第12話 刑事さん
ミノタウロスをアーロン君の店へ出荷した、翌日の朝。
今日は魔石狩りというボアダムでもめずらしいお祭り騒ぎに、闇ギルドが参戦し始める日でもある。
石狩り初日から昨日までの三日間は、ボアダムの領主やその親類縁者の貴族たちが魔石狩りを見にきていたから、闇ギルドの連中は面倒ごとを嫌って大人しくしていたのだ。
闇なべ通り商店街の通りにも、空きスペースや店舗の一部に闇ギルドが露店を出している。
うちの店の斜め前のスペースには、アーロン君のところの下っ端が串焼き屋を出していた。昨日とは打って変わって、今日の闇なべ通りは人が多くて騒がしい。
昨日に引き続き、天気はぴかぴかの晴れで死ぬほど暑い。
串焼きはすごく良い匂いだけれど、暑さが増してちょっと迷惑。
アーロン君から敷地の使用料をもらっているから文句は言わないけれども。
日増しににぎわう魔石狩りだが、街中を警邏隊が警備を担当しているおかげでたいした混乱はない。
人がみっちりと増えた通りを、青い制服を着た警邏隊が二人一組で見回っているのが見えた。
うちの商店街の会長が警邏隊に警備を頼んだらしい。
普段は警邏隊もこの通りは素通りするので、すごく新鮮。
僕も一応商売人の端くれなので、人通りの多さには心が躍る。飴型ポーションを主戦力に、うちも店先に簡易テーブルを出して商い中である。
当然のように店長は不在、僕が店番だ。
そんななか、人混みから見知った顔がひょこっと姿を現した。
「景気はどうだセタガヤ、ちゃんとやってるか?」
僕はポーションを補充していた手を止めて、そののっぺりとした顔に愛想良く笑みを返す。
「ロドニーのおっさん、今日は見回り?」
「おぅ。お貴族様が帰って、混沌街の連中が参加する初日だろ。そういう日に限って馬鹿が活性化しやがるから、部長に警邏部を手伝ってこいって言われてな。非番だったのによぅ」
僕に声をかけてきたのは、警邏隊刑事部の制服を着たおっさんだ。
ネズミの獣人で、背が小さくて横に伸びぎみのおっさんである。
腰に手を当ててため息をついたロドニーのおっさんは、周りを見回してから僕に視線を戻して感慨深げにまたため息をついた。
「ポーション並べてんのか。ちゃんと仕事してて偉いなぁ。魔力量が多いからって天狗になって暴れてたおめぇさんがなぁ……」
「身内のじいさんでも言わないようなことを言って、生あったかい目をするのやめてくれませんかね」
恥ずかしい。十代の粋がっていた僕。
「しっかし、相変わらずしまりのない顔だな。ビッとしろ、ビッと」
「いやいや、なに言ってるの刑事さん。それ僕のセリフだからね」
この刑事、凹凸の少ない顔面はのっぺりしているし、ちょっと離れぎみに埋め込まれたややつり上がった小さい目はしなびたオリーブみたいで覇気がない。
焦げ茶色の丸い耳の横には、白髪まじりの黄色っぽい毛が伸びている。
頭頂部はお世辞にも茂っているとは言えないが、幸いなことにまだハゲてはいない。
よかったね。
「あんまりがめついことして、恨まれないようにしろよ」
「〝ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部〟で割引クーポンの中に期限切れのやつ忍ばせて支払うようなおっさんに言われたくないよ」
服に付いた埃を払うように手をパッと払いながら言った僕の言葉に、ロドニーのおっさんはぎょっと目を見開いた。
「なっなんで知って……。いやいや、ちゅうか、期限を忘れちゃってたっつうかよぉ。たまたま支払う時になんか紛れ込んじゃったっちゅうか……」
「もう五十も過ぎたいいおっさんの言い訳とか聞きたくないなあ」
とはいえ、たぶんこのおっさんは会計を誤魔化そうとして期限切れクーポンを紛れさせたわけじゃないだろう。
なかにはさんざん遊んだあげくに、タダにしろと威圧する刑事もいるとアーロン君から聞いたことがある。
職業に誇りを持ちすぎて家庭を疎かにし、奥さんに愛想をつかされたロドニーのおっさんのことだ。お天道様に顔向けできないようなことはしない。
だから本気でクーポンの期限を忘れちゃってたんだろうな。
「てか腐っても刑事でしょうに。奥さんと別れて女の人が恋しいのはわかるけど、キャバクラ満喫してどうするんですか」
さえない風体のこのおっさんは、街の安全を守り事件を解決する刑事の一人である。
今日のような催し物の整理や軽犯罪なんかを担当する警邏隊警邏部とは違い、殺人や強盗なんかの凶悪事件を解決すべく組織された、警邏隊刑事部のベテランだ。
暑いのにちゃんとベージュの薄いコートも着ている。
本人の容貌と相まって暑苦しいことこの上ないが、これが刑事の制服なのだから仕方がない。
スーツの上からよれよれのコートを羽織るのが、勇者の世界での刑事と呼ばれる職業の粋な制服の着こなし方なのだそうだ。
警邏部が涼しそうな夏服を着て動き回っているのに対し、どれだけ暑くても刑事に夏服なんてものはない。
司法制度を制定し、警邏隊という組織を作った女勇者イケブクロが、「現場の刑事はスーツに緑のコートをバサッと羽織るのが原点にして流儀! 横にオールバックのエリートがいればなお良し!」と言ったからなのだとか。
まあ勇者イケブクロの話はともかく。
おっさんはうだつの上がらないふうでありながら、実は警邏部から花形部署刑事部へと出世した叩き上げで、有能な刑事さんなのである。
十代の僕は魔力量が同年代に比べて飛び抜けて多かったし、魔法も使えた。アーロン君も勇者のスキルを持っていてものすごく強かった。
おっさんが言うように、つまり昔の僕らはちょっとやんちゃだったのだ。おっさんが警邏部にいた頃には世話になったこともある。
ちなみに別れた奥さんとの娘のメアリーちゃんは、闇なべ通り商店街の小料理屋〝バッカス〟で看板娘をしている。ウサギ獣人の元奥さんによく似た白いふわふわのうさ耳と、ルビーみたいな赤い目がチャームポイントで、親父に似ずかわいい顔をした働き者だ。
「バッカヤロ、満喫とかそういうアレじゃねぇ!」
「いやーでもメアリーちゃんとおんなじくらいの歳の女の子がいる店に行って楽しんでって、それってちょっとやばいんじゃないですかねえ」
僕がからかうと、おっさんは目を見開いて首を振った。
「なに言ってんだおめぇよぉぅ……はあ? メアリーは関係ねぇだろうが、よぅ……」
ぼそぼそ言い訳をするくたびれた中年刑事は、しなびたオリーブのような目をしょぼしょぼさせながら言った。
「あそこのジュリアンちゃんは俺と同じくらいの歳の病気のオヤジがいて、店で頑張らねぇと薬代が払えないっちゅうから、つい通って応援したくなっちまってよぅ」
え。
おっさんそれまじで言ってる? と、僕は目を瞬かせた。




