第21話 暗黒魔城
でかい黒スーツたちに見送られ、ラン・ティエンの住処である高架下から這い出すようにお暇した。
ものすごく長くいたように感じたけれど、思ったよりも時間はかからなかったようだ。まだ昼前だったので、次のお宅に行く前に昼食をとことにした。
テーブルセットがわりの木箱が大活躍する安い定食屋である。
午前中から飲んでいたのか、はたまた昨日の夜から飲みっぱなしなのか、べろんべろんに酔っぱらった客に絡まれながら牛丼をかきこんだ。
たぶん牛だと思う。味付けが濃くて肉の味がしない、謎の肉。
そうして腹を満たしてから、次のお客の家へ向かうため、ボアダムに入るための東門から冒険者ギルドまでを繋ぐメインストリートを歩く。
この東地区大通りに屋敷を構えるダークエルフのご婦人が次の訪問先だ。
まだ勇者が召喚されていた時代からこのボアダムで冒険者たちのパトロンをやっている、やり手のお姉様である。
僕はじいさんに頭が上がらないが、そのじいさんがこのお姉様には頭が上がらない。
じいさんどころか、各地区の冒険者ギルドのギルドマスターもこのお姉様――ゼノビア・ジェーンには頭を下げっぱなしである。
当然だ。
彼女の支援なしでは大成しなかったクランや冒険者がたくさんいるのだから。
大通りには〝翼竜の銀鱗〟や〝ロンギヌスの槍〟〝勇者イケブクロを崇める会〟といったSクラスのクランの本部が並ぶが、そのクランをまだ駆け出しのひよっこパーティーだった頃から目をかけて育て上げたのもこのゼノビア・ジェーンだ。
クランに投資してその利益で食っている投資家連中の中ではピカイチの腕と目を持っている。
ゼノビア・ジェーンの屋敷の広い敷地をぐるりと囲んでいるのは、真っ赤なレンガの塀だ。真夏に見るには暑苦しすぎる色の塀を横目に歩くこと数十分。ゼノビア・ジェーン邸の裏口に到着した。
通りに面した表門も赤と金に塗られた派手な色彩だが、裏門も赤と紫に塗られた毒々しい配色である。
ちなみに屋敷本体の配色は赤と黒で、こちらも威圧感たっぷりである。
「どーもー。魔石の交換にきた魔導具屋のセタガヤですー」
真っ赤な鎧を身に着けた門番に愛想良く微笑んで、僕は手に持っていた道具箱を掲げて見せた。
赤い鎧の門番は軽くうなずくと、門を開けて僕を中へとうながす。
鎧はゼノビア・ジェーンの趣味なのだろうが、この暑さではなんだか茹ったエビみたいに見えてくる。
猛暑に魔石交換のために歩いて仕事する僕もかわいそうだけれど、茹でエビみたいな鎧を着て炎天下に立っていなければならない彼もまたかわいそうである。
思わず同情のまなざしを茹でエビ男に送りながら、暗黒魔城のような禍々しい存在感を放つ屋敷へと向かって歩き出す。
門を入ってからがまた長いのだ。
◇
屋敷の中に入ると、頭がキーンとなるくらいに冷えていた。
さすがにこの迷宮都市ボアダムで投資家の女王と呼ばれる人の邸宅である。エアコンが良い仕事をしている。
ちなみにエアコンを作ったのはじいさんで、取り付けたのは僕だ。うん、やっぱり良い仕事してるんじゃないの。
そういえばラン・ティエンのところのエアコンは誰が作ったやつだろう。暑くもなく寒くもなく、室内はいい感じの温度に保たれていた。雰囲気はひんやりしていたけれど。
「お待ちしておりました、セタガヤ様」
「セバスさん、お久しぶりです」
奥から出てきたのは、執事服をビシッと着こなした初老の男性。
長いウサギの耳が特徴の兎人族のセバスさんには、僕がこのゼノビア・ジェーン邸に出入りし始めた頃からお世話になっている。
「応接室の照明の魔石交換にうかがいました」
僕の言葉にセバスさんがうなずくが、直後に形の整ったカイゼル髭の口元をわずかに歪めた。
「お約束通りにお越しいただいたのに申し訳ありません。ただいま急なお客様のご来訪を賜っております。少々お待ちいただけますでしょうか」
「もちろんです」
炎天下に汗だくになって歩いてきた僕としては、冷えた部屋で休めるなんてご褒美である。謎肉の丼もゆっくり消化できそう。
「では、こちらへ」と、案内されたのは待合室。
ゼノビア・ジェーンのお客を待たせるための部屋ではなく、僕のような出入りの業者のために作られた部屋だ。
今回魔石交換をする予定の照明がある応接室は、その飛び込み客のために使われているらしい。
応接室には僕もエアコンの取り付けで入ったことがある。
この待合室と同様に鮮血のような赤い壁紙と黒いヴェルベットのソファが置かれていて、客をひとつもリラックスさせない仕様だ。
だけど僕は何度もこの屋敷に仕事できていて威圧的な内装にも慣れているし、涼しい空気とセバスさん率いるウサ耳メイドが淹れてくれる良い匂いのお茶とおいしいお菓子があれば全く問題ない。
魔導具屋で店番をしているより快適だし、先にラン・ティエンの廃病院か廃工場みたいな居心地の悪い空間を味わった後では天国みたいだ。
これで膝に我が家のお姫様、黒猫のハクがいれば言うことなしだが、いるのは壁に飾られたゴブリンナイト――の剥製である。
視線を感じてゴブリンナイトを見上げれば、ガラスでできた目玉がこっちを見ていた。
アーロン君の死んだ目より、剥製のゴブリンナイトのほうが生き生きしているような気がする。
だからかな。なんか監視されているような気がするんだよね。生きている気配がするというか。
もしかしたらゴブリンナイトの幽霊が剥製に取り憑いていてもおかしくないくらい、なんだかいつも生々しい気配がするのだ。
ちなみに、応接室にはゴブリンキングの剥製が置いてある。
キングのほうはナイトよりもさらに作りが良くて生々しい。
「うまぁ……幸せ……」
ナントカという北の国の、カントカという上等の果物が練りこまれたおいしい焼き菓子に舌鼓を打っていると、突然ガッチャーン! と、何かが割れる大きな音が響き渡った。




