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25:自分を責めないで

 俺は祭りのとき、ヒローナに連れられて大教会の中に侵入したときのことを思い出していた。


〈神とやらは誰にも目を向けず、興味を示さない。もし、一度目を向ければ、その強大な力でもって厄災をもたらす〉


 ヒローナが言っていたことだ。この言葉通りなら、神は俺たちの存在に気付いて、地震を発生させたって言うことになる。

 でも、強大な力で厄災をもたらすといっても、今朝のような地震なら神様も案外大したことないんだな。


「セイは、神様のこと何か知っているのか?」

「急にどうしたの?」


 さっきからずっと教皇が神様の話しているし、別に急なことだとは思わないけど……まぁ気にしないでおこう。


「いや、教皇が祈れば神様の怒りは静まるって言っているからさ……気になっちまって」

「なるほどね」


 セイはゆっくりと腰を下ろして、正座をする。

 俺は固唾を呑んだ。さっきまで明るい元気な少女のような表情をしていたセイが、真剣な表情になっていたからだ。正座をするセイに少し遅れて、俺も床に座る。

 神様って、そんなに気軽に話せるような存在ではないんだろう。


「神様は私たちを見守ってくれる存在だよ。とても慈悲深くて、やさしくてあったかい。そんな存在」

「そ、そうなんだな」


 セイの説明は、ヒローナの言っていた神とは反対のものだった。見守る存在に、目を向けない存在。矛盾している。


「それが、セイの言う神様……か」

「そうだよ。聖女をやって十年目。間違いないよ」

「セイが言うなら、そうなんだろうな」


 聖女十年。その経験に基づく言葉に、最近神様について知り始めた俺は納得せざるを得なかった。


「でも、お怒りになるとは思えないん———ひゃ!」


 突然、バン!と玄関の方から扉を開く大きな音がした。不意な破裂音にも似た音が鳴って、セイと俺の身体は一瞬浮いた。


「だ、誰だこんな夜遅いときに!」


 正座からなるべく早く立ち上がって、玄関の方を見るが、壁が邪魔で見えなかった。


「アダ、アダダダダ……」


 正座をしていたからか足がしびれて、一歩一歩踏み出すごとに足に雷が伝っていくような痛みが俺を襲う。


「アンコ!」


 玄関の方から、俺の知っている勇敢な声が聞こえた。


「ヒローナ!?」


 声で誰か分かっと同時、玄関の方からオレンジの髪と黒い軍服を着たヒローナが姿を見せる。


「今帰ってきたの———」


 姿を見せたと同時に、彼女は俺の肩に両手を置いて、しゃがみ込む。


「ど、どうしたんだよ?!」


 今の彼女は肩で息をするどころか、長距離を走った時の俺みたいに全身を使って上がった息を整えている。いつもの彼女じゃ考えられないことに動揺を隠せない。


「ヒローナさん!?」


 セイも明らかにおかしいと感じたのか、側に駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか?!」


 セイはヒローナの背中をさすって、落ち着かせようとしている。一方の俺はというと、驚くだけで何も動けなかった。というより、両肩に人が載っているんじゃないかと思うくらい重くて腕を動かす事さえままならなかった。


「す……すまない。私のせいだ。必要だからと言って、君を連れて行ったせいで……」


 一瞬、何のことだか分からなかったけれど、『連れて行った』と聞いて何が言いたいのか大体理解できた。きっと都で俺の手配書を見て、ショックを受けたんだろう。息を切らしているし、焦燥感に駆られて走ってきてくれた。


「そう気に病まないでくれ。俺はお前に感謝してるんだぞ」

「……」


 両肩に乗っている手は、驚くほど軽くどかすことができた。

 俺はヒローナの眼前でしゃがみ込む。罪悪感で押しつぶされそうになっている俺の英雄(ヒーロー)


「お前に連れられるまで、俺は漠然と、天使ってのは綺麗で、慈愛に満ちている存在だと思っていた。だけど、本当は醜くて、皆の思い——祈りを穢すような酷い存在だった。お前はそんな奴からセイを救ってくれたんだ」


「けれど、君を指名手配に……」


 指名手配されている……その現状を気にしていないと言えば噓になるし、いつもの日常は無くなった。でも、それでも、俺は天使からセイを解放してくれた彼女には感謝しているんだ。指名手配されたからって彼女を憎むことなんてできるわけがない。

 だが、彼女は責任感が強いのだろう。一般人だった俺を巻き込んで、あわや指名手配。そのことがショックで、俺が許していても、彼女自身は自分を許すことができない。


「私が弱かったせいだ。弱かったせいで、君を巻き込むしかなかった。巻き込まないと天使には勝てなかった……」


 いつも堂々とした彼女が、小さく見えた。膝を床について、手もついるのもあるが、心を締め付けて自分の無力さを嘆く姿が痛々しく感じたから。


「すまない……すまない……」


 今のヒローナのような姿を、セイの記憶で見たことがあった。病に伏す子供を、おなかが空いて空いて苦しむ人を、戦地に向かった勇敢な男を救えなかった……祈るだけで何もできなかった無力な聖女。


「大丈夫……大丈夫ですよ。アンは許してくれています。だから……そんなに自分を責めないでください」


 セイに視線を移すと、やさしい表情をして涙を流すセイが移った。やさしい表情なのに、どこか我慢しているように感じる。


「お前は弱くなんかない。誰も、お前を怨んじゃいない」


 今度は俺がヒローナの肩に柔らかく手を置く。怨んでいない。許している。俺の口から出る言葉だけじゃなくて、行動でも伝わって欲しかった。

 手を置くと同時に、ヒローナはハッと体を一瞬浮かせる。

 俺たちがなだめようとしている間、ヒローナの反応は何もなかった。

 俺たちはだんだんと掛ける言葉が無くなってきて、家には静寂が訪れる。


「すまない……見苦しいところを見せてしまって」


 静かになってからどのくらい時間が経ったのだろうか、ヒローナのことを気にしていて分からないが、彼女は謝るとともに力なく立ち上がる。


「今日はもう……帰るよ」


 俺でさえ心配になりそうな声だった。

 ヒローナはおぼつかない足取りで玄関に向かって行く。

 外はもう真っ暗で、指が触れただけで倒れそうな彼女を一人で帰らせるわけにはいかない。


「と、泊まらないか。もう夜だし、絶対そうしたほうが良い」

「今は、一人にしてほしい」


 家を出て行く彼女に何もしてあげられず、ただ眺めることしかできなかった。

 明日に仕事が始まる日みたいに、鬱々とした気分の俺たちは色々ありすぎた一日を終える。

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