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26:温かい朝


 目を開けると、私はベッドの上にいた。どうやら寝ていたらしい。妙に軽い体を起こして、起こしたままじっと布団を眺めて呆ける。朝は頭が働かないから駄目だ。

 窓から見える空は曇りがかっていた。雨が降る気配はありそうだったが、過ごしやすそうな日になりそうだ。

 憂鬱な朝は何もしたくなくなる。何も。

 袖をツンツンと二回引っ張られた。誰かいるのかと引っ張られた方に目を向けると、一人の少女がいた。私と同じオレンジ髪の女の子。違いと言えば、彼女が短髪なことと瞳の色が鮮やかな緑色なこと。彼女は明るい顔で、はしゃぎながら何かを言っているようだったが、何も聞こえない。

 けれど、何をすべきかはなんとなく分かっていた。

 私はベッドから降りるようと足をベッドの外に出すと、いつもと感覚が違っていた。ベッドに足が届かなかったのだ。肌も心なしか綺麗で、髪は頭を振っただけでは後ろ髪が見えない。若返っているようだった。

 不思議だったけれど、目の前の女の子は考える時間はくれないようだった。私はベッドから跳ねるように降りて、忙しない女の子———妹を抱っこして部屋の扉を開いて通る。

 次の瞬間、私は丘の上にいた。目の前には水浸しになった私の故郷だったものが広がっている。家屋は水に破壊されたのか見えなくって、見えるのは流される屋根と辛うじて立っている家の柱だったもの。抱っこしていたはずの妹はなぜかいなくて、周りに見えるのは、私と同じくらいの背丈をした数人の少年少女。

 私は走り出していた。波の中に困っている人がいそうだったから。妹が……いる気がしたから。

 けれど、身体は前に進まなかった。故郷は目に映っているのに、目の前にあるのに。

 進まない体に腹が立って足元を見ると、腹に手が巻き付いていた。目で手をたどり、腕をたどると、後ろには数人の少年少女。感触が無かっただけで腕もつかまれていた。その子たちの表情はよく分からなかったが、皆くしゃくしゃになっていたと思う。


 私は、瓦礫を必死に漁っていた。生きている人が、妹がいるかもしれなかったから。あやふやな私の家の記憶を頼りに木や石をどかしていく。でも、幾らどかしても、どかしても……どかしても妹は見つからなかった。

 私は途方に暮れて、無数の瓦礫の中を歩いていると、一本のか細い柱が目に映った。下を向いていては切れた端を見れない程だった。家が波に襲われて跡形も残らない今、地面に立っている柱は奇跡だと思えた。夜の森の中を歩いているような気分だった私は、光を求めて、初めてそこで祈った気がする。


「神様……どうか妹が見つかりますように」


 両手を胸の前で握り合わせて、瞑った目をゆっくりと開けながら、(すが)る思いで目線を上にあげていく。

 視界に入ってくるのは、穏やかな海と、女の子の裸足。女の子の腰とひどく美しい夕暮れ色のお日様。

そして、


『枝分かれした柱に突き刺さるオレンジ髪の女の子』




「———アイノ!」


 妹の無残な姿を見たところで私は目が覚めた。最悪な目覚めだった。息は荒いままで全然整わないし、手は瓦礫の欠片が刺さっているみたいにジンジンと痛む。

 夢ではないだろうけれど、なぜか痛む頭を片手で押さえながら辺りを見渡す。窓から見える空は晴れていて、私のいる部屋はいつも通りの見慣れた内装をしている。


「家だ……」


 胸の中で張り詰めていた空気が、一気に口から吐き出された。

 部屋の中には私以外誰一人としておらず、あるのは机の上に無造作に置かれた本に、国中に点在する仲間たちからの手紙。手紙の内容はそれぞれだが、仲間たちのいる集落がどんな様子や、気になった点は共通して書かせるようにしている。どんな些細なことでも見落とさないために。

 まだまだ鈍い頭を振って、私はベッドから飛び出す。散らかった書類などを整頓して、服を着替えて、鏡に自分自身の姿を映す。


「さぁ。今日も頑張ろうか!」


 昨日の揺れで多くの人たちが困っている。それに、アンコの指名手配も何とかしなくてはならない。頑張れ、自分。

 今日も今日とて自分に活を入れて部屋を後にするのだった。

 階段を下りて、リビングに行くと、キッチンには私をなぜか強くライバル視している筋骨隆々の男——マックスがいた。


「おはよう」

「おはようさん」


 キッチンの前を通ってそのまま食卓に着くと、朝食が置かれる。


「ヒローナ。昨日はどうしたんだ? 皆寝ていたから良かったが、あんな姿を子供たちに見られたら皆心配するぞ」

「ちょっと、昨日は色々あってな」


 マックスが心配する中で、私はフォークを使って目玉焼きを口に運ぶ。


「色々って、何があったんだよ」

「別に、君たちに言うほどのことでもないさ」


 そして今度はソーセージを口に運ぶ。


「あのなぁ。絶対そんなことないだろ。ほら、話してみろ。てか話せ」

「いやいや、私の問題だから」

「なんでそうやって抱え込んじゃうかねぇ……」

「良いだろ。別に」


 ほんとにこの男は心配性だ。私はこんなに元気なのに。


「よかねぇぜ! 少しは俺たちを頼れ。仲間だろ」

「マックスの言う通りじゃよ」

「「ばあちゃん!」さん!?」


 いつの間にか、マックスのお婆さんが私たちの近くにいた。


「一人でもある程度はできるかもしれないが、力を合わせると何でもできるのが人じゃ」


 私を拾ってくれたおばあさんが言うことはいつも正しくて、納得せざるを得なかった。

 マックスは「頼ってくれ」と言わんばかりに太い腕を見せつけている。


「はぁ……分かりましたよ。話します」


 本当に、頼もしい人たちだ。


「話すけど……まずは朝食を食べてから!」


 話すとせっかくの温かい朝食が冷めそうでもったいない。

 目玉焼きも、サラダも、スープもパンも綺麗に平らげた私は、朝食を食べている途中のマックスとおばあさんに、昨日揺れの被害にあったであろう都から小さな村まで多くの街を訪れたこと、アンコが指名手配されたこと、全てをかいつまんで説明した。


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