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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
1章 ある晴れた昼下がり、闇なべ通り商店街から続く道

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第11話 見えていますかアーロン君?

「お客さんが買ったポーションは、消費期限切れで効果が薄かったってわけじゃあなくてですね」


 仕方なく僕はタライの水から足を引っこ抜き、サンダルをつっかけて店先に出る。

 ひさしの影が届くぎりぎりまで出ていって、じいさんがさぼった商品説明をするためにミノタウロスが買ったというポーションを手に取った。


「闇なべ通りの引きこもりな調薬師が作った、ちょっと特殊なポーションなんですよ。これ。使用者の魔力量によって効果が違うっていう。お客さん、魔力量は少ないんじゃないですか」


「あ、ああ。三十分ほどライトの魔法が使えるくらいしかないが……」


 アーロン君の様子をうかがいながら答えたミノタウロスの言葉に、僕は「でしょうねえ」とうなずきながら肩をすくめた。


 え~でもぉ、魔法が使えるなんてすごいじゃないですかぁ。

 なんて、クレームしかくれなかったミノタウロスにおべっか使う気もないし。


「それじゃあ思ったほど回復しなくても仕方ないですね」


 三軒隣の妖精族の調薬師は、もうかれこれ百年以上引きこもって薬だけ作り続けているという変わり者である。

 薬師ギルドに納める普通のポーションとは違う、特殊なポーションを研究して作るのが趣味なのだ。


 作る過程は楽しいらしいが作り終わった物には興味がなく、腐らせるのももったいないということでうちの店で買い取り販売している。

 ミリムちゃんに売った飴型ポーションや、オッタヴィアーノさんが買っていく粘度アップポーションもこの調薬師の作だ。


 非正規品なので薬師ギルドを通す必要はないけれど、ばれるとちょっと睨まれる。

 他の都市では商売できなくなることもある。それどころかナンタラ法違反で逮捕されてしまうこともあるらしいが、ここはほら、闇なべ通りだから。釘を刺される程度。


 それはともかく。

 ミノタウロスへじいさんが売ったポーションはそういった品の一部で、使用者に魔力があればあるほど使用の際の効果は高く、魔力が少なければ普通のポーションの二割ほどしか回復しない。

 魔術師系の職の探索者には重宝されるが、魔力量が少なく力でゴリ押しするタイプの職には欠陥品扱いされるという、二重人格なポーションなのである。


 僕の言葉に不服そうな顔をしたミノタウロスへ、僕はへらっと笑ってみせる。


 かつて何代目かの勇者は言っていた。

 スマイル0円。

 円っていうのは勇者の世界の通貨の単位らしい。笑顔はタダ。ちなみにだいたい1ギル=1円らしいよ。


「でもまあ説明もなしで売っちゃったのはうちがまずいんで、そうだなあ……」


 僕はミノタウロスの肩に手を置いたまま棒立ちになっているアーロン君に目配せする。が、やつの目は死んだまま動かない。


 幼馴染みとして結構な時間を一緒に過ごしているというのに、こういうときに僕の意思がこの黒スーツの男に伝わった試しがないのはどうしてだろう。


「えーっと、お客さんの肩に手を置いてるその男、実は混沌街で何店舗か持ってるんですよ」


 フィデリフィ王国だけでなく、世界にその名が轟く眠らない街。そこで店を何軒か持っているということは、闇ギルドでもそれなりの地位にいるということだ。

 ボアダムではよく知られていることである。


 ここにきたばかりの旅人や冒険者たちも、さっきの標語と併せて黒スーツには近付くなという注意とともに教えられることだから、このミノタウロスも知っているはずだ。


 我が幼馴染みは、同年代の野郎どもなかではなかなかの出世頭なのである。


「なんと! 世界一の歓楽街といわれる混沌街で店舗を構えるなど、お若いのになかなか素晴らしい。それがなぜこんな店で用心棒など……?」


 こんな店で悪かったね。

 僕はちょっとムッとしながらも、驚くミノタウロスになんとか笑顔を保って続きを話す。


「こんな店でポーション買うのも失敗するくらいだし、お客さん、最近この迷宮に来たばっかなんでしょ?」


「あ、ああ。実は二週間ほど前に来たところで、まだどこのクランにも入っていないが……」


「なるほどなるほどー」


 ミノタウロスに非はない。

 ないが、ミノタウロスいわく〝こんな店〟があるこの通りでは、いくら商品説明が十分じゃなかったといったって、カッとなって文句なんか言いにくるべきじゃない。


 だって、なんでその時に商品説明をしてくれって言わなかったのって話じゃん。

 安いから怪しんだっていうならさ。


 ダンジョンをソロ探索中に違和感を覚えたけど、誰も忠告してくれなかったら罠踏んで片足無くなっちゃいましたーって言って、誰が同情してくれる?

 ソロだよね?

 しかもソロで探索するって決めたの自分でしょ。


 ましてそれで冒険者ギルドに文句言うって発想になる?

 ダンジョン三階東側の小部屋に続く通路の罠のこと、ギルドが忠告してくれなかったから怪我しちゃったよお、どうしてくれるのって。


 そんな冒険者ダサすぎるでしょ。


 たとえミノタウロスがつい最近この迷宮都市に来たばかりだとしても、冒険者ギルドの受付嬢から説明を受けたはずだ。ミナトは初見の冒険者には絶対に説明するって言ってたし。


 自分が手に取って買うと決めたからには、それがどんなに欠陥品だろうと自己責任だとのみ込んだほうがいい。

 そのうえで、文句を言うなら腹を括らないと。


 じゃなきゃ痛い目を見ちゃう。


「じゃあ混沌街で遊ぶなんてこともまだでしょう」


「こっこっこ、混沌街で遊ぶなど! 元はさるお方の護衛騎士をしていた身! い、色町で遊ぶなど、そそそんなふしだらな!」


 いや、混沌街はべつにエロい店しかないってわけじゃないぞ?

 じいさん御用達の魔犬レース場やカジノもあるし。違法なやつが多いけど。


 歌や踊りを鑑賞できる劇場もある。ムチムチの猫耳娘が一枚一枚服を脱いでいく踊りが楽しめる〝踊るケモミミホール〟は、ケモナーという特殊なジョブについていた何代目かの勇者が建てた由緒正しい劇場だ。


「このような昼間からなど、そ、そんな淫らなっ!」


 さてはこの牛男、むっつりすけべか。頭の中はエロでいっぱいか。

 ちょうどいい。


「お詫びといっちゃあなんですが、僕が言えばタダにしてくれると思うんで、その男の店で遊んで行かれたらいかがです?」


「い、いや……いやいやいや! このボアダムには自己研鑽のため、修行のために来たのだ! 決して混沌街で遊ぶために来たわけでは、な、ないのであってっ」


「まあまあ、己を磨く騎士にだって休息は必要でしょう。ねえアーロン君? 〝背徳の館〟の一番良いコースにご招待してくれるよね」


「……セタガヤがそういうなら、俺ァかまわんが」と、アーロン君がミノタウロスの肩から手を離しながら言う。


 渋々といった体だが、薄黄色いガラスの奥で死んだ目が少しだけ生き返ったのがわかる。

 死後一週間といった死に具合だったのが、死後三日くらいに復活だ。


〝背徳の館〟

 そこは空気中の魔力の濃度がおかしくなっているせいで、性欲がとんでもないことになっているサキュバスがいる風俗店である。


 アーロン君が彼女たちの餌について頭を悩ましていたのはついさっきのことだ。


「うちからのお詫びの気持ちだと思って。そういう気持ちを汲んで動くのが、立派な騎士ってやつじゃあないですかー」


「そ、そこまでいうのなら、その誠意、う、受け取らぬこともないぞ」


 はあい、餌確保~。


「アーロン君、案内してあげてね」


「おう」


 ミノタウロスに見えないように、アーロン君がパッと指を三本立てた。


 僕は即座に首を横に振った。


 頭を悩ませていた問題解決の力添えが、たった一万ギル札三枚相当なんて、冗談でしょ?


「お客さん、どうせセタガヤの奢りだ、フルコース楽しんでってくださいよ」


 若くて体力があって健康なミノタウロスはその牛似の顔面を緩ませ、アーロン君の言葉にうなずきながらこちらを見た。


「すまぬな、魔導具屋よ。二割引のポーションでこのような……」


「いえいえー」


 両方の手のひらを広げ、ひらひらと顔の前で振る。


 見えているかい、アーロン君。


 僕の指は君のところの従業員と違って、小指は欠けてないよ。

 このひらひらしている指の数、ちゃんと数えられていますかアーロン君。


「しかし、セタガヤといったか、お主のせいではないのに、なにやら気の毒なような……」


 八本の指を出したアーロン君に対して「はっはっは」と笑ってうなずく。


「まあまあお客さん、そうお気になさらずー」


 僕はあとでアーロン君から〝飼料代〟いただくんで!

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