魔石採りの才能はある〟って言われた!」
素直に喜ぶミリムちゃんの言葉に少しだけ引っかかりを覚えて、僕はにっこりと笑った。
「他にも魔石でポーションを買っていくお客さんがいるけど、こんなにすごい魔石を持ってくる人はいないから、ミリムちゃんは魔石採りの才能もあるんだね」
ミリムちゃんの言う〝警備のお兄さん〟は、中級冒険者だろう。
魔石狩りの期間中は、冒険者たちはテラに潜れない。その代わり、ギルドから迷宮内の警備依頼が出ていた。
冒険者になりたての見習いや下級冒険者たちは魔石狩りの参加者にまわり、上級冒険者たちは懐に余裕があるから警備依頼を受ける必要がない。
自分の才能を信じて上を目指す見習い。
才能を活かして活躍する上級。
信じていた才能が思ったよりも伸びずに停滞する真ん中。
踏ん張って努力し続けるやつだけが上にいけるんだって、うちに買い物にくる上級冒険者は言っていた。僕もそう思う。
そいつは上にはいけないタイプの中級なんだろう。
ミリムちゃんを褒める言葉に余裕のなさが滲むのも、上を目指して登りきれない中級っぽい。
こんな小さな子の才能を素直に褒められないなんてダサすぎる。
大成しない小物かな。
ほっぺたを両手で押さえて照れながらにこにこするミリムちゃんへ、僕は先にお釣りを渡しながら考える。
魔王討伐のために勇者たちを召喚したフィデリフィ王国は、歴代勇者たちの思想や〝NAISEI〟の影響を一番多く受けて発展してきた大国だ。
そしてその一都市であるボアダムは、勇者たちから濃縮された欲望をあらゆる方法でぶつけられ、魔改造をされた街である。
階級や区別、差別もあるけれど、それは人間の形をしているかどうかでは決まらない。
じゃあ何で決まるのかというと、力があるかどうかだ。
そしてその力を自分が使うか、他人に使われるか。
そういう違いで、人間として扱われるか否かを問われる街である。
ミリムちゃんには力がある。
魔石採りの才能もありそうだけど、それより何より〝かわいい〟という立派な能力が。
そしてこのボアダム東地区には、勇者たちの欲望が煮詰まってできた煮凝りみたいな街がある。
勇者たちは〝かわいい〟にも目がなかった。
「明日も魔石狩りに参加するの?」
「お祭りが終わるまでずーっと行く!」
「魔石狩りの期間はテラ次第らしいけど、冒険者ギルドはあと一週間くらいって予想してたなあ。お母さんは仕事だよね」
「……あのね、ママにはないしょなんだけどね、本当は今日も午後からママといっしょに行こうねって言われてたの」
小さな人差し指を立てて唇の前に持ってきたミリムちゃんが、こっそりと声をひそめて続けた。
「でもミリム、いっぱい魔石をとって、ママにプレゼントしたいものがあるから……」
「なるほど」
ミリムちゃんのひそめた声に合わせて屈み、ひっそりと相槌を打ちながら、僕は飴型ポーションの並んだケースを開けた。
暑い空気の隙間を縫うように、ケースの中の冷えた空気が抜けていく。
僕は「まいどー」と言いながら、飴型ポーションの棒部分を握って、粘土から引っこ抜く。
ピンクと黄色が渦を巻いた飴型ポーションを笑顔で受け取ったミリムちゃんは、棒を両手で握りしめてぺこっと頭を下げた。
子供の〝かわいい〟は能力だ。生き物の赤ちゃんがかわいい理由は、大人の庇護欲を刺激して守ってもらうためのもの。
だけど同時に、かわいくて無垢で小さな生き物は、庇護欲以外にもいろんな欲望を刺激する。体も弱い。心も脆い。
そしてミリムちゃんが通う魔石狩りの会場は、普段は手練れの冒険者も命を落とすダンジョンだ。
当然すぐそばには荒くれ者が出入りする冒険者ギルドがあって、裏通りにはそいつらのぎらついた欲を一手に引き受ける世界一の繁華街がある。
この繁華街こそ、おっぱいパブ発祥の地だ。
勇者たちはこの世界の娯楽文化に、おっぱいパブという名の革命をもたらした。
そしておっぱいパブを皮切りに、歴代の勇者たちは己の欲望を満たすためにさまざまなお店をオープンした。
そして歴代の勇者たちが寄ってたかって己の趣味と知識と性癖を注ぎ込んで出来上がった街を見た史上最後の勇者が「カオス!」と呟いたことから、迷宮都市ボアダム東地区の歓楽街はそれ以降、混沌街と呼ばれている。
まあつまり、いかがわしい。
うちの店は、そのいかがわしい街のすぐそばにある。
混沌街には闇ギルドの本部がいくつもあり、なかには質の悪い商売をする者もいる。
だからミリムちゃんの持つかわいさは、少し危ういなと思った。
僕はちょっと考えて店内に引っ込むと、レジの側で埃をかぶっていたキーホルダーを取ってくる。
鍋から飛び出すタワシと、そのタワシをくわえた黒猫のイラストが刻印されたレザーチャームだ。この商店街のオリジナルグッズで、非売品である。
「これもおまけにあげるから、ポシェットにつけてね」
「いいの⁈」
ほっぺたを真っ赤にしたミリムちゃんに、僕はうなずいた。
いかに歴代の変態勇者たちが性癖の粋を集めて作り上げた迷宮都市ボアダムの住民だといっても、一人でおつかいにきた幼女に手を出そうという不届き者は、この商店街周辺にはいない。
むしろ変態勇者たちから〝イエスロリータ、ノータッチ〟の精神を叩き込まれた長命種の住民が多くいるおかげで、この商店街の住民たちは〝子供は大事に守るべきもの〟だと思っている。
レザーチャームのイラストを見れば、うちの商店街のことがぱっと思い浮かぶだろう。
混沌街ほどではないが、ここだってちょっとは名の知れた商店街だ。
子供への接し方以外の倫理観がわりと地獄だということもよく知られている。
そして混沌街に出入りする人間にとって、そんな地獄の商店街を敵に回すメリットはない。
だから鍋とタワシと黒猫が、ミリムちゃんの魔除けになればいいなと思った。
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