31:君の今後が、上手くいきますように
セイが目の前に広がる瓦礫の山にショックを受けたかと思えば、突然走り出した。
「お、おい! どうした!?」
家だった瓦礫の山に突っ走るセイにつられて、俺もヒローナも走り出す。
正直、なんでセイが急に走り出したのか俺には分からなかった。目の前に広がるのは地震の被害にあった建物しか無くて、人や動物は見えなかったからだ。
しかし、ヒローナも何かに気づいたようで、歯噛みして並走していた俺を置いていくのだった。
「大丈夫ですか! 無事ですか!」
セイが、瓦礫の山の一つにたどり着いたかと思えば、素手で木片をどかしている。その姿はあまりにも必死だった。
遅れてセイのもとにたどり着いたヒローナも、家に使われていたであろう木の柱などの大きめの瓦礫を中心にどかしている。
「どうしたんだよ……」
困惑しているが、セイたちがあんなに必死になっている理由は、心のどこかで分かっていた。
「なんでそんなに必死に……ヒッ」
俺は見た。大方取り除かれた瓦礫の隙間から覗く、人の手を。乾いた血がベッタリとついた人の手を。その下で赤黒く染まった地面を。
(俺もあのとき、こうなって……)
初めて地震を経験したあの日、もしもヒローナたちの家が倒壊していたら、目の前の瓦礫に押し潰された人と同じことになっていたと容易に想像できた。
セイとヒローナはまだ瓦礫をどけていた。瓦礫の中の人が生きているはずもないのに。
「アンも手伝って」
この二人は何を思って瓦礫をどけているのか、俺には理解できなかった。死んでいることが火を見るよりも明らかな人を探すよりも、まだ助けを求めている人を探した方が絶対に良い。
「俺は。おれは……他に人が居ないかを探してくる」
「困ったら、遠慮なく呼んでくれ」
「お、おう」
いつもはすましたような、余裕のある彼女が、苦虫をつぶしたような顔をしていて、少し怖かった。
俺は、周囲に瓦礫がある中、地震によって坂になった大きな街の一部で唯一立っている建物に向かって歩いていた。俺の予想でしかないが、この建物の中に生きている街の人がいるはずで、話が聞きたかった。
建物前についた俺は、目の前の扉をトントンと叩く。すると、勢い良く扉が開いた。
「パパ〜〜!!!」
建物から元気に飛び出してきた女の子が、俺の足に抱きつく。
「わ……!」
「……パパ、じゃない。パパじゃない!!!」
女の子は俺を見るやいなや泣き出してしまった。
「なんでパパじゃないの……」
「こらこら、お兄ちゃんが困ってるでしょ」
足元で泣く女の子の母親だろうか。大人のお姉さんが女の子を優しく諭してくれたけれど、女の子は聞く耳を持たずに建物の中へ走って去って行った。
「ごめんなさいね。あの子の父親が地震から戻ってきていないんです。どうか、許してやってください」
「大変……だったんですね」
「そんなに気にしないでください。私たちまで、悲しくなってしまいます」
あの女の子の話を聞かされて気にしない、なんて俺にはできなかった。でも、だからこそ知りたかった。地震が起きたとき、この街で何が起きたのか。
「辛いことを思い出すかも知れませんが、少し聞きたいことがあって……聞いても良いですか?」
彼女はどういう質問が来るのか察したのか、言葉が出るまでに少しの時間を要した。
「……良いですよ」
彼女の声が少し、震えていた。
「地震で、何が起きたんですか。ここが元々、大きな街だったって聞いたので……それが気になって……」
地震という単語を出すと、ピクッと彼女の肩が一瞬だけ跳ねた。
言葉にするのが難しいのか、彼女は片手を胸の前において目を閉じる。
「地震が起きて……地面が揺れるだけじゃ、ありませんでした。地面が迫り上がって、塔が地面に消えて……家も無くなって……」
「……教えてくれて、ありがとうございます」
彼女は手をギュッと握り込んでまで、辛い思い出を話してくれたことに、強いなって思った。多分、俺なら思い出すのも嫌だから絶対に話さない。
「良いんです……感謝しなくても。ちょうど、誰かに話したかった、ので」
建物の中には逃げのびた子供や大人が数人いて、片手で数えられそうだった。
「ちょっと待っててください」
俺は少しだけでもこの人たちの助けになりたくてヒローナの下へ走り出した。
「ヒローナ! あの建物に逃げ延びた人がいる。だから、だから食べ物とかあげても良いか?!」
「それは本当か!」
「本当!?」
「あぁ!」
「……よかったぁ」
ヒローナとセイの近くには、見慣れないものがあった。大きさは大小それぞれだが、地面に丁寧に並べられた何かに布がかけられている。
「いくらでも持っていくと良い。そのためにアンジイの村に寄ったんだからな」
「サンキュー! 助かるぜ」
余っていた袋に食べ物をありったけ詰め込んでいった。
「う、ウギギギ……」
「あんまり無理するんじゃない」
ヒローナに軽めのチョップをもらった。
気を取り直して、無理せず持てるギリギリの量だけの食べ物を袋に残して、俺はまた戻るのだ。
鬱蒼とした曇り空の下、俺は重い袋を持って歩く。周りには瓦礫しか無かったけれど、俺の目は照明のついた明るい建物を捉えていた。
「ど、どうしたんですか? それ」
「助けになれば良いなって思って、食べ物を持ってきました。街のことを教えてくれたお礼と言っちゃなんだけど、もらってください」
「……良いんですか?」
「うん。困っている人を助けるために持ってきたんだと、仲間が言ってましたから」
「なら……ありがたく貰おうかしら」
思っていたよりも喜ばれなかったけれど、ここの人たちの助けになると思うとあまり気にならなかった。俺が食べ物の入った袋を床に降ろすと、ドサッと鈍い音が鳴った。
「重く、なかったんですか」
「もちろん重かったっす。だけど、助けになりたくて、そう思ったら大丈夫でした」
袋が倒れないように壁に立てかけて体を起こすと、お姉さんが胸に手を当てていた。
「君の仲間と、君の優しさに感謝を」
お姉さんが感謝を述べると、立て続けに胸に当てていた手を俺の方に向けて
『君の今後が、上手くいきますように』
「お疲れでしたら、お仲間と一緒に、休みに来てください。子供たちも喜ぶと思います」
「分かりました!」
―——パパ……
俺はお姉さんのいる建物を後にして、ヒローナたちと合流しようと歩くのだった。




