王殺しの名
お読みいただきありがとうございます!
第二部の北部編に入りましたが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。
「ヴァルムーア」
その名前が。
森の中へ。
静かに落ちた。
初めて聞いた。
はずなのに。
胸の奥で。
何かが。
激しく。
軋んだ。
「……知ってるのか?」
クレイスは。
銅板から。
目を離さなかった。
「名前だけなら」
低い声で。
答える。
「王城の地下で」
「確認した記録に」
「残されていました」
俺も。
覚えている。
旧王家の。
最後の王。
その王を。
自らの手で討った。
重臣。
記録から。
名を消した男。
「キングスレイヤー……」
口にすると。
クレイスが。
僅かに頷いた。
「そうです」
リシェルが。
銅板を見つめる。
「王殺しの名前が」
「ヴァルムーア……?」
「少なくとも」
「王国史に残された」
「キングスレイヤーの名は」
「そう伝えられています」
クレイスの言い方は。
慎重だった。
記録を。
そのまま信じてはいない。
「ヴァルって」
リシェルが。
小さく呟く。
「レオンの家名にも」
「入っていたよね」
「ああ」
レオン・ヴァルハルト。
王家と。
深い繋がりを持つ。
名門。
クレイスが。
銀のレンズへ。
指を添える。
「ヴァルの名は」
「現在の王家」
「ヴァルクレインと」
「無関係ではありません」
「王族なのか?」
「必ずしも」
「そうではありません」
クレイスは。
首を横へ振った。
「王家の血を引く者」
「王家と婚姻を結んだ家」
「あるいは」
「王朝の成立に」
「大きく関わった者」
「そうした家や人物に」
「ヴァルの名が」
「残されることがあります」
リシェルの表情が。
僅かに曇る。
「じゃあ」
「ヴァルムーアは」
「今の王朝を作った人なの?」
クレイスは。
少しだけ。
沈黙した。
「功臣の一人です」
「旧王朝を終わらせ」
「現在のヴァルクレイン王朝が」
「成立する道を開いた」
英雄。
そう呼ばれても。
おかしくない。
でも。
「そのために」
「仕えていた王を」
「殺した……」
俺の言葉に。
クレイスが。
ゆっくり頷く。
「長年」
「旧王家に仕えた人物です」
「最後まで」
「王の側にいたとも」
「伝えられています」
「それなのに」
「最後は」
「自ら王を討った」
リシェルが。
唇を結ぶ。
「どうして……?」
「分かりません」
クレイスは。
はっきり答えた。
「王国史では」
「新しい時代を選んだ」
「忠義より」
「民の命を選んだ」
「そのように」
「記されています」
「ですが」
銀のレンズが。
冷たく光る。
「本人が」
「なぜ王を殺したのか」
「その理由を記した資料は」
「残されていません」
王を殺し。
新しい王朝を。
生んだ。
建国の英雄。
同時に。
絶対の背信者。
「記録から」
「自分の名を消したのも」
「ヴァルムーア自身なのか?」
「それも」
「確かではありません」
クレイスは。
銅板に刻まれた名を。
見つめる。
「ただ」
「王朝成立後」
「ヴァルムーアの名は」
「急速に」
「公的な記録から」
「失われています」
「英雄なのに?」
リシェルが聞く。
「英雄だからこそ」
「残せなかったのかもしれません」
クレイスの声が。
静かに響いた。
「新王朝にとって」
「旧王を討った者は」
「必要な功臣です」
「しかし」
「王を殺すことが」
「正しい行いとして残れば」
「次の王も」
「同じように」
「討たれてよいことになる」
誰も。
言葉を返せなかった。
新しい王を。
守るためには。
王を殺した英雄を。
称え続けるわけにはいかない。
利用し。
その後で。
消した。
そんな考えが。
頭をよぎる。
「それでも」
俺は。
銅板を見る。
「どうして」
「その男が」
「第五採掘区の住民を」
「移送していたんだ?」
クレイスは。
答えない。
キングスレイヤー。
現王朝開闢の功臣。
そんな男が。
王都から遠く離れた。
北部の採掘区で。
大火の前年から。
住民の移送を。
計画していた。
しかも。
第一段階は。
完了している。
子どもたちは。
先に。
第五採掘区を出た。
なら。
俺も。
姉貴も。
妹も。
その中に。
いたはずだ。
けれど。
俺は。
火を見た。
雪の中で。
燃える建物を。
確かに。
見たはずだった。
「……おかしい」
声が。
自然と漏れた。
リシェルが。
俺を見る。
「何が?」
「第一段階が」
「本当に終わっていたなら」
喉が。
渇く。
「どうして俺は」
「火事の時に」
「第五採掘区にいたんだ?」
リシェルの手が。
俺の腕を。
強く掴んだ。
クレイスは。
何も言わない。
だが。
その沈黙が。
俺の疑問を。
否定できないことを。
示していた。
記録が。
間違っているのか。
俺の記憶が。
間違っているのか。
それとも。
移送された後に。
何かがあって。
戻されたのか。
頭の奥が。
再び。
鈍く痛む。
雪。
炎。
誰かの声。
けれど。
掴もうとすると。
全てが。
霧の向こうへ。
消えていく。
「シュトック」
リシェルの声。
「無理に」
「思い出そうとしないで」
「ああ……」
そう答えた時だった。
カラン。
鈴が鳴った。
石碑の向こう。
白い服の子どもが。
また。
立っていた。
さっきまでとは違う。
今度は。
俺ではなく。
足元を。
見つめている。
「……返して」
小さな声。
はっきりと。
聞こえた。
クレイスが。
子どもの視線を追う。
崩れた石畳。
石碑の根元。
そこだけ。
一枚の石が。
僅かに。
沈んでいる。
クレイスが。
しゃがみ込む。
石の隙間へ。
指を入れる。
「動きます」
俺も。
反対側へ。
手をかけた。
三人で。
重い石板を。
ゆっくりと。
持ち上げる。
湿った空気が。
下から。
吹き上がった。
石板の下には。
暗い空洞。
そして。
古びた。
鉄の箱が。
埋められていた。
蓋の中央。
錆の奥に。
一つの紋章が見える。
折れた剣。
その背後に。
王冠。
クレイスの息が。
僅かに止まった。
「これは……」
「何の印だ?」
銀のレンズが。
鉄の箱を。
静かに映す。
「ヴァルムーアの」
「個人紋です」
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