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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第19話 あ、やっぱりわかります?

 ローザはともかくマルクスフィットチーネに店を任せるのは不安だったけれど、アーロン君が扇風機で涼みながら二人を監視してくれるというので、僕は店の通常業務に励むことにした。


 客の家にある魔導具のメンテナンス業務である。

 ということで僕は今、お高めの魔石を持って、乾いた道を歩いている最中だ。今日も午前中から暑かった。


 じいさん作の収納の魔導具鞄に入っている魔石は、どれもミリムちゃんが昨日見せてくれた魔石より色が濃い。大きさも魔石狩りでよく採れるものより、もっとずっと大きい。

 これらは大型魔導具に使われる魔石で、これからその交換に行くのだ。


 魔導具の中には、組み込まれた魔石を触媒に自分の魔力を流して効果を発動させて使うタイプと、魔導具内部に内蔵された魔石自体の魔力を使って効果を発揮するタイプの二種類ある。


 冒険者たちが使う武器や防具などの装備品は主に前者で、照明や携帯用の魔導具はだいたい後者だ。

 冷蔵庫やエアコンなんかの大型の家庭用魔導具はもう少し複雑で、前者と後者を組み合わせて作られている。


 で、僕は今このクソ暑いなか、魔導具の魔石交換の依頼を受けたお宅へ向かっている。

 二軒回る予定だ。


 黒猫のハクは扇風機の風が当たる一等席で店番中。

 一緒に行くかと抱き上げたら、強烈な猫パンチを食らってしまった。お嬢様は外回りなんてしないのだ。


 いいんだ、僕も彼女の美しい黒い毛皮が埃で汚れるところなんか見たくないし。

 この暑さじゃハクの繊細な黒い肉球が火傷するかもしれないし。

 帰ったらその肉球の焦げ臭いような、砂糖菓子のようななんともいえない甘い匂いをすんすんさせてもらうから、いいんだ。


 寂しくなんかない。


 愛猫の匂いに思いを馳せつつ、僕は東地区の路地をとぼとぼ歩く。


 なんで勇者たちは馬車は魔改造したくせに、〝車〟は開発してくれなかったんだろう。勇者の世界の話ではよく聞くけれど、〝世界観を守りたい〟とかで作られてないものがたくさんあるらしい。


 世界観ってなに。

 僕らの世界を物語の世界か箱庭みたいに扱う彼らの欲は今さらだけど、それってやっぱ傲慢じゃない?


 勇者たちが最も箱庭化した都市ボアダムは、東西南北の四つの地区に分かれている。


 冒険者ギルドはそれぞれの地区にあり、各ギルドの近くにはテラへの入り口がある。地下ダンジョン型のテラは、中で繋がっていた。

 そして東西南北のギルドを駅として、何代目かの勇者が作った魔導列車が走っている。車は駄目で列車はいい、勇者たちの基準がわからないよ。


 中心にはフィデリフィ王国の王様からこのボアダムの管理を任された領主のお屋敷があるが、ダンジョンとともに勇者によって開発・発展してきたこのボアダムは、世界中からある種の治外法権と自治を認められているため影は薄い。

 一応ボアダムの行政機関のトップがこの貴族なんだけどね。


 今回魔石交換にうかがうお客さんは二人とも、うちのお得様だ。


 最初に尋ねる客は、東地区のギルドから伸びた線路の高架下に住んでいる。

 そういうとホームレスみたいに聞こえるけれど、実際はいくつも商店が入っていた高架下のモールを全部住宅として買い取って、住居用にリフォームして住んでいる。つまり、大金持ち。


 高架と一体になったコンクリートの壁と、唯一の出入り口である大きなシャッターの前に立つ。両脇には縦と横がアーロン君より大きな黒スーツが立っていて、訪問を告げる僕をサングラス越しにじっと睨みつけてくる。


「魔石の交換にきた魔導具屋のセタガヤです」


 呼ばれてきているので怯える必要はないのだけれど、そびえ立つ柱みたいな黒スーツの威圧感に、僕の声は少しだけかすれてしまった。

 彼らは特に何かを言うことなく、僕を見たあと、シャッターを開けて僕を中へと促がした。


 待ち構えていた銀髪の黒スーツの案内に従って、家主の元へと案内される。

 元ショッピングモールのはずなのに、廊下に明るさはない。どこか工場のような雰囲気があって、消毒液のツンとする匂いも漂っているから、病院の廊下みたいにも思える。


 あんまり長居したい場所ではない。


 あえてなのか、趣味なのか。

 同じような部屋と同じような廊下が延々と続き、歩いているうちにだんだんと自分がどこにいるのかわからなくなってくる。部屋は安っぽい長椅子とサイドテーブルだけが置かれていて、目印になるようなものもないのだ。


 照明は明るさを絞った白い光。たまにパッと橙色に変わり、また白い光に戻っていく。

 薄暗さも相まって、案内してくれる黒スーツの銀髪が目印になければ絶対に迷っていた。


 黒スーツが足を止め、ドアを開けて僕に向かって顎をしゃくった。

 サングラスをしていない黒スーツの目が、橙色に切り替わった光に透けてキラリと透明に光った。無言のまま見下ろされつつ入室を促されると、大変不気味である。


 他の部屋と同じ、病院の待合室みたいな長椅子と、そのわきに置かれた小さなサイドテーブルだけが置かれた部屋に通される。

 その他の部屋と違うのは、中に黒スーツたちに守られた男がいることだけだ。


「やあ」


 部屋に入ってきた僕を見て長椅子から手を振ってきたのは、見た目は二十歳くらいの年齢不詳の男。

 この家の上を走る鉄道の立ち上げに携わっていたとかいないとか。そのくらい古くからいるボアダムの住人だ。


 完璧な黄金比の顔面をした、若草色の髪に空色の瞳という煌びやかな色彩の持ち主である。

 薄暗い部屋の中で、彼の美しい色彩だけが異様に目立っている。


「毎度、どうもー」


 僕が会釈をすると、男は人好きのする顔でにこりと笑った。


 名前をラン・ティエン。

 ボアダムでも指折りの投資家で、アーロン君の所属する闇ギルドの金庫番でもある。

 出入り口のところにいた護衛や、そこから部屋にいる黒スーツたちとここまで案内してくれた黒スーツはみんなアーロン君の同僚である。


 風俗関係に強い闇ギルドの金庫番らしく、自分でも何店舗か風俗店を経営しているが、内容はとても口に出せないほどえぐい。というかグロい。

 混沌街だからギリギリ許されている店だ。


「今日の魔石はけっこういいやつですよ」と、僕が収納の魔導具の鞄を開けながら言うと、ラン・ティエンは空色の瞳をチラリと黒スーツたちへ向けた。

 その視線を受けて、黒スーツたちが一礼の後、退室する。


「何かありましたか?」


 魔石を取り出そうと鞄に手を突っ込んだ姿勢の僕へ、ボアダムの重鎮は病院みたいな長椅子に座り直しながらながら言った。


「確かに魔石の交換の予約を入れてはいましたが、魔石狩りの期間中は応じられないと、品評会で君のおじい様に言われましたよ。孫もその間は忙しいのだと。早いほうがぼくには都合がいいですが、ぼくに何か他の用事でもありましたか?」


 品評会とはじいさんがこの前行った、魔朝顔の品評会のことだろう。以前今日と同じように魔石の交換にきた時に、ここではなく庭に案内されたことがある。

 花の中心から二股に分かれた舌が生えた、見事な朝顔が咲いていた。あれって、綺麗かな……見事ではあったか。


「あ、やっぱりわかります? 実はお願いがあってきました」


 ロドニーのおっさんが返ったあと、アーロン・ザ・大根役者と打ち合わせをした。

 ジュリアンちゃんをどうしようかなって。


 ロドニーのおっさんの失敗なんだからほっとけばいいと言えば、まあそう。

 自分の失敗に対して何もしないで助けが入るなんてことは、子供じゃない限りあり得ない。他の都市に比べれば、ボアダムに住むその子供たちだって、失敗は自己責任と自業自得と容赦なく切り捨てられるようなシビアな環境にいると思う。


 けれど、僕はそういう子供の頃に粋がって犯した失敗を、ロドニーのおっさんに庇ってもらった過去がある。

 その娘であるメアリーちゃんは、僕が住む闇なべ通り商店街にある小料理屋の看板娘だ。それを馬鹿にされたことを知っていて見ないふりするなんて、商店街の沽券にかかわる。


 アーロン君もそうだ。バッカスはアーロン君も、彼のお店の従業員たちも贔屓にしているお店だ。

 ケツ持ちいうわけではないけれど、周囲からはバッカスはアーロン君の縄張りのひとつだと思われている。


 だからロドニーのおっさんを抜きにしても、僕らにはジュリアンちゃんを見逃すという選択はできないのだ。

 

 酒場組に騙された?

 そんなの僕らに関係ないよね。


 同情なんてなんでしてあげなきゃいけないの。


 ジュリアンちゃんだって自分の行いをわかっててやってる。

 じゃなきゃわざわざ闇なべ通りまでくるわけがないんだから。


「グリフォン商会をちょっと抑えててほしいなって」


 僕は鞄から魔石を取り出して、ラン・ティエンの側にあるサイドテーブルへ置いた。

 血のように真っ赤な魔石は球体ではなく歪な形をしていて、薄明りの下でごろんと置かれたさまは、まるで生の心臓が転がっているみたいに見えた。

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