巡礼路の鐘
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――ゴォォォォォン。
鐘の音は。
一度だけじゃなかった。
霧の奥から。
重い音が何度も響く。
兵士は震えていた。
まるで。
その音を聞くだけで壊れてしまうみたいに。
「来る」
「来る」
「来る」
壊れたように繰り返す。
リシェルが必死に肩を押さえる。
「大丈夫です」
「もう大丈夫ですから」
でも。
兵士の目は。
別の何かを見ていた。
クレイスが静かに口を開く。
「巡礼路の鐘は廃されています」
「記録上、百年以上前に――」
「クレイス」
低い声。
ケッヒル大佐だった。
クレイスが言葉を止める。
銀のレンズが向く。
「知っているのですか」
真っ直ぐだった。
逃がさない目。
だけど。
ケッヒル大佐は答えない。
ただ。
霧の奥を見ている。
その横顔を見て。
初めて思った。
この人。
本当に知らないんじゃない。
知っていて言わないんだ。
ローグ将軍と話していた時もそうだった。
白甲冑。
王殺し。
そして巡礼路。
全部どこかで繋がってる。
「大佐」
今度はレオンだった。
珍しく。
強い声。
「説明を求めます」
空気が変わる。
レオンがそう言うなら。
聞く権利がある。
そんな雰囲気だった。
ケッヒル大佐は。
短く答えた。
「今は戦場だ」
それだけ。
クレイスの眉がわずかに動く。
レオンも黙った。
納得したわけじゃない。
でも。
これ以上は聞けない。
そういう声だった。
その時。
「おい」
ドルガンが言った。
酒瓶は持っていない。
完全に本気の顔。
「見ろ」
全員の視線が前を向く。
霧。
その向こう。
白い影。
まだいる。
いや。
増えていた。
一つ。
二つ。
三つ。
違う。
もっとだ。
アルスの笑顔が消える。
「……あれ」
珍しく声が低い。
「動いてない」
確かに。
影は立っている。
ただ立っているだけ。
こっちを見て。
じっと。
「気味が悪いな」
ミオが小さく呟く。
フィオが首を振る。
「違う」
東嶺の双剣使い。
その目が細くなる。
「見てるんじゃない」
ぞわり。
背筋が冷えた。
「じゃあ何だよ」
グリードが聞く。
フィオは答えた。
「待ってる」
誰も喋らなかった。
その言葉が。
妙に嫌だった。
待っている。
何を。
誰を。
その時。
シンが空を見た。
東嶺最強。
ほとんど喋らない男。
そのシンが。
ぽつりと言う。
「遅い」
「何が?」
俺が聞く。
シンは霧の奥を見たまま。
答えた。
「鳥がいない」
――。
全員が空を見る。
いない。
一羽も。
さっきまで気付かなかった。
森なのに。
鳥の声がしない。
風の音しかしない。
クレイスの目が変わる。
銀のレンズが細められた。
「なるほど」
何かに気付いた顔だった。
そして。
巡礼路の入口。
崩れた石門。
その上に。
誰かが立っていた。
白い甲冑。
今度こそ。
誰が見ても。
白甲冑だった。
鐘の音が鳴る。
――ゴォォォォォン。
白甲冑は動かない。
だが。
その背後。
霧の奥から。
さらに。
さらに。
さらに。
白い影が現れ始める。
まるで。
呼ばれたみたいに。
そこで。
ケッヒル大佐が。
静かに剣を抜いた。
ガシュ。
重い音。
第7の空気が変わる。
「陣形を組め」
低い声。
「敵だ」
鐘の音が。
霧の中へ響いていた。
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