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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第25話 あー……ね?

 ゼノビア・ジェーン邸応接室を照らす照明の魔石を交換し、恩讐の詰まった屋敷を出ると、時刻はすでに夕方だった。


 見上げた空にも昼の青さはもうほとんどない。

 ゼノビア・ジェーンの目の色のような紫色と、金粉を散りばめた口紅のような赤とが混ざり合った夕焼けの空だ。


 そんな夕焼けの光のなか、ちらりと振り返った視線の先で、ゼノビア・ジェーンの屋敷は勇者を迎え撃とうと待ち構える魔王城のような威圧感を放っている。

 屋根の上をカラスがたくさん飛んでいるのも、雰囲気倍増でさらに怖い。なんか食われそう。


 その魔王城の主は、あの後しがない魔導具屋手伝いを捕まえて愚痴まじりの長話をしてきた。


 ジュリアンちゃんをどうするかっていう打ち合わせもしたけれど、投資家の女王様は延々と昨今の冒険者たちの質の悪さを嘆く嘆く。

 紅茶も焼き菓子もおいしかったけれど、さすがに八杯も飲めばお腹はちゃぷちゃぷだし、焼き菓子のドライフルーツが腹の中で水分を吸って膨れて、とんでもなく苦しい。


 どうでもいいが、アーロン君といいゼノビア・ジェーンといい、どうして責任ある立場の人間は僕に部下や客の質を愚痴るのだろう。

 僕に部下はいないし、魔導具屋に来る客なんて昔からたいしてパターンは変わらないのだが。


 視線を空から下に向ければ、道の上に建物の長い影が落ちていた。ぶちまけられた塩が影の中で白くキラキラと光って浮いている。


 僕は茹でエビみたいな門番に会釈して、夕日の赤い色を含んだその影の上を歩き出す。

 連日の晴天のせいで道の上には乾いた砂が細かく散っていて、それが塩と混ざって、スニーカーの靴底が少し滑る。


 ざくざくと音を立てて歩き、魔王城から少し離れたところで「ちょっといいか」と目の前を遮られた。


 立ちふさがるようにして声をかけてきたのは、青い髪をした背の高い男だ。

 ハトとかカモとかの首筋みたいな、ちょっとメタリックな紫がかった青い色。


「ちょ、近いんだけど。誰あんた」


 鼻先に相手が装備しているハーフプレートアーマーの胸部分がぶつかりそう。呼び止めるにしてももうちょっと常識的な距離感があると思う。


 三歩後ずさって相手を見れば、黄色い目と目が合った。

 額にはエメラルドグリーンに輝く魔石がついたサークレット。高い鼻に尖った顎、厚めの唇の下には大きめのホクロ。見たことのない顔だ。


「俺はヤマガタ・ディディエという。君はセタガヤだな」


「違います」


 僕はそのカナリアの羽みたいな色の目を真っすぐに見つめて、首を横に振った。


 セタガヤって誰だろう?

 初代勇者の名前を付けられた人はいっぱいいるからなあ。わかんないなー。

 僕のことじゃないと思う。


「待て! 君は今さっき、深紅の恩讐の屋敷から出てきただろう! セタガヤという魔導具屋に間違いない」


「人違いです」


 首を振りながらヤマガタなんとかさんを避け、僕は歩き出す。


「待てと言っているだろう! 魔石狩りでも通りに露店を出して商売しているのを見かけたことがある、君がセタガヤだ!」


「ちがいまーす」


 というか、見かけた? やだなあ。運気が下がりそう。

 僕はますます足を速めるけれど、ヤマガタなんとかさんに回り込まれてしまった。


「ええ……気持ちわるぅ……」


 夕方になっても異常な暑さは残っていた。なのになんで見ず知らずの男と立ち話をしなきゃいけないのか。

 直射日光がないからって暑いんだもの、汗はかく。飲みすぎてちゃぷちゃぷしている胃の中の紅茶も一瞬で蒸発しそう。


「君はどういう手を使って深紅の恩讐に取り入った? 称号を得るためにいくら投資を受けて、どんな武器を買ったんだ!」


 あー……ね? そういう感じで初対面の人間に話す人なんだ。なるほど。


 僕を呼び止めた時の距離感のなさといい、不快感がすごい。

 ますます「そうです僕がセタガヤです、なんの用ですか?」なんて親切に言う気がしなくなった。


「全部あなたの勘違いです。人違いですんで」


「嘘をつくな! 深紅の恩讐は〝お前に投資するくらいなら今屋敷に来ている魔導具屋に投資する〟と! それがセタガヤという名前だと言っていたのだ!」


 ああ、やっぱりこの人がゼノビア・ジェーンいわく〝体はペラペラだし中身もスカスカ〟なダサ男さんか。


 樽で塩をまかれてから結構な時間が経っているはずなのに、まだ屋敷の近くにいたの?

 比較された魔導具屋に声かけるためだけに、この暑いなか待ってたってこと? 暇なのかな。


 だからゼノビア・ジェーンに駄目って言われるんじゃないの。


「嘘はついてないです。称号なんて持ってないし、投資もされてないです。人違いです」


 ゼノビア・ジェーンも投資を断るのはいいけれど、どうして僕を引き合いに出したのか。

 ヘイトを人になすりつけるような言い方って良くないと思う。そのせいでずっとついてくるし、とても鬱陶しい。


 投資家の女王に対して不敬にも心の中で文句を言って、僕は小さくため息をついた。


「人違いだって言ってるでしょ。僕もこう見えてけっこう忙しいし、あんたの相手はできないよ」


 アーロン君が大人しくうちの店で店番をしていてくれればいいのだけれど、これから場合によっては混沌街にあるアーロン君の店まで行かなきゃいけない。ゼノビア・ジェーンから預かったアーロン君への伝言があるからだ。


 僕はくるりと踵を返し、道を引き返すことにした。ヤマガタなんとかさんも同じようにくるりと方向を変え、怪訝な顔をしてついてくる。


 僕が目指すのはゼノビア・ジェーンの屋敷だ。

 彼女がこの男に余計なことを言ったせいで、僕は帰り道に付きまとわれているのだから、ゼノビア・ジェーンがなんとかするのが筋だろう。


「そんなに深紅の恩讐の気を引きたいなら、一回であきらめずに何度も突撃するくらいの根性見せたら」


 見せたところでこの男のことを顔を歪めて「ダサすぎる」と言っていたゼノビア・ジェーンが受け入れるかは知らないけれど。


 さっき帰ったと思った魔導具屋が、もっと前に叩き出したはずの男と一緒に戻ってきたことに驚いた茹でエビ門番が、剣呑な雰囲気で腰に吊った剣の柄に手を添えた。


「任せていいですか」


 茹でエビ色の兜がうなずいたのを確認して、僕はヤマガタなんとかさんを置いてさっさとその場を離れた。「あっ! 待て!」という声がしたけれど、気にせず歩く。


 こういうときに「待て」って言われて待つやついるのかな。


 あー、早く帰って我が魔導具屋の看板猫ハクの肉球の匂いをすんすんしたい。

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流石にゴミカスすぎる てかジュリアンちゃんが貢いでるのこの男?
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