名
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「……俺か?」
思わず口から漏れた。
老人は頭を垂れたまま動かない。
まるで。
それが当然であるかのように。
誰も喋らない。
いや。
何を言えばいいのか分からなかった。
最初に口を開いたのはグリードだった。
「待て」
「待て待て待て」
「意味が分からねぇ」
それは全員同じだった。
レオンが老人へ視線を向ける。
「今、何と言った」
老人はゆっくり答えた。
「お帰りなさいませ」
「シュトック様」
レオンの眉が動く。
「その者の名はシュトック・エイゼンシュタインだ」
老人は首を振った。
「存じませぬ」
空気が凍る。
「いや」
グリードが思わず声を上げる。
「目の前にいるだろ!?」
「それ!」
「そいつがシュトックだよ!」
老人は静かに首を振る。
「違います」
全員が固まった。
今度は本当に。
言葉を失った。
リシェルの手が、俺の袖を強く握る。
「違うって……」
ミオが呟く。
老人は俺を見ていた。
真っ直ぐ。
迷いなく。
「お待ちしておりました」
その声に。
背筋が寒くなる。
クレイスが静かに口を開く。
「質問を変えましょう」
銀のレンズが光る。
「あなたは誰を待っていたのですか」
老人は即答した。
「シュトック様です」
「だから誰だよ」
思わず声が出た。
「俺は確かにシュトックだけど」
老人は初めて不思議そうな顔をした。
まるで。
俺の方が理解できないことを言ったみたいに。
その時だった。
ケッヒル大佐が前へ出た。
全員の視線が集まる。
大佐は老人を見ている。
老人も大佐を見ている。
数秒。
誰も動かなかった。
そして。
初めてだった。
あの老人の表情が動いたのは。
わずかに。
目が見開かれる。
乾いた唇が震えた。
「……」
言葉は出ない。
だけど。
その顔は見覚えのある誰かを見た顔だった。
第7全員がケッヒルを見る。
ケッヒル大佐は答えない。
ただ。
老人を見返していた。
俺は息を呑む。
初めてだった。
あのケッヒル大佐が。
ほんの少しだけ。
驚いた顔をしたのは。
「大佐?」
思わず声が出る。
ケッヒル大佐は答えない。
その視線は。
老人から離れなかった。
やがて。
老人がゆっくり頭を垂れる。
「申し訳ございません」
掠れた声だった。
「お側におられるとは思いませんでした」
全員が老人を見る。
お側?
誰のだ。
何の話だ。
レオンの眉がひそめられる。
クレイスの銀のレンズが静かに光った。
ケッヒル大佐は短く息を吐く。
「話せ」
低い声だった。
老人の肩がわずかに震える。
「鐘が鳴りました」
誰も反応できない。
いや。
意味が分からない。
老人は続けた。
「三度」
その瞬間だった。
ケッヒル大佐の目が細くなる。
ほんのわずかに。
でも。
確かに空気が変わった。
「どこまで見た」
老人は答える。
「門が開きました」
「白き騎士たちも」
その言葉に。
ドルガンが顔をしかめた。
カイゼルも舌打ちする。
レオンは無言だった。
ただ。
剣だけは下ろさない。
「待て」
グリードが割って入る。
「さっきから何なんだよ」
「鐘だの門だの」
「白き騎士って白甲冑のことか?」
老人はグリードを見ない。
視線はずっと俺へ向いたままだった。
背筋が寒くなる。
「シュトック様」
まただ。
その呼び方。
老人の声が震える。
恐怖なのか。
歓喜なのか。
それすら分からない。
「もう時間がありません」
その時だった。
ゴォォォォォン――。
鐘が鳴る。
今までで一番近く。
今までで一番重く。
巡礼路全体が震えた。
老人の顔から血の気が引く。
「来ます」
老人が怯えている。
その事実が。
何より恐ろしかった。
そして。
その理由はすぐに分かった。
門の奥から。
金属が擦れる音が響いた。
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