24:祈りで怒りを鎮めましょう
身体に熱を帯びたまま家を出た俺は、集落の家々の端を歩いていた。
周りの家は損壊なんて無く、案外大丈夫そうだった。困っている人がいたら手伝おうと思っていたけれど、俺の出る幕はなさそうだ。
「~~~♪」
今朝の揺れが嘘みたいに平和でみんなは普通に日常を送っている。涼しい風を全身に感じながら、お日様の光に照らされて、ついつい陽気な気分になってしまう。
あまりにも平和だが、何か人の役に立ちたかった俺は子供たちのいる大きな家に来ていた。
「おっ。どうした、アンコ。お前帰ったんじゃなかったのか?」
「いや~、今朝の揺れで困っている人がいるかもしれないから、手伝おうかと思って」
大きな家に入ると、筋骨隆々の元気な兄ちゃんが俺に気付いた。
「ほう、それは随分と偉いじゃねぇか」
「そうかな?」
「そうだよ。あんなに大変な目にあって、俺らの掃除まで手伝ってくれたのに、まだ人様の役に立とうと思っている。十分えらいじゃねぇか」
俺からしたら、セイにからかわれるのが嫌で、家から逃げてきたついでみたいな感覚なのだが……理由はどうであれ、兄ちゃんがそう言っているのだから結構偉いことなのだろう。
「でも、手伝ってほしいことか……。俺らは朝に掃除を手伝ってくれたし、手伝ってほしいこととか全然ないな」
元気な兄ちゃんが腕を組んで、頭を捻らせて一生懸命考えてくれているが、手伝ってほしいくらいに困っていることは無いんだろう。
俺のヒーロー気取りの気分はお預けになりそうだ。
「すまん。全然思いつかないぜ」
「いやいや、考えてくれただけでも助かるよ」
元気な兄ちゃんは謝るが、俺にとっては子供のわがままに真剣に付き合ってくれただけでもありがたい限りだった。
「まぁ、外に出て色々な家を見てくるが良いさ。今朝の揺れのことで困っている人は居ないかもしれないが、一人で暮らしている人とか、お年寄りの人は言わないだけで困っていることはたくさんある」
「確かに……ありがとな。俺のわがままに付き合ってくれて」
「良いってもんよ」
俺は大きな家を後にして、集落の中を散策してみる。
大変なことがあったのに畑仕事をしている人や、遊んでいる子供たちがいた。
「今日の揺れ凄かったな……」
「お前の家は大丈夫だったか?」
「俺は大丈夫だぞ」
「私も」
俺が付近を歩いて通りかかった人たちの話題はやはり今朝の揺れのことだった。
「あの」
俺は畑仕事を休んでいる爺さんに話しかけた。俺は十五年しか生きていないが、それよりも長く生きている爺さん婆さん世代は経験したことがあるのか気になったからだ。
「どうした?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって……」
「ほう。どうせ、今朝の揺れのことじゃろ」
「な、なんで分かった!?」
まだ何も言っていないのに聞きたいことを当てられた。経験を積むと人の考えさえ分かるのか……?
「いやな、わしの周りのもんが皆揺れのことで盛り上がっていたからな」
「あっそういう……」
流石に人の考えが分かると言う訳ではなさそうだった。
「んで、地面が揺れる事ってあったのか?」
「なんじゃ失礼な奴じゃの」
爺さんが不機嫌そうな顔をしていた。いつも話している目上の人と言ったら親方くらいで、ついついため口で聞いてしまった。
「あっ、ごめんなさい」
「ん、気を付けるんじゃぞ」
「それで……地面が揺れたことって」
「あっそうじゃったな。残念ながら、わしも初めてのこと。御年六十五歳。これまでの人生で一回も経験したことがない」
「爺さんでも初めてのことだったんだな」
「そう。正直、何事かと焦ったぞ! ハハハッ」
俺は揺れにあった時、死ぬと思ったくらい怖かったのに、この爺さんは豪快に笑い飛ばしていた。
「話してくれたお礼と言っちゃなんだけど、俺。畑仕事手伝うぜ」
「おぉ。ほんとか!」
こうして俺は、畑仕事を手伝うのだった。爺さんは年のせいか腰が痛くて、結構助かったらしい。
「ふぃーーー! 手伝いをした後の空気は美味いなぁ!」
畑仕事は案外楽しくて、数か月続けた草刈りの仕事と比べたらやることが多くて、いつの間にか日が沈んで、夕暮れ時になっていた。
畑仕事の手伝いが終わった俺は、セイとの家に帰ろうと歩いていた。
「にしても、あの揺れは本当に何だったんだろ~」
突然揺れた原因を知りたいが、何も手掛かりがない。もはや半ばあきらめて家に帰っているところだった。
「もしかして、神様のせいだったりな! ガハハ」
もしそうだとしたら面白いな(いや笑い事じゃないんだが)。とか思いながら冗談交じりに笑っていると、よく知った家に着いた。
「ただいま~」
「あっ、おかえり! アン」
セイとの家に帰ると、家の奥の方からセイの声が聞こえてくる。
『今朝の地震の影響は大変大きいものでした』
聞こえてきたのはセイの声だけじゃなかった。どこか聞いたことのある、爺さんの声。
「地震……? 影響……?」
「アン。こっちこっち」
不思議とはっきり聞こえる爺さんの声に不審に思いながらもリビングに上がると、まだ使っていない部屋からセイが顔を出して手招きしている。
「どうしたんだ……? なんか爺さんの声がはっきり聞こえるし」
何がなんやら、俺は何も分からないままセイのいる部屋へと足を運ぶ。
『この国ができて以来初めてのことで、混乱している人もいるかと思います』
セイに手招きされて来た部屋は、あまりにも普通の部屋だった。特別な道具は無くて、ただただ質素な小さな部屋。
「どうしたんだよ。こんなところに誘って」
「アンって今私以外の声は聞こえてる?」
「聞こえてるけど」
今聞こえている爺さんの声はセイの仕業なのか……?
「良かった」
「それより、何したんだ?」
祭りの時にも体験したことのある、近くにいるはずのない人の声が聞こえる現象。それを引き起こしたであろう彼女に直球で聞く。
「地震—今朝みたいに地面が揺れる現象が気になっちゃって。教会が何か言っていないかなって声を聞こえるようにしたの」
「どういう事だ……? 何だよ聞こえるようにしたって」
セイの解答はあやふやで、全く理解できなかった。
「あ〜……アンは、家を建てた時に神様の加護を得られるように、結界を貼るのは知ってる?」
「いや、全然知らないけど」
家の結界を貼るなんて初めて聞いた。
セイは俺が本当に何も知らないことを理解したのか、「えぇ……」と困惑するような声が漏れていた。
「ま、まぁ良いや。とりあえず、この結界を貼ると、教会の人が都の人たちに声を届けることができるんだよ。だから、今朝の地震のこととか知りたいし、この家に結界を貼ったのです」
「マジか……そんな事が出来たのか」
この世にそんな便利なものがあったことを知って、多分人生で一番興味が引かれた。
「まぁ教会が発表するときなんてほとんど無いから使えないんだけどね」
「便利なのに……」
「仕方ないよ、こういうの出来るの教皇様ぐらいだし、これを使うほどの大きなイベントはめったにやらないからね」
こんな便利なことは誰でもできるわけではないらしい。
まぁ誰でも遠くの人に声を直接届けられるならもうみんな使っているはずだよな……。
この技術が教皇しか使えないことがものすごく残念だった。
「ちなみに、俺たちの声は教皇って人に聞こえているのか?」
「そんな訳ないよ」
結構あっさりと答えられてしまった。声を届かせられるのは本当に教皇だけができる事らしい。
その後も、教皇って爺さんの話は聞こえた。正直話が退屈で、眠そうになるが声はずっとハッキリと聞こえている。
『今回の地震は神様がお怒りになった結果なのです! 被害に遭った者、そうでない者。神の怒りを鎮めるためにも、祈りましょう』
『あなたたちの祈りで怒りが静まれば、神はいつも通り私たちを見守ってくれるでしょう!』




