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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
2章 人食いの街、混沌街

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第17話 酒場組

 耳元で、「応援したいわ」とミナトの声がした。


「なに急に! 少しは存在感出してから声も出してくれるかな!」


 右耳をふさいで驚いて振り向くと、つららみたいに冷たい顔をしたミナトがこちらを見ていた。


「ちゃんと声はかけたわ」


「そうだけど」


 声をかける前に存在感を示してほしい。

 神出鬼没にもほどがある。


 いつの間にか現れて僕の横に立ち、去っていくミリムちゃん親子の背中を見つめるミナトは今日も涼しい。

 二人の姿を追いかけるミナトの水色の目がゆっくりと細くなる。氷が溶けて水になるみたいな、優しい変化。


 その表情の変化に不本意ながら目を奪われていると、突然風が吹いて、埃と煙が舞い上がった。

 露店からぶわっと流れてきた串焼きの匂いが混じった煙を思いきり吸い込んでしまって、盛大にむせる。ミナトが嫌そうに一歩僕から離れた。


 その汚いものを避けるようなしぐさは、幼馴染みに対してちょっと冷たくないかな。


「ジュリアンちゃんのことだけれど」


「ん? ロドニーのおっさんを騙して貢がせてた女の話?」


 首を傾げた僕に、ミナトの顎がわずかに上下する。


「なんで知ってるの」


「さっき、あなたたちが話しているのを聞いたわ。ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部のジュリアンという女性の名前も、ギルドで聞いたことがあるの」


 串焼き臭い煙を避けたくて僕が少しだけ店のほうに引っ込むと、同じようにミナトも店の影に身を寄せた。

 店のひさしの影の中で青白い銀色に髪の毛が光る。湖の底で魚の鱗が反射したみたいな煌めき。


「ロドニーさんはジュリアンちゃんに騙されて貢がされていたようだけれど、そのジュリアンちゃんは別の男性に貢いでいるのではないかと思う」


 顎に白い指を添えて首を傾げつつ、ミナトが続けた。


「冒険者ギルドの酒場でよく顔を見る冒険者が、ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部のジュリアンという女性から金銭を得ていると自慢していたのを見かけたわ」


「ギルドの酒場組? それが本当なら、ジュリアンちゃんもまた変なのに引っかかったね」


 勇者たちのこだわりで、冒険者ギルドには必ず酒場が併設されている。

 価格は各ギルドのある街の飲み屋よりちょっとお安め。


 情報交換や日々のストレス発散の場に使われていて、他の都市や国では、その土地の冒険者のなかでも強者が場を仕切っているようだ。

 酒場の常連ともなるとヒエラルキーのトップだったりするらしい。


 だけどこのボアダム東地区の冒険者ギルドに限っては、冒険者ギルドの酒場の常連なんて自慢できるものではない。


 少し歩けば世界一の繁華街である混沌街があるのに、自分のテリトリーである冒険者ギルドの酒場で安全に飲んで満足するようなやつってダサいだろう。


 そういうやつらは〝酒場組〟と呼ばれて、あんまり評判はよくない。酔っぱらって「冒険者とは、ダンジョンとは」と語り出すやつは特に。

 飲み屋ですら冒険しないやつに、冒険者を語られてもなあ……って感じ。


「ジュリアンちゃんはその冒険者に言われて店の客から金を騙し取り、そのほとんどを彼へ渡しているようよ」


 なんか虚しい金の流れ。本当に病気の親父がいればよかったのに。なんて、病人の存在を望んでしまうのは、あんまり健全じゃないか。


「その酒場組って、ジュリアンちゃんが熱を上げるくらいかっこいいのかな。貢ぎたくなっちゃうくらい?」


 首を傾げた僕へ、ミナトもまた首を傾げた。


「顔面の造作の良し悪しと、その好みは、人によって違うのではないかしら」


 実にミナトらしい答えだった。


「んじゃ、冒険者的にはどんなやつ?」


「称号が欲しくて他国からきた、戦士職の中級冒険者。目立った戦果はなし。以前は混沌街にも通っていたけれど、装備を買い替えるために節約中で、そのためにギルドの酒場を利用しているのだそうよ」


 そういう情報はすらすら出るじゃん。

 他人の美醜への興味のなさと、冒険者ギルドの受付嬢としての仕事への熱意。二つの意味でさすが。


「装備は壊れたとかで買い替えたい感じ?」


「昼間はテラへ潜っているようだから、壊れたのではなく、欲しい装備があるからではないかしら」


「なるほど?」


 装備買い替えのために節約といえば、まあ堅実と言えなくもないかもしれない。

 でもギルドの受付嬢であるミナトが〝酒場組〟と判断するくらい、ギルドの酒場に入り浸っているのだ。


 そんな暇があるなら、その間にテラに潜る回数を増やすとか、地上の依頼を受けるとか、混沌街で用心棒とかのバイトをすればいい。

 もしくは、いっそきっぱり酒を断って飲み代を貯蓄に回すとかすればいいのに、それもしない。


 やっていることは混沌街ではなくギルドの酒場で飲んで酒代を節約し、女の子をそそのかしておっさんから金を騙し取って、最終的にその共犯者からも金をかすめ取ることだけ。


「え、猛烈にダサくない?」


 称号を獲得できそうな冒険者は、称号持ちが所属するクランからスカウトがあったり、将来性を買って生活やテラへの挑戦をサポートする投資家がついたりすることが多い。

 この街には勇者との付き合いがあった長命種の投資家が多くいるのだ。彼らは鵜の目鷹の目で将来性のありそうな冒険者を狙っている。


 自分で装備を買い替えようというのだから、そいつは投資家たちのお眼鏡にかなわなかったのだろう。


「パーティーメンバーはそいつに忠告とかしないのかな。まさかメンバー全員そんな感じじゃないよね」 


「ソロ冒険者よ。おそらく出身はナビール王国ではないかしら。獣人に対する差別的な言動が不愉快で、他の酒場組からも距離を取られているようだから」


「つまり嫌われてて誰もパーティーを組んでくれないわけか」


「そうね、信念があってのソロではないと思うわ」


 今時ボアダム以外の街や国でも獣人がいるなんて普通だし、冒険者のパーティーに獣人がいないほうがめずらしい。

 だというのに、祖国の基準が世界の基準だと思って振る舞っている。

 馬鹿なのかな。


 しかもそんなに下に見ている獣人のジュリアンちゃんを共犯に、獣人のおっさんからとった金を貢がれてて、その金で装備を買い替えようとしている。


「そりゃ酒場組も引くよ。輪をかけてダサいんだけど」


 もしかしたらそいつに騙されているのかもしれないけれど、そんなのに貢ぐジュリアンちゃんも男を見る目がない。

 だからってロドニーのおっさんを騙したことがチャラになるわけではないし、メアリーちゃんの前で父親を貶める性格の悪さがチャームポイントに変わるわけでもない。


 どっちもどっちの性格の悪さ。


「まあでも、そういうやつらにロドニーのおっさんの金が流れてたってわかったから、それが本当なら逆にすっきりした」


 大根役者がそそのかしたから、これからロドニーのおっさんの指揮でネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部は潰れるだろう。

 そうしたらジュリアンちゃんはしばらく金を稼げなくなる。


 アーロン君が張り切っていたから、もしかしたらしばらくどころの話じゃないかもしれない。

 差別主義のダサダサ冒険者も、ついでに大人しくなるんじゃないかな。


「情報提供大感謝」と、ミナトへ笑顔を向けると、彼女は唇の端だけで笑ってうなずいた。


 よかったよかった。

 ジュリアンちゃんからおっさんの金を取り返すのに、僕も変な遠慮をしなくていいってことでしょ。助かるー。


 ロドニーのおっさんには僕も世話になってるし、なにより闇なべ通り商店街の従業員を馬鹿にして、ただで済むと思うなよって話じゃん。


 ね?

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