第13話 なにやってんのおっさん、馬鹿じゃないの
「おっさんそれまじで言ってる?」
思っただけでなく、強めに声に出ていたようだ。ロドニーのおっさんが僕を見てぎゅっと唇を噛んだ。
その様子を、僕は思わず凝視してしまう。
このおっさん、刑事だったよな?
刑事の制服着てるもんな、刑事だよな。
警邏隊刑事部の叩き上げのベテラン刑事だよな。
冒険者が市民に大怪我をさせた傷害事件の犯人たちを挙げたことで、領主から功労賞をもらったこともあったはずだ。たしか五年くらい前だったかな。
犯人は冒険者と恋仲だったギルドの受付嬢だった。
迷宮都市という土地柄、冒険者ギルドの権力が強いこのボアダムで、ギルドの権力に屈せず捜査をしたおっさんにうちのじいさんが感心していた。
自分も受付嬢として働き始めたばかりのミナトも、その事件の解決したおっさんへ感謝をしていたことを思い出す。
あの氷みたいな無表情がデフォルトのミナトが、僕の前でだけ、声を震わせて泣いていたからよく覚えている。
そう、ロドニーのおっさんはベテラン刑事……の、はず。
「なんでおめぇに嘘つかなきゃなんねぇんだよ。ジュリアンちゃんは泣きながらオヤジを心配してて、俺も泣いちまったくれぇだ。あとどのくらいお父さんと一緒に過ごせるかわからないっつって泣いててよぅ」
「うん。おっさんはそういう人だったっけね。でもたぶんそのジュリアンちゃんの言ってることは嘘だと思うよ」
「ジュリアンちゃんは嘘つくような子じゃねぇよ。オヤジ思いの優しい子だ」
「いやまあ百万分の一の確率で、もしかしたらそうかもしれないけれども」
僕は頭が痛くなってうめいた。
ロドニーのおっさんも、ううっとうめいてオリーブグリーンの目を潤ませる。
「大事な娘を残して逝っちまうかもしれねぇなんて、オヤジの身になって考えたら居ても立ってもいらんねぇよなぁ。俺も人の親だから、なおのことジュリアンちゃんを応援して親子二人で暮らさせてやりてぇって……」
「そうね、そこがおっさんのいいとこよ。まじで。このボアダム東地区でそこまで人に親身になってくれる刑事さんなんかいないよ。僕もアーロン君も、ほんとにそこは尊敬してる」
だけどね……と、僕の言葉に少し照れた顔をしたおっさんへ、僕はゆっくりと続けた。
「よく聞くじゃん。病気の父親や母親やじいさんばあさんの薬代を稼ぐために、働きたくない風俗で働いて苦労してますって話。んで罪もないおっさんに貢がせたあげく搾り取って女がとんずらこく話。警邏でも聞いたことあるでしょ」
はっとした顔で黙ったおっさんの肩に手を置いて、僕は現実を突きつける。
「刑事の経験として、そういうことを言う女に騙されて刺したとか刺されたとかって事件、解決したことない?」
「あ」
「ね、山ほどあったでしょ。そんでそのジュリアンちゃんへ、個人的にいくら払ったか計算してみて」
「う」
よれよれのコートを着た刑事さんは、その服の皺のようによれよれと崩れ落ちた。そして顔を伏せたまま、指を二本立てて僕に見せてくる。悲しいピースサインの後ろには、いったいいくつゼロがつくのか。
「二十万?」
おっさんはぷるぷると首を横に振り、小さな声で「二百……」と吐いた。
「嘘でしょ、二百万? なにやってんのおっさん、馬鹿じゃないの」
「い、いいや! でも俺はジュリアンちゃんを信じるぞ。だって本当に病気のオヤジがいて、俺が払った金が役に立ってるかもしれねぇだろ!」
吹っ切れたように小さな目をキリッとつり上げて言うおっさん。
「俺は刑事だぞ! 困っている人を助けるのが仕事だ。人を助けねぇで何が刑事だ!」
これは本気で言っている。
おっさんは人の訴えを真剣に聞いて、信じて、助けるために走り回れる人だ。
そういうおっさんだからこそ解決できた事件や救われた人は大勢いるんだけど、今回ばかりはあまりにもジュリアンちゃんが典型的な胡散臭さを発している。
僕は真面目な顔で言った。
「そういうところがおっさんの良いところなんだけど、とはいえさ、他人の娘を大事にする前にメアリーちゃんを大事にしてあげなよ。奥さんとは別れたっていっても、メアリーちゃんは娘でしょ」
「いや、それはそうなんだがよぅ……」
「刑事の薄給からして二百万て大金じゃん。それ、使い道だってちゃんと決めて貯めてたんじゃないの」
僕が首を傾げると、おっさんはコートのボタンをいじいじといじりながらうつむいた。
「そ、その……メアリーに、将来結婚するときに、よぅ……あれだよ、昔はそうでもなかったが、最近の結婚式って金かかるんだろぅ? なんかの足しにしてくれりゃぁ、いいなと思ってよぉ……」
僕は傾けていた頭をグイッと上に向けて、片手で目を覆ってもう一度盛大にうめいた。
「大事なお金じゃんそれ。なんでそんな大事なお金を関係値スッカスカのよくわかんないキャバクラの女の子にあげてんの? 馬鹿じゃないの? っていうか馬鹿でしょ。なにしてんの? ねえ」
「ぐ」
「ぐ、じゃねえのよ。闇なべ通りの店員に刑事が諭されるとか、なにやってんの。まじでしっかりしてよおっさん」
刑事の制服を着たおっさんののっぺりした顔面には、汗がびっしり浮かんでいる。
たぶん暑さのせいだけじゃない汗も脇にびっしょりかいているはずだ。
「で、でもあそこはアレだぞ! ちゃんとうちの風俗対策部の許可をとってある、しっかりした、健全な、店だぞ! だからジュリアンちゃんも健全に、本当に、病気のオヤジのために頑張っ」
「取ってねえぞ」
簡易テーブルの脚に尻尾を巻きつけてうろたえる中年の後ろから、アーロン君がにゅっと顔を出した。




