第18話 ほほう、世も末
翌朝。
涸れることなく魔石は次々と湧き続け、今日も今日とて魔石狩りは大盛況である。
アーロン君を悩ましていた空気中の魔力濃度の上昇はやや落ち着き始めたが、気温の上昇は相変わらず。
近所でドラゴンがファイアブレスでも連発しているかのような暑さだった。
今日は昨日よりも絶対暑いはず。昨日のほうがましだった。と、今年の夏は毎日そう思って過ごしている気がする。
「ところでセタガヤ、うちの奴らはしっかり働いてるか?」
今日は朝からやってきたアーロン君が、ずれたサングラスを直しながら言った。
串焼きとうちの店を手伝ってくれている部下たちの様子を見にきたのだ。
「働いてはいるけどさあ。お客さんにいちいちアーロン君とこの店のチラシ配るの、やめてくれないかな」
僕が朝からまったりと店の奥で扇風機の風で涼んでいられるのは、サングラスを取って目頭を揉んでいる黒スーツが寄こしてくれた手伝いのおかげである。
ただし、このお手伝いたちは背徳の館や口には出せないような店名の入ったチラシを、串焼きやポーションを買った客に配りまくってもいる。
うちの店の品が落ちそうなんで、とてもやめてほしい。
「無償で労働力を提供してんだから文句言うな」
「それはありがたいんだけど、イメージがさあ」
「ここは刑事も立ち寄る優良店。その店が配るチラシの店も安心安全の優良店。せっかく魔石狩りで金が入ったんだ、金欠で溜まりまくった性欲を安心して発散してえ野郎どものいい目印になる」
「搾り取る気なんだね、アーロン君」
その日暮らしで性欲を溜め込みまくった男たちが魔石で稼いだ小金を、横からかっさらおうとしている鬼畜がここにいる。
人によってはその金が生活の支えになるかもしれないのに。
「あいつらにはここで配ったチラシを持ってきた客の人数分だけ、バイト代を出すといってある」
そう言ってアーロン君が顎で指した二人は、ちょっと……というか、かなり個性的だった。
一人はうちの店でポーションを売っている。
バナナの皮みたいな黄色の髪を縦ロールにセットし、フリルやリボンがふんだんにあしらわれた白とピンクのドレス……勇者がニホンから持ち込んだ服飾文化、ロリータファッションに身を包んで、恥ずかしそうに男性客にお釣りを手渡している。
オレンジの瞳は大きくくっきりしていて、肌は白く、体つきは華奢。
黒スーツも着ていないし、間違っても闇ギルドの人間には見えない。
耳は尖っているけれど長くはないので、エルフではなくドワーフ族なのだとわかる。
鼻の下を伸ばした男性客に大人気だが、このドワーフ、実は男である。
テイマーギルドで夏だというのに植物型の触手をつかまされ、アーロン君に無能扱いされた新人部下のロージー君四十八歳、立派な成人男性である。
ドワーフも長命な種族だから、見かけが年齢と一致しないなんてよくあることだ。
たとえその容姿が幼く、十歳前後の少女が精一杯おしゃれな服を着てお店のお手伝いをしているように見えたとしても、成人男性だったら闇ギルドで働くことに全く問題はない。
男ゆえに胸がぺったんこなのも、小さい女の子に見られる要因のひとつなのだと思う。
ここまでしっかりした女装をするなら、胸に詰め物でもすりゃあいいのに。
「はッ! 感じる……っ。店長の禍々しい気配を感じるッス!」
バネのように縦ロールを跳ね上げて店の奥を振り返った女装ドワーフは、店の奥からアーロン君と僕が自分を観察しているのを確認すると、目に見えて震え出した。
「ドワーフの女装ってマニアックだよね。この前話してたやつの予行演習とかかな。触手の。ショーの出演はいつ?」
「新しい触手を仕入れ次第すぐだな。働きによっては延期や取り消しもあり得るが」
聞こえよがしの僕たちの会話に、女装ドワーフはカッと目を見開き、何か呪文のようなものを唱え始めた。
「がんばらなきゃショーにだされる……がんばらにゃきゃしょくしゅにらめぇされるッ」
なぜか胸を両手で隠してがくがくと震える女装ドワーフ、ロージー? なんか違和感あるなあ、ローザって呼ぼう。
実態を知らない目には、ローザは保護欲とそれ以上の何かの欲を駆り立てる小さい女の子に映るらしい。
小汚い風体の男がローザに近寄り、買う予定はなかっただろうポーションを指さして、ローザに金を握らせながら何かを囁いている。
キモい。
男にぎこちなく笑みを浮かべてうなずき、釣銭とともに破廉恥な店のチラシを手渡すローザは、闇ギルドの悪い黒スーツに騙されて嫌々働く少女の図そのものである。
子供に見えるローザに欲望丸出しにする男へ、うちの向かいにある花屋の女将さんがじろりと冷たい視線を送っている。
イエスロリータ、ノータッチ。
女将さんにはあとでローザは成人男性で闇ギルドの構成員だってこと説明してこないと。誤解されていたら僕の命が危ない。
僕としては、商品が売れるなら、ローザが必要以上に脅されていたり働かされたりしていたとしても問題ないよ。だから頑張れ男の娘。
そんなドワーフの斜め前、道の真ん中で、もう一人の臨時手伝いが舞うようにチラシをばらまいている。
僕の店の客だろうが、向かいの花屋の客だろうが関係ない。
チラシ配りの合間にポーションを売っているといっても過言ではない。
その姿は全裸に近い半裸。
日に焼けた禿頭を輝かせたマルクスフィットチーネという男が身に着けているのは、わずかに四点。
上から仮面舞踏会でつけるような、目元を隠す金色のレースマスク。
赤いネクタイ、黒いビキニパンツ、虹色のサンダル。
四つとも強い魔力を放っているから、ダンジョンの宝箱から出てきた特殊な装備品なのだろう。にしたって酷い格好である。
それが汗をかいてつるんつるんぬるんぬるんと形容しがたい光を放ちながら、ダンサーのような滑らかな動きでチラシを配っているのだ。よくぞ警邏隊に止められないものだと思う。
酷い見た目だけど一応は装備品扱いだからだろう。
たまに迷宮の宝箱から出てくるビキニアーマーなんか、はっきりいって装備すると痴女扱いもやむなしな格好だけど、迷宮産の装備品は防御力が凄まじいから手に入れた者は100%愛用している。
己の羞恥心より身の安全をとるのは当たり前だ。
いくらいかがわしいからといって規制の対象にすると、冒険者ギルドから抗議されるしね。
だからって裸体の上から装備する必要は全然ないけど。
せめてズボンとか、履いたらどうかな。
「アーロン君、いいのアレ。もはや客層とか関係なくまき散らし始めたけど」
「ああ……あいつもなあ。本職の腕は良いんだが、その他が信じられねえポンコツで……」
「本職?」
無言でにょろにょろと動き回るマルクスフィットチーネを見ていると、もう僕には彼から露出狂以外の職を見出すことができないんだけど。
「店の女たちのケアのために雇ってる治癒術師だ。しかも教会からの正式な免許も持ってる。ああ見えて」
「ほほう、世も末」
僕にはそれしか言えなかった。




