第24話 笑っちゃうわ
「あんたは最近どうなのよ。魔石狩りで闇なべ通りもにぎわってるでしょ」
客用に用意されたはずの焼き菓子に再び手を伸ばしながら、ゼノビア・ジェーンが言った。
あんまりにも僕が怯えて嫌そうだったから、話を変えてくれたのだ。
「稼ぎ時に悪かったわね。こっちは助かったけどさ。急に魔石が駄目になっちゃって」
「実は魔石狩りの客を狙って串焼き屋をするっていうんで、アーロン君に店の敷地を貸してるんですよ。その貸し賃の一環で、今日はアーロン君の部下に店番代わってもらってきてるんで大丈夫です。午前中はラン・ティエンの所にも行きましたし」
本当は暑いから出歩きたくないんですけど。という言葉をのみ込んで、僕は愛想笑いを浮かべた。
メイドさんが空になったトレイに焼き菓子を補充してくれるのを見ながら、ふと昨日の出来事と、今日のラン・ティエンとの会話を思い出す。
ロドニーのおっさんを騙していた女の子と、その話を聞いてめずらしく怒っていたアーロン君の冷たい表情。
「そういえば昨日ロドニーのおっさんが……」と、アーロン君に興味がありそうなお得意様へ、幼馴染みの話をしてちょっとしたリップサービスを試みる。
アーロン君は勇者のスキルを持っているし、冒険者相手の投資家としては優良物件に見えるのだろう。
実際アーロン君は強い。所属する闇ギルドの若手の中でもそこそこの地位にいるみたいだけれど、部下や護衛を連れずにフラフラしているのはアーロン君がそこらの護衛よりも強いからだ。
僕がテラで大敗北した時に、ダンジョン内で意識不明になった僕を担いで脱出し、助けてくれたのもアーロン君だった。
「刑事なのにあんなに無垢で信じやすいロドニーちゃんを騙すなんて!」
話を聞いたゼノビア・ジェーンが分厚い唇を歪めて憤る。
「夜の女の矜持もへったくれもあったもんじゃないわ。赤ん坊相手に騎士が腕力で勝ったってなんの自慢にもならないのと同じ! 混沌街のクラブも質が落ちたもんねえ」
「グリフォン商会のお店らしいです」
「ああ。あそこもナビール王国のやつらとつるみだしてから評判悪いものね。納得だわ。あたしも以前はちょっと付き合いがあったけど、今はさっぱり。だってあいつら、このあたしに向かってなんて言ったと思う?」
じゃらりと手首のバングルを揺らし、豊かな胸を叩いてゼノビア・ジェーンが僕を見た。
その紫色の目が、ギラリと物騒に光る。
「〝亜人ふぜいが〟とぬかしたのよ。笑っちゃうわ」
この街の有力者はゼノビア・ジェーンのように勇者がいた頃から生きている長命種か、オッタヴィアーノさんのように市民権を買った魔物型の住民が多いのだ。
それなのに、ナビール王国の闇ギルドへ尻尾を振るために、よりによってゼノビア・ジェーンを亜人と貶めるなんて。とんでもない命知らず。
僕があきれて苦笑すると、ゼノビア・ジェーンがソファに背を預けて腕を組んだ。
「そういえばミナトが言ってたんですけど、そのグリフォン商会のネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部のジュリアンちゃんも、冒険者に金をとられているらしいです」
「……ミナトちゃんが?」
「そうです。その冒険者っていうのが隣国出身の酒場組らしくって――」
怪訝そうな顔のゼノビア・ジェーンへミナトが見たことを説明しているうちに、僕はうんざりした気分になった。
その酒場組と、ゼノビア・ジェーンに投資してくれって言いにきた冒険者って、まさか同一人物じゃないよね。
でも別人だったとしてもなんか嫌だな。そんなのが二人もいるというのは、それはそれでなんかぞっとするかもしれない。
うーんとうなって眉をひそめた僕の前で、ゼノビア・ジェーンが紫の目を金色に煌めかせて微笑んだ。どこかで金属がこすれるような音がしている。
「ねえセタガヤ。あんたやっぱり黒スーツと組んでなんかやんなさいよ。あんたたちなら可能性があるわ。金の出しがいがあるってものよ。称号が」
「勘弁してくださいって」
僕はゼノビア・ジェーンの言葉を途中でさえぎった。
またテラに挑むくらいなら、このまま平平凡凡に魔導具屋の手伝いで一生を終えるほうが幸せだ。
そりゃ自分でもダサい生き方だなって思うよ。
一度の失敗で尻尾を巻いて逃げ出して、そのまま逃げ続けるなんて。
度胸や根性でいったら、ゼノビア・ジェーンの投資を求めてこの屋敷に無断で押し掛けた冒険者のほうがましかもしれない。
だけど嫌なものは嫌なんだ。
怖いものは怖いし、近づきたくないし、関わりたくない。
だからもしも他人からダサいって言われても、べつになんとも思わない。
そうだよ、ダサいよ?
だからなに。
「……べつに冒険者じゃなくてもいいからさ。もったいないわよ、あんたたち」と、ゼノビア・ジェーンが肩をすくめた。
その「冒険者じゃなくてもいい」と「もったいない」という言葉を聞いて、僕の頭をよぎったのはやっぱりアーロン君のことだ。
僕自身は平凡に過ごす平和主義者だけど、アーロン君は違う。若くして混沌街に店を持つ、僕ら世代の出世頭。
勇者の血を引き、その血統とスキルを使いこなすアーロン君なら、もっと上を目指せるだろう。投資家の女王がアーロン君になら金を出したいというのも納得だった。
女王様とアーロン君は、確かそんなに接点はなかったと思う。
ラン・ティエンとゼノビア・ジェーンは勇者時代の生き残りとしてそれなりに付き合いがあるみたいだから、そのラン・ティエンの部下としてゼノビア・ジェーンとは顔見知りくらいの接点はあるようだけど、一対一で話したことはなかったはず。
その程度の付き合いでも投資家の女王がアーロン君に価値を見出したというのなら、確かに僕の気分でゼノビア・ジェーンの提案を断るなんてもったいない。
「冒険者じゃなくていいんなら、今度アーロン君一緒にロドニーのおっさんを騙していたジュリアンちゃんを懲らしめたいねって話をしてたんですけど」
「あら、いいじゃない。あたしもどっかの失礼なやつらの店で働く女より、ロドニーちゃんのほうが好きよ。あの真面目さはある種の武器よねえ」
腕を組んで満足そうに言うゼノビア・ジェーンへ、僕は笑って同意する。
「その時は僕らへ……というか、アーロン君に支援をお願いします」
「いいわよ。他人の金で楽しようとするやつには、金の大事さを骨の髄までわからせてやるがいいわ」
焼き菓子を掴んだゼノビア・ジェーンの手首にはまった金のバングルと、陶器の皿の縁が接触して、陶器が嫌な音を立てた。金属の擦れるような音もする。
その小さな不協和音を耳にして、僕の生き方はダサいけど、でもまあましなほうなんじゃないのと僕は思った。
知らないところで混沌街の黒スーツに目をつけられたり、投資家の女王に嫌われたりして、急に人生の崖っぷちに立たされる。そんな人生は怖すぎるじゃないか。




