第14話 ふーん?
黒いスーツに薄黄色いサングラスの大男。
勇者の末裔にして闇ギルドの構成員のアーロン君は、夏の清々しい青空の下、今日もどんよりと目が死んでいる。
「ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部だろ。確かあそこは不法移民を大量に雇ってたのがバレて、つい最近認可取り消しになったはずだ」
「な……っ!」
口をパクパクさせて二の句が継げなくなったおっさんを横目に、僕は首を傾げた。
「でもアーロン君、〝ロドニーのおっさん期限切れクーポン忍ばせ事件〟の話を僕が聞いたのって昨日だよ。一昨日その店に行ったってやつから聞いたんだけど」
情報提供者は、スライムのオッタヴィアーノさんだ。
小さい体に大きなおっぱい。という鼠人族の女の子のアンバランスで背徳的な魅力についてご高説を賜ったついでに、ロドニーのおっさんの話を聞いたのだ。
なんでそんなにこだわりがあるのに、媚薬入りクッキーを僕に渡したのか謎だよ。
まさか「誰でもよかった」なんて言いながら、女子供にしか暴力を振るえないダサい犯罪者みたいなことを考えてたわけじゃないよね?
だとしたらめちゃくちゃ軽蔑するけど。
「魔石狩りで小金持った男が増える掻き入れ時に、認可取り消しくらいで黙るわきゃあねえだろう」と、アーロン君が口の端だけで笑った。目は死んでる。
「今あの店のバックについてるグリフォン商会は、少し前からナビール王国にある闇ギルドと付き合い始めたらしい。おかげでそこから安く使える人間を仕入れてる。系列の店全部で、ナビールの闇ギルドが流してくる不法入国者を使ってるはずだ」
「なんだと! アーロン、そりゃ本当か⁈」
おっさんの背中がシャキッと真っ直ぐになり、しなびたオリーブみたいな目がキラキラと輝き出す。
昔、僕やアーロン君を追っかけて怒鳴って説教していた時と同じような目だ。
僕には魔力が多いからって油断するな、世の中魔力の多さだけで渡っていけるほど甘くない。
家業が闇ギルドのアーロン君には、腐るな。真っすぐ前を見ろ。真っ当じゃないなかでも一本筋は通せ。自分を信じろ。
これが口先だけで言っているなら鼻で笑って終わりだが、このおっさんはスリルのために後ろに手が回りそうなことをして馬鹿笑いする僕たちを本気で心配して言っているから困った。
実際にテラに挑んで魔力の大半を失った僕へ、家業があるんだから大丈夫だ。セタガヤの爺さんが魔力無しのせいで継がせねえっちゅうなら俺がちゃんと説得してやる。
それでも駄目ならなんか仕事を見つけてやるって、大怪我で動けない僕の肩を叩いた。
世の中には魔力がほとんどなくたって立派に生きているやつがごまんといる、おめぇはそんなかの一番を目指せばいいって、泣きながら。
僕の失敗を、そら見たことかと馬鹿にしたってよかったのに、それをしなかった。
アーロン君もそういうおっさんの言葉に救われたんだと思う。
ロドニーのおっさんは人が良いのだ。
そしておっさんは、信じた結果が酷いものになったって、それはそれでいいというのだ。さっきみたいに。
そうやって真っすぐ人を……というよりも、自分の中にある正義や善意の指針を信じるっていうのも、このへんじゃ得難い能力だと思う。
だからこそ簡単にネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部のお姉ちゃんにころっと騙されるのだ。
「グリフォン商会は今、ギルドの中じゃあ落ち目だしな。これを機にガッと稼いで次の商売の支度金にしてえんだろうさ」
「次の商売っちゅうのはなんだ」
「なんでもその移民たち使って組織売春計画してるって噂で……って、しまったー。商売敵とはいえ同じ闇ギルドのこんな話をよりによって刑事なんかにしゃべってしまったー。おっさん頼むぜー、仁義に反するから内緒にしてくれー」
アーロン君、すげえ棒読み。
と思ったが、それで騙されるのが我らの愛すべき刑事さんなのである。
このおっさんを騙すのなんて、ジュリアンちゃんはきっと赤子の手をひねるよりも簡単だっただろう。
クソがよ、と思った。
「すまんなアーロン。おめぇだって同業者を売りたくはねぇだろうが、そんな話を聞いちまったら風俗対策部に話を持ってかずにはおれねぇ」
「しょーがねーなー。刑事さんは昔から真っ直ぐだからなー」
アーロン君のサングラスの隙間から見える黒い目も、底冷えする夜みたいだった。
「じゃあなセタガヤ。店、頑張れよ。アーロン、悪かったな。なんか不都合があったら俺に言え。ちょっとくれぇなら融通きかせてやる」
「じゃあ今度、背徳の館が営業再開するんで……」
「わかった、風俗対策部通して監視対象からは外すよう役所に言っといてやる」
「ありがとーおっさん、頼りになるー」
「はっはっは、そう持ち上げるんじゃねぇ! 照れるぜ!」
汗を吸ったよれよれのコートをバサッとひるがえし、しゃきっとした足取りで去っていくロドニーのおっさんの後ろ姿を見つめながら、僕は乾いた目をして呟いた。
「なにこの三文芝居」
「ま、自分を騙した女がいる店を、おっさん自身が潰すんだ。これから先、少なくともグリフォン商会はおっさん相手になめた真似はしねえだろ」
「あ、やっぱ本当にジュリアンちゃんはおっさんを騙してたんだ」
僕の言葉に、アーロン君はうなずいた。
「昨日、うちの店員がバッカスで飲んでてな。ジュリアンちゃんはわざわざバッカスに来て、娘さんにおっさんが馬鹿だっつって嘲笑ったんだと」
ふーん?
病気の父親のために苦労する娘に心から同情して、刑事の安月給から自分の娘の将来のために貯めていた金を渡したロドニーのおっさんを笑ったのか。
本当の娘さんの前で。
「そっかそっかあ」
バッカスは闇なべ通り商店街の人気小料理屋で、メアリーちゃんはくるくるとよく働く良い子だって、うちのじいさんを始め、商店街のじじばば連中にファンが多い。
混沌街で働く女が、闇なべ通り商店街にある店で働く女へあやをつけた結果を見通せないなんて。
ずいぶんお粗末だね。
「――で、じゃあジュリアンちゃんはどうする?」
見上げた黒スーツは口の端を少しだけ吊り上げて、猛暑を吹き飛ばすほど冷ややかな笑みを浮かべた。




