22:治りますように
散乱した生活用品の中から布を取ってセイのそばに駆け寄る。
「布、持ってきたぞ」
「ありがとうね、アン。この子が膝を擦りむいててね」
布を受け取ったセイは慣れた手つきで膝を怪我した女の子に布を巻いた。
「さっ。もう大丈夫ですよ」
安心させるためか、温かい声で言いながら手で女の子の膝を覆う。聖女は静かに目を閉じる。
「痛いのいたいの飛んでいけ〜」
「フフっ。ありがとうね、セイちゃん!」
「どういたしまして」
傷の痛みで涙目になっていた女の子が笑顔になって、セイもほほ笑んでいた。
「セイちゃん! 俺も頼むぜ」
「お、おっさん! すげぇケガじゃねぇか」
セイを元気に呼ぶ筋肉隆々の男は腕から血が流れていた。
「いや〜皿の破片抜いたら出血しちまってよ〜」
なんかめっちゃ笑っている。痛みとか感じないのだろうか。…やっぱ筋肉があるからなのかな。
「はいはい。今行きますよ」
そう言ってセイはそそくさと男のそばに寄る。そして、また慣れた手つきで布を男が怪我した腕や足に巻くのだった。
聖女は布を巻いた場所に手を重ねて、静かに目を閉じる。
「治りますように」
「おう! ありがとよ!」
そうしてまた、一人笑顔になるのだ。
「他にケガをしている者はいないか」
ヒローナが呼びかけるが、反応は無く、怪我をしている人はもういないみたいだ。
「良かった」
「俺、散らばったもの片付けるよ」
「頼む。他の者も片づけを手伝ってやってくれ」
「言われなくても!」
俺が始めるよりも先に、筋骨隆々の男が片付け始めていた。
「あざっす!」
「兄ちゃん! 俺たちも手伝うぜ!」
「…っ! あざっす!!!」
振り返ると両手を組んで仁王立ちする子供たちがいた。怖い思いをした直後だというのに、元気に片づけを始めていく。
「いっせーのーせ!」
皆が皆、協力して本棚を元に戻したり、割れた皿の破片を集めたり、頼もしい人たちばかりだ。
セイはまだ心に傷を負った人に話しかけて、ヒローナは…祈っているばあさんに声をかけていた。
「ここにいると破片が体に刺さるかもしれませんから、外で待ちましょう」
「———………大丈夫だよ、ヒローナさん。わたしゃ大丈夫じゃ。今はただ、祈らせておくれ」
「ですが…」
「大丈夫、移動するときは誰かに声をかけるよ」
「…分かりました」
腑に落ちたようなヒローナは片付け中の俺たちに近寄ってくる。
「なに、私も手伝おう」
「おっ。ヒローナが手伝ってくれるなら百人力だぜ!」
「言いすぎだ」
彼女は謙遜しながら、先ほど四人がかりで運んだものと同じ大きさの本棚に近寄ってしゃがむ。
「ふっ」
「な…!」
彼女は四人でもクソ重いと感じた本棚を軽々と持ち上げて、元あった場所に置いた。やっぱあいつ人じゃねぇよ。
「ハッハハハハハハ! やっぱヒローナ凄いな! そんな細身の体のどこに筋肉が詰まってんだよ」
ヒローナと違って筋肉が主張しすぎている男は爆笑していた。この人は悔しいとか思わないのだろうか。…いや、あんな規格外を見たら笑うしかないか。
「いやいや。鍛えているだけさ。それより、君の筋肉はどうなんだ? 見世物なだけか?」
「クククッ…よく言えたな、ヒローナ。俺の筋肉をバカにするとはな」
いやそんなことなかった。両者の間で火花が見えそうな程対抗心が燃えていた。
「じゃあ、ここにある残り一つの本棚は、君一人で持ち上げられるな?」
「ほう。やってやろうじゃねぇか」
闘志が漲る男も負けじと床に倒れている本棚を軽々と持ち上げる。
「すげぇ…」
俺からしたら筋肉どうのこうのよりも、あんなに重いものを持ち上げられる強さに感心していた。もはや憧れと言っていいかもしれない。その力があれば草を刈ったり、レンガを運んだりすることなんて朝飯前な訳で、肉体労働が楽そうなことが羨ましかった。
筋肉隆々の男はヒローナと同じように、持ち上げた本棚を元あった場所に戻した。
「ど、どうやったらそんな力がつくんだ?」
強さの謎を知りたくて、考えよりも先に口走っていた。
「それはもちろん」
ヒローナが言うと、二人は示し合わせるように顔を合わせて、
「「鍛える」」
あまりにもストイックな回答だった。何か不思議な力を期待していた俺は現実を突きつけられるのだった。だけど、少し引っかかることがあった。
「でも、ヒローナは見た感じ華奢なのに力持ちじゃねぇか」
「私はそこにいる見せ筋とは違って、ちゃんと鍛えているからさ」
彼女はそう言うと同時に、右袖を捲って右腕を露出させ、曲げて見せる。彼女の二の腕には大きな力こぶができている。
そこまでされちゃ、俺は納得せざるを得なかった。
「不思議な力とか期待してたけど……そんなの無いか」
「まぁそうだな。ちゃんと鍛えろ! アンコ!」
「はい!」
後ろから、ふふっ。と小さく笑うセイの声が聞こえた気がした。
「な、なんだよ。セイ」
「いやね、ムキムキになったアンコを想像したら面白くって」
振り返ると。ね~。と隣で座っている女の人に顔を向けて笑っていた。女の人はもちろん困惑している。
「ふっ。ムキムキになった俺を見て、惚れても知らないぞ!」
「楽しみにしとくね♪」
なんだか悔しくって、強がってみたは良いモノの簡単に受け流されてしまった。
「大丈夫だ!」
心が熱くなっている俺の肩に手が置かれた。その手はあまりにも大きく感じて、目で手をたどり、腕をたどり……たどっていくと、筋骨隆々の男のごつい顔が見えた。
「筋肉はアンコの期待を裏切らない。……それに、鍛えれば鍛えるほどモテるぞ!」
「そうっすよね! 今日から鍛えるぞおおおおおおおお!」
「ほんと。単純でかわい」
ムキムキになった俺が、どんなに重いものも持ち上げて、道行く女の人に声をかけられて……妄想が止まらなかった。
「それじゃ! 鍛える前にまずは掃除だ!」
「はい!!!」
俺はどんどんと目についた散らかったものを手に取って片付けていく。本に、皿の破片に……一人で片付けられそうなものを中心に片づける。ソファなどの重そうなものは皆と協力して運んで、元の位置に戻した。
そうして、リビングが綺麗になるころには外から見える影は短くなっていて、気温も陽気になっていた。
「お、終わったああ~~~……」
疲れ果てた俺は片付けたソファに身体全体を預けていた。
「皆。お疲れ様~」
ほのかに香る美味そうな匂い。その匂いはトマトではなく、色々な……よく分からなかった。分かるのは美味しそうという事だけ。
ソファに寝転んだばかりだが、匂いにつられて爆速で上体を起こす。
目に入ったのは、食卓の中心に置かれた大きな鍋。鍋を囲むようにして器が置かれていて、どうやら鍋から何かを掬って食べるらしい。
それよりも鍋の中が気になりすぎて、床で遊んでいる子供よりも先に食卓に着いていた。
「美味そう……」
鍋の中には、スープがあった。昨日食べた豆のスープと違って、黄金に輝いているように見えた。スープには色とりどりの野菜にソーセージ。
じゅるり…。見ているだけでも涎が……。
「こら、アン。みっともないよ」
「あ、あぁ。すまんすまん」
流石に子供たちよりもお兄さんである俺が涎を垂らしているのは良くなかったようだ。
「皆さん。お昼ご飯にしましょう!」
はしゃぐ子供、疲れてぐったりとしている大人。リビングにいる多くの人が、セイの声に反応して、食卓に着く。
「お姉ちゃんが作ってくれたの? こんなにたくさん」
ある女児が、鍋以外にも並べられた料理を見て質問を投げた。
「うぅん。お姉ちゃんだけじゃないよ。おばあさんに、エリルちゃんに手伝ってもらったんだよ」
「エリル……?」
「あっ、アンは知らなかったよね」
この子だよ。とセイは言って、手を伸ばした。セイの手の平が向く方向を目で追う。
「君がエリルって言うのか」
セイが手を伸ばした先には、階段の場所が分からなかった俺をフォローしてくれた女の人がいた。




