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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第22話 ゼノビア・ジェーン

 何かが割れる音に次いで、屋敷全体がぐらっと大きく揺れた。


「セタガヤ様! ご無事でございますか⁈」


 駆け込んできたセバスさんの慌てっぷりに驚いて、僕は口の中にあった焼き菓子を大きな塊のまま飲み込んでしまった。

 小麦粉から飛び出した果物の破片がゴリゴリと喉の粘膜を削りながら胃へと消えていく。ごきゅっと大きめの音が鳴った喉が痛い。


「ご、ご無事ですけど、いったい何が?」


 変な言葉遣いでうなずいて、僕は胸を叩きつつ立ち上がる。

 焼き菓子の塊をお茶で流し込んでも、なんか胸のあたりでつかえている気がする。


「それが……」


「セバス! 物乞い冒険者がお帰りだよ! とっとと門の外に叩き出してやりな!」


 ドスドスと大きな足音を立てて出入り業者用の待合室に入ってきたのは、カフタンドレスを身にまとった浅黒い肌のご婦人。

 深紅に染め上げられたシルクの生地が目に痛い。


 くるくるとカールしたダークブロンドの短い髪の毛からのぞくのは、ドワーフのものよりも長く尖った褐色の耳。

 ゴールドの台に小粒の尖ったルビーが複数ついた柘榴ざくろみたいなイヤリングが、薄い耳朶で重そうに揺れている。


 この屋敷の主、ダークエルフのゼノビア・ジェーン女史である。


 どうやらさっきの破壊音は、彼女が気に入らない客を追い出した時に出た音のようだ。


 さすが過去に勇者を金銭的に支えていた投資家。魔族殲滅に一役買っていた女傑である。屋敷に響いた音と揺れにはキレがあった。

 でもなんで人を追い出しただけで屋敷が揺れるのかはわからない。


 従僕がドアを開くのを待ちきれず、自分で大きく扉を開けて入ってきたゼノビア・ジェーンの鼻息は荒い。

 一直線に吐き出されたため息とは対照的に、ゼノビア・ジェーンのドレスはふわりと大きく丸く膨らんだ。


 彼女の中身もドレスと同じように大きくゆったりと膨らんでいる。金の分厚いバングルをした手首は、ゴブリンナイトの剥製が持つ棍棒のように力強い太さである。


「セタガヤ、今日もかわいらしい顔してるわね」


「ゼノビア・ジェーン様も麗しゅうございますです」


 僕が愛想笑いと慣れないおべっかで答えると、ゼノビア・ジェーンは埃を払うように手を振って、フンと鼻を鳴らした。


「麗しすぎて花でも吐きそうよ。あんたに様付けなんてされて、よけいに麗しくなったわ。いつも通りゼノビア・ジェーンって呼びなさいよ、気持ち悪い」


 僕のなけなしの気遣いを「気持ち悪い」と吐き捨てたゼノビア・ジェーンは、その褐色の手をポンと打って続けた。


「そうだ、あんたのとこには嫌な客を二度と来なくさせるような魔導具ってないの」


「いやあ、そういうのはないですねえ。勇者たちの世界では塩をまくって聞きますけど」


「そういえばそうだったわね」


 金粉を混ぜた赤い口紅を塗った分厚い唇を大きく歪め、女王様はドカッとソファに座りながら拳を振り上げて叫んだ。


「セバス! 表に塩まいといて! 樽で!」


「かしこまりました」


 部屋を出ていきながら従僕に塩を樽で持ってきなさいと命令しているセバスさんの後ろ姿を見ながら、僕は一連の流れに引きつった笑みを浮かべた。


 ボアダムは南地区が海に面していて、塩田もあり、他の国や領地と違って塩も比較的安く手に入る。

 一昔前に比べれば物流事情もよくなり、庶民にも行き渡るようになったとはいえ、スラムや下級市民にとって塩はそんなにバカスカ使えるものでもない。


 それを嫌な客が二度と来ないようにするために樽でまこうとしている。本気で。

 やだもう、これだから富豪は。


 引く。


「まったく! 最近の冒険者は質が悪くていけないわ。ボクちゅあんが迷宮に名を認められないのは、武器がただの剣だからでちゅ。魔剣を手に入れたらきっと羽ばたけると思うんでちゅ。だからボクちゅあんに投資してくだちゃい! って、笑えるわよねえセタガヤ」


「ですねえ」


 憤るゼノビア・ジェーンは、彼女の真正面で縮こまって相槌を打つ僕を紫の瞳でひと睨みしてから腕を組んだ。女史の胸の山がぎゅっと寄る。


 自分の実力不足を武器のせいにしている冒険者へ、金を出す投資家はいないだろう。僕も彼女が樽で塩をまきたくなった気持ちがわかった。


「どっかの田舎では強かったんでしょ。きっと」


「出身はナビール王国で、王族付きの筆頭騎士だと偉そうにしていたけど」と言いながら、ゼノビア・ジェーンは指に唾をつけて眉に塗る真似をした。


「体はペラペラだし中身もスカスカ。あんなもんに出す金は一ギルだってないわよ」


 不機嫌そうに顔を歪めて続ける。


「だいたい、テラの十五階付近をうろちょろしてるような男がよ、高価な魔剣を手に入れたところで迷宮から称号を認められるわけがないじゃない」


 テラは世界最強のダンジョンだ。だけどゼノビア・ジェーンの言う通り、一旗揚げようとテラに挑みにくる冒険者たちはみな猛者ばかりで、十五階程度で足踏みしているようなやつはいない。

 停滞の理由を剣になすりつけるやつも。


 だからたぶん、そいつは才能がないのだ。


「むしろよく死んでないですね」


「死ぬ気がないのがもう駄目、ダサすぎるの。なにもかも」


 口の中に入ってしまった埃を吐き出すように吐き捨てて、ゼノビア・ジェーンは自分と一緒に入ってきて控えていたメイドに「お茶ちょうだい!」と合図を出す。


 そして眉間に皺を寄せて、突風みたいなため息をついた。

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