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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第23話 称号

「魔剣を与えて称号が取れるなら、あたしら投資家だって苦労してないわ」


 称号。うちのじいさんやさっき会ったラン・ティエンも持っている称号は、ただの名誉ではなく、勇者が残した〝欲〟そのものだ。

 あるいは人によっては〝希望〟とも言うだろう。


 僕からしてみれば、自立した思考を獲得したテラのいやらしい生存戦略のひとつである。


 テラは自分に挑む者の情報の全てを、ダンジョンの入り口にあるオーブで管理している。

 初めてそのオーブに触れる者には迷宮証憑というカードを発行し、挑戦者のそれまでの人生で得た実績を読み込み、精査する。


 そしてその実績が〝世界中の人間の中で一番〟と認められたとき、テラはそれを〝称号〟として迷宮証憑に記すのだ。

 その称号に合ったスキルとともに。


「世界一ダサい男、とかの称号だったら、ワンチャン?」


「それに金を出して、あたしになんの得があるのよ」


 首を傾げた僕に、ゼノビア・ジェーンがしらっとした目を向けてくる。


 いやそれはその通りだけど、テラってたまにとんでもないものを実績として認めて、変な称号を与える時があるじゃないっすか。と、僕はもしょもしょ呟いて焼き菓子を手に取った。


「テラへ挑戦するためにわざわざ騎士を辞めて挑戦しにきたとか言ってたけど、あの感じじゃあ、どうせ隣国でもダサいことして居場所を無くしたかなんかしたんでしょうよ。戦闘系の称号を手に入れたら、どんなダサ男でも英雄として凱旋できるものねえ」


 ゼノビア・ジェーンの言う通り、戦闘系の称号を得たらそれだけでヒーローだ。

 たとえば僕の手から焼き菓子を奪って食べ始めた投資家の女王がパトロンを務めるSクラスクラン〝翼竜の銀鱗〟には、〝ゴブリンキラー〟の称号を得た双剣使いがいる。


 他国のダンジョンでゴブリンだけを無数に狩っていた彼は、元は孤児院出身の低ランク冒険者だった。

 人生の一発逆転を夢見てボアダムにきてテラのオーブに触れた時、ゴブリンの討伐数が世界で一番多かったから〝ゴブリンキラー〟の称号を得た。

 称号にはそいつが人生や戦場で積み重ねた功績や武勲が反映されるのだ。


 そして称号スキルは、勇者言葉でいうところのチート級の能力を持つ。


 だからどこの国も戦力として取り込みたがる。

 一夜にしてどこかの国のお姫様と結婚して貴族にランクアップも夢じゃない。人生の大逆転と成り上がりが確定するのだ。

 現に元は孤児だったゴブリンキラーは、今や国から男爵の位を与えられ貴族となった。


 そしてそれは何も戦いを生業とする冒険者や、騎士や兵士たちだけの特権というわけでもない。たとえば世界一の家具職人なんかにも与えられたりする。

 魔導具職人であるうちのじいさんもその口だ。


 残った半分の紅茶を飲み干して長い息をつくゼノビア・ジェーンも、戦闘職ではない称号持ちである。

 投資にまつわる称号で、〝深紅の恩讐〟という。


 投資を受けて成功した冒険者からは感謝を、結果を出せずに投資を打ち切られた者たちからは恨まれて、なんとなく彼女の屋敷や身を包むものが赤いからなんじゃないかと僕は思っている。


 一般人でも入り口のオーブに触れるだけなら安全にできるようにしているところが、知恵あるダンジョンのいやらしいところだ。


「称号を得るって、そんなに簡単じゃないんだけどねえ」


「勇者たちに認められるってことですもんね」


 誰もが称号を欲しがる。

 世界で一番の功績だったり、世界初の偉業だったり、そいつが積み重ねてきた努力や人生そのものが目に見える形で現れるのだ。

 そしてそれを称号の形で肯定するテラは、歴代の勇者が魔改造を繰り返して意思を持ったダンジョンである。


 テラから称号を与えられるということは、歴代の勇者の意思が自分を認めたということだと捉える者は多い。


 この世界を救った勇者たちから与えられる名誉は、誰だって喉から手が出るほど欲しいだろう。


「勇者自身に認められるほうがよっぽど楽だわよ。彼らに認められなかったからって死にゃしないし、人生お先真っ暗なんてことにはならないから」


 実際に勇者を知っている長命なダークエルフらしい言葉に説得力を感じて、僕は苦笑した。


 確かにテラに優しさはない。

 一発逆転を夢見てボアダムにきて、夢破れた者の末路はたいてい悲惨だ。


 腕に覚えのある職人や、箔をつけたい貴族や商人たちはまだいい。身に着けた技術やそれまでに貯めこんだ金、太い実家が、夢破れた彼らを守ってくれる。

 反面、戦闘職の者たちは目も当てられない。騎士のように国や領主の後ろ盾のない冒険者は特に。


 彼らは地元じゃ負け知らずの力自慢だったんだろう。地方で一番の魔法使いだったかもしれない。

 意気揚々とテラという大海に飛び出して、引き際を見極められずに一瞬で溺れて死んでしまう。絵に描いたような井の中の蛙たち。


 血の滲むような努力をしても、死ぬような目にあったって、それを認めてもらえない冒険者は掃いて捨てるほどいるのだ。


「だいたいね、男の語る夢にホイホイ金出すような安い女じゃないのよ、あたしは」


 ゼノビア・ジェーンのように、何者にもなれなかった冒険者たちを間近に見続けてきたボアダムの地元民たちは、迷宮から与えられる称号がただ質の良い剣を振り回すだけで手に入るようなものではないと知っている。


 称号どころか、無茶をして命を落とす者のほうが多いのだ。

 命は無事でも僕みたいに魔力を失ったりもする。後遺症で生きるのもままならなくなった者が、スラムにはたくさんあふれている。


「深紅の恩讐、ゼノビア・ジェーンは、僕の知っているなかで一番身持ちの固い女性です」


「わかってんじゃない。そうねえ、あんたとアーロンっていったかしら、あの黒スーツ。あの子とのコンビになら、まあ一人一千万ギルくらいは出してもいいんだけどねえ」


「やめてくださいよ。アーロン君はともかく、僕はすぐ死んじゃいます」


 もうすでに十八歳の時点でボロ負けしてるんだから。また再びなんて冗談じゃない。


 あの時のことが目に浮かぶ。

 一緒にテラに入ったミナトが目の前で倒れて、その首筋へ魔物がミナトの命を刈り取ろうと殺意に満ちた視線を送る。みぞおちがひやりと冷たくなる光景が。


 だけど僕はそれでも間に合うと思っていたんだ。


 だって僕は同年代どころか上の世代と比べても馬鹿みたいに魔力量が多くて、強力な風魔法も使えた。

 ギルドカードを作ったばかりなのに現役の冒険者の魔法の威力すら凌駕していて、いくらテラだからって地下二階程度の浅層に出る魔物なんか、どれだけ束になっても僕なら一掃できると信じていた。


 ミナトを守って戦って、無事に家に帰る。そんなの簡単だって思っていた。

 まさかあんな浅いところにユニークモンスターが出現するなんて。ボアダムで生まれ育った僕は、テラの極悪さをよく見知っていたはずだったのに。


 なりふり構わず持っている魔力の全てを込めた魔法を放ち、なんとか魔物は倒せたけれど、僕はそれで魔力の大半を失った。

 そのあとの記憶も曖昧だ。減った魔力を補うためか、体力もミジンコくらいしかない。


 だから僕はテラが嫌いだし、怖いのだ。


 テラに挑むくらいなら、ラン・ティエンやゼノビア・ジェーンのような称号持ちの重鎮たちの命令を拒否するほうが簡単だし怖くない。

 もしくは闇ギルドの本部に単身で突っ込んで無差別に黒スーツを殺しまくるほうが、僕にとってはまだ気持ちが楽だ。


 テラへの嫌悪感と恐怖に寒気を感じ、僕はゼノビア・ジェーンへ首を横に振ってみせる。

 だけどそんな僕を見返してきた彼女の紫の瞳はわりと本気だった。ほんと、勘弁してほしい。


 魔力は生命力みたいなもので、それが枯渇したら死んでしまう。

 ほとんど全ての魔力を失った僕は、たぶんあの日から半分以上死んだみたいなものなのだ。

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