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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
1章 ある晴れた昼下がり、闇なべ通り商店街から続く道

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第2話 アメちゃんくーだーさーい!

 ダブルヘッドラットのアヘ顔事件から数日が経った。

 今日も暑くてまいってしまう。


 暑さのせいで陽炎が立つ道は、補修されずところどころめくれて穴になった石畳だ。穴という穴、隙間という隙間に乾いた砂が詰まっている。


 砂埃を立ててその上を歩くやつらの靴は種類がさまざまあるけれど、一昨日からは穴の空いた布靴や、スクラップでできたサンダルがペタペタと音を立てて僕の店の前を通り過ぎていく。


 僕の店……というより、僕のじいさんの店である魔導具店が建つこの商店街は、いつもは少し先の繁華街の人間か、すぐ側にある冒険者ギルドに用がある冒険者が主な客だ。

 彼らの靴といえば黒光りする革靴や金属素材を含んだ戦闘靴ばっかりだから、下級市民やスラムの住民の靴は少し新鮮でもあった。


 商店街の客層が変化しているのには理由がある。この迷宮都市ボアダムにある地下迷宮型ダンジョン〝テラ〟で、一昨日から魔石狩りが開催されているせいだ。


 少し前からテラは百数十年に一度の迷宮改変期に入っていた。

 最強ダンジョンと名高いテラが、その期間だけは魔物の出現を最低限にとどめて、地下五階までの浅い層の迷路を魔石で埋め尽くすのだ。


 魔石は勇者たちの世界でいうと、〝ガソリン〟や〝電力〟〝電池〟みたいなもの。

 冒険者ギルドは生活困窮者たち限定の善事業としてテラの浅層を開放し、彼らが魔石を採取するのを許している。


 それを勇者たちの誰かが「潮干狩りみたい」って言ったことから〝魔石狩り〟と呼ばれている。一種のお祭りだ。


 テラの入り口付近やギルドの正面口には露店が出ていて、僕みたいな中級市民も楽しめるようになっていた。楽器が鳴る陽気な音が遠くから風に乗って聞こえてくる。

 その明るい音を何倍にも膨らませたような声が、夏の暑さにまいって奥に引っ込んでいた店番の僕を呼んだ。


「おねえちゃーん! こんにちはー!」


 魔石狩りの人通りを見込み、この商店街でも祭り用の商品を店先に出している店も多い。

 一応うちの魔導具店でも、店の外の道に机を出してポーションや魔導具を置いていた。


 売れ筋は温度調節の魔導ケースの中に並んだ、色とりどりの飴型ポーションだ。ちゃんと甘いし、HPも極小回復する。

 棒付き飴みたいなポーションはカラフルで、お祭り気分を申し訳程度に盛り上げている。


 下級市民やスラムのやつらに甘味を買う余裕なんてめったにない。

 魔石狩りの期間中はギルドからの要請によって、ここらの店は魔石で買い物ができるようにしているから、魔石狩りが始まった初日からこの飴型ポーションを目当てにやってくる客がそこそこいた。


「アメちゃんくーだーさーい!」


 なかでも熱心に通ってくれているのが、このミリムちゃんだ。

 少し上を向いたピンク色の鼻と、どんぐりみたいな艶々した茶色の目。麦の穂みたいな金髪からちょこんと生えた猪耳は濃い茶色。


 その耳をぴこぴこと揺らし、猫の形に切った布を継ぎ当てた布靴で一生懸命つま先立ちをして、僕に「ピンクと黄色のうずまきのやつ!」と言って手を伸ばす。亥人族のかわいい女の子。


「今日はセタガヤおねえちゃんのおじいちゃんいないの?」


 粘土に突き刺さった飴型ポーションの向こう側で、ミリムちゃんが僕の名前を呼んで小首を傾げた。

 真夏の太陽のせいで汗をかいた細い首に、短くてふわふわの金髪がぺったりと張り付いている。


「ごめんなー。今日はいないんだよ」


 僕のじいさんは、うちの魔導具店の店主であり腕の良い魔導具職人だ。国内外からじいさんの作る魔導具を求めて客がやってくる。

 だから小さな店のわりに儲かってはいるんだけど、店主の性格は……多趣味で血の気が多くて負けるくせに博打が好きな、どうしようもない高齢者である。ゆえにしょっちゅう金欠だ。


 今日も店を僕に放り投げて、魔朝顔の品評会に出席するために飛んでいってしまった。

 黄飛竜糸柳魔王紅食人流星竜胆咲牡丹と呟いていたけど、リンドウなのかボタンなのかなんなのか。朝顔じゃなかったんかいと言ったら野暮天扱いされてしまった。


〝マンイーター〟の称号持ちが主催している食人植物の品評会って、肥料のことを考えたらちょっと怖い。

 店の裏庭でじいさんが熱心に育てている魔朝顔には、僕はなるべく近寄らないようにしている。


「今日はお母さんと一緒じゃないの」


 魔石狩り初日と昨日のミリムちゃんは、彼女にそっくりの母親と一緒に飴型ポーションを買いにきていたはずだ。今日は母親の姿はなく、一人だった。


「昨日とおとといは、ママのお仕事もおやすみだったから……」


「ああ、そういえば土日だったっけ」


 年中無休のブラックな家族経営のせいで休日の存在を忘れていたけれど、魔石狩りは土曜日始まりだったことを思い出す。


「じゃあお母さんは今日は仕事なのかな。確か大通りのドレスメーカーの下請け店で、針子をしてるんだっけ」


「お姫さまのドレスにししゅうするんだって!」


 寂しそうだったミリムちゃんの顔が、母親の話題にパッと明るく輝いた。そして斜めがけした黄色いショルダーポシェットを持ち上げて、僕に見せてくる。

 鞄のフラップにピンクの糸で見事な幾何学模様が刺繍されていて、模様の真ん中にはピンクの花が咲いていた。母親がミリムちゃんのために刺したものなのだろう。


 僕が「すごく綺麗な刺繍だね」と褒めれば、小さな鼻の穴がふこふこと自慢げに動いた。


 えへへーと笑うミリムちゃんのかわいさたるや。

 思わず僕の目も糸みたいになって目尻に皺が寄る。


 妹がいたらこんな感じかな。

 僕は一人っ子だし、幼馴染みの女の子もいるけどあの子はひとつ年上だしこういう無邪気なかわいさは全然ないし。


 自慢のお母さんの手仕事を褒められて素直に喜ぶ様子は新鮮で、きゅんとしちゃった。

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