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30:隆起した大地。無事でありますように

 次の街に行く仕度を終えた俺とセイは、泊まっていた家の外でヒローナを探していた。


「あいつ……急かしておいてなんで居ないんだよ」


 聞きたいことがあるのに、家の周りには彼女の姿は無かった。


「ちょっとあっちら辺見てくるよ」


「うん。頑張って~」


 セイの気の抜けた声援を背中に受けながら、俺は村の中を探し回る。村の道を走り、交差点があったら素早く左右を見て走って行く。


「……っと」


 道を一瞬だけ見て、走り出そうとした瞬間、何かを見逃した気がした。立ち止まって、一度確認した道をじっくりと見ると奥の方にアンジイの姿が見えた。

 アンジイならヒローナがどこにいるか知っているはず。


「アンジイ!」


 大声で呼びかけながら走っていると、彼は俺の方に気付いてくれた。


「どうした。そんなに慌てて」


「ぜぇ……ヒ、ヒローナを見なかったか?


 アンジイは息の荒いオレを見て、愉快に笑っていた。


「ヒローナなら少し前に戻って行ったぞ」


「マ、マジかよ……教えてくれて、ありがとうな」


 どうやらすれ違っていたみたいだ。走り回って探して、でもヒローナとはすれ違っていて、無駄に疲れただけだった。とほほ……足が重いや。


「うわ、マジでいんじゃん」


 泊まっていた家に戻ってくると、セイとヒローナの姿が見えた。


「どこ行ってたんだよ、お前」


 セイの黒い痣について聞きたかったけれど、本人が近くにいるから話出せなかった。


「いや〜すまないすまない。迷惑かけたようだね。ちょっとアンジイと話すことがあってね」


「何話してたんだ?」


 気になった事を投げかけると、大したことではないのか、彼女は答えてくれる。


「次に行く街についての確認と、変わったことがなかったか聞いていたな。幸い、何もないようで良かったよ」


「そうだったんだな」


 意外と驚くことのない答えだった。出会った時にハチャメチャな事があったせいで、俺からは想像もできないことを話していたと思っていた。


「それじゃ、さっそく行こう」


 先に行くヒローナの後に続くように、俺たちは歩く。


「次はどこに行くんだろうな。な、セイ」


「……え? あ、うん。どこ行くんだろうね」


 後ろを振り返ると、セイはぼーっと、何か考え事をしているようだった。


「ほら、置いていかれるぞ」


「ま、待って〜〜〜……!」


 立ち止まっていた分、セイは遅れを取り戻すように慌てて追っかけてきた。

 アンジイのいる村が豆粒みたいに小さくなってきた頃、空のほとんどが雲に覆われた。急に曇るものだから、少しだけ不気味に感じる。


「そ、そう言えば、アンジイの村は意外と大丈夫そうだったよな。俺らのいる集落と同じで、被害も少ないし、みんな元気そうだったな」


「そうだな。あの村の人達は強い。被害が少ないとはいえ、あの揺れを経験して笑っているんだから」


 怖さを誤魔化すために話しかけても、ヒローナは何ともないように話してくれた。前を歩く彼女の背中が、腰までかかる長い髪に隠されているせいか、いつもより広く見える。

 俺たち三人は歩き続けた。空も灰色に染まって、所々に俺の胸を擽る恐怖を映し出したような影が増えてきている。


「ま……まだつかないのか……?」


 歩いても歩いても見えない目的地に、俺は正直疲れていた。途中から緩い坂道が続いているのもあるが、永遠と続く大地の端が拝めるんじゃないかと思ってしまうほどの、ゴールのない単調な道に飽き飽きしていた。

 時々、休憩を取ってはいるが重い荷物を持っているということもあって足腰は悲鳴を上げていた。セイなんて数分前から動けなくなって、今はヒローナにおんぶしてもらって、ぐっすり寝ている。


「あともう少しのはずだから頑張れ」


「どこがもう少しなんだよ〜……」


 風景が緑からずっと前から変わらない。ヒローナも不安なのか、時々立ち止まっては周りを見て歩き始めている。

 隣に見えるのは草原と泳いで横断できなさそうなほどデカい川。もはや川が目印でしかない。

 とりあえず、ヒローナを信じて後ろをついて行く。俺たちの周りには、草、川、草、草、草……背の低い草ばかりで歩きやすいが、背の高い草はたまに見るだけで、草刈りをしていた俺は草どもに見飽きていた。若干息もしづらいし。


「川、ちゃんと流れているなぁ」


 疲れているのか、気分転換に川を見てもバカみたいな感想しか出なかった。


「アンコ、ちょっと止まってくれ」


「お? ついたのか?」


 この長い長いつまらないし疲れる旅路も終わりだと思うと、不思議と気分が上がってくる。


「いや、着いてはいない」


「んだよ……じゃあなんで止まらなきゃいけない……ん…だ……」


 ヒローナの横に出て、行く先を見ると、山も、続いているはずの草原も、川も見えなかった。見えるのは、暗雲の空と、半壊した家らしき建物が何軒か。家と呼べるほど体裁を保っている建物は一軒だけだった。その一軒だけの家は傾いている。まるで、今の傾いた地面には立っていなかったとでも言うように。


「な、なにがあったんだ」


「地震の影響……だろうな」


 目の前に広がる、広大な坂道の上で瓦礫と化した建物。俺たちが住んでいる集落と、泊まった村は被害が無かっただけに、この村の被害が地震によるものなんて思えなかった。


「でもおかしいな」


 ヒローナが急に何かに対して疑っている。おかしいのはこの惨劇だよな。地震じゃ家が壊れるなんてとても。


「何が」


「ここは街なんだよ、大きめの。都に負けない程に」


「いやいや……そんな訳ないだろ。失礼だけど、どう見たって小さな村だ」


「だからこそ、おかしいんだよ。私の記憶と……先週に送られて来た手紙には『街が小さくなった』とか『分裂した』なんて書かれていなかった」


 こんな、家と家だった建物が両手で数えられるほどの集落が、都ほどに大きな街だったなんて信じられない。でも、石でできた道は上の方で途切れていて、俺たちには見えない先にも道が続いていると物語っている。


「セイ! 起きろ!」


 かみ砕けない事実に、俺は怖くて、震える手で、ヒローナの背中でのんきに寝ているセイの身体を揺らす。



 気づいたら、雲の上のような場所にいました。アンとヒローナは近くにいなくて、神々しい光りに包まれている世界には私一人だけ。

 知らない世界なのに、不思議と不安は感じません。むしろ、アルマやアンと一緒にいるときみたいな心地よさを感じます。


「夢……?」


 あまりにも浮世離れした景色に、思わず夢だと疑ってしまいます。


『夢だよ』


 心惹かれる美しい光景にくぎ付けになっていると、頭の中に私以外の声が響きました。


 誰?!と漏れそうになる声を抑え込んで、深呼吸します。教会から離れているとはいえ私は聖女。親しい間柄でなければ落ち着かなければなりません。


「あなたは誰?」


『私は……誰なんだろうね』


 自嘲するように失笑する声が響くと、世界に満ち満ちている光の粒が、黒く鈍く輝いて集まっていきます。


『不公平な気がするけど、あなたの名前を教えて』


 集まる黒い粒は人を形作ると、黒い光の塊から一人の少女が姿を現しました。驚いて、手を口に当ててしまいました。

 少女の髪は真っ黒で、瞳の色も私と同じ黒色です。お洋服は、私の着ている修道服みたいに足元が隠れるほど丈の長いフリルのついた黒のドレス。その可愛らしい見た目とは裏腹に、落ち着いた黒が大人びた雰囲気を(かも)し出しています。


『教えてくれなくても良いよ。私は名前が分からないのに、名乗れないのに、教えてほしいだなんて不公平だもん』


「いえ、あなたが可愛らしくて見惚れていたんですよ」


 私がそう言うと、少女の顔が少し赤くなりました。


「私の名前は、セイ・コンケイト。こう見えても聖女なんですよ、私」


『聖女って、凄いの?』


 どうやら、聖女のことを知らないようです。聖女の名も、流石にこの天国のように美しい世界には届かないようです。


「聖女はね、百年に一度現れる存在で、色々な人の悩みを聞いて……救う人のことです」


 悩みを聞いて、解決する。口が裂けても言えません。


「……ぉきろ」


『よく分からないけど、大変そうだね』




「……起きろ! セイ!」


 アンの必死な声と、揺れる体で目が覚めました。

 目の前に見えるのはヒローナの綺麗な髪。


「起きた……!」


 左下を見やると、アンの怖がっている顔。そんなに怖がって、どうしたんだろう?

 ヒローナに背負われた私は、ゆっくりと降ろされました。


「ありがとね、ヒローナ」


 まだ寝ぼけているのか、地面が坂のように傾いていて倒れそうになりました。


「どうしたの? そんなに慌てて」


「あ、あっちを見てくれよ!」


 慌てた様子で坂の上を指差しています。

 アンが指をさす先、


「ヒ……」


 目に飛び込んできたのは、夢の中で見た美しい世界ではなくて、瓦礫の中で倒れている人。



 セイも目の前に広がる光景がショックだったのか、手で口を押えている。見開かれた瞳孔には涙が浮かんでいる。


「……助けなきゃ」

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