21:揺れが収まりますように
翌日の朝、俺は布団に包まって寝ているセイを起こさないようにして、集落の中心にある大きな家に来ていた。
「あっ、草の匂いがする兄ちゃんだ」
大きな家に入ると、多くの子供たちと幾人の大人が食卓を囲っていた。皆元気に朝食を食べている。俺は結構早起きな方だと思っていたが、こうも多くの人が俺より先に起きているとなると、意外とそうでもないのかもしれない。
「覚えてくれててありがとな。だけど、俺にはアンコって言う名前があるんだぜ」
誰よりも先に俺の存在に気付いた朝ごはんを食べている男の子の頭をポンポンと触れる。
「今日は草の匂いしないんだね。アンコ兄ちゃん」
「昨日は色々あって草刈りはしなかったからな」
軽いあいさつっぽいことが終わると、台所にいた筋肉隆々で元気な大人の男が出てきた。
「お前アンコって言う名前か! ヒローナに用があるんだろ」
「そうだけど。なんで?」
「なんでって…昨日の今日で戻ってきてんだ。あいつに用が無かったら何なんだってな! ガハハ」
服がはち切れそうな程の筋肉をしている男は豪快に笑っていた。あまりの豪快さに俺もつられて笑ってしまう。
「あいつは二階の奥の部屋にいるぜ。多分だけどな」
「ありがとな。教えてくれて」
俺は華麗に二階に去って行く…去って…行けなかった。
「皆~。アンコ兄ちゃんに階段の場所を教えてやってくれ」
「あっち~!」
あたふたする俺を見かねてか、元気な男が助け舟を出してくれた。
食卓に再び目を移すと、子供たちが一斉に同じ場所を指差していた。
指差す場所は台所の左にある廊下。
「あ、ありがとな」
「初めて来たなら、分からないのも無理ないですよ」
子どもたちと一緒に食卓を囲っている女の人にフォローされてしまった。
かっこつけて去ろうとした分、めっちゃ恥ずかしかった。姿を皆の前から隠したかった俺はそそくさと廊下に姿を消す。
「にしてもデカいな」
螺旋状になった階段を登ると、さらに廊下が続いていた。廊下の脇には部屋につながっているであろう扉が互い違いに連なっている。
廊下には窓が無いせいか奥の方は暗くてよく見えない。
「何も出るなよ〜」
廊下の奥の方に部屋があると言っていたが、暗闇で見えないし、むしろ何かが出てきそうな雰囲気がある。お化け、悪魔。小さい頃に聞いた逸話の中の化け物たちが脳裏をよぎる。
俺は壁に右手をついて、一歩一歩慎重に歩いて進んでいく。
「お願いだからね〜…」
俺が登ってきた階段にある窓から差す光は闇に消えていく。
歩みを進めるたびに軋む音がする。それに、心なしか家が揺れた感覚を覚える。
カタカタ。と音が聞こえる違和感がありつつも、歩みを進めていく。
「うお…おおおぉぉおぉお…!」
廊下の最奥にある扉が見えたときだった。両足で踏ん張っても倒れるほどの揺れが俺を襲った。右に左に転がって、体が何度も何度も打ち付けられる。
そのたびに声が漏れて、眼前には暗い壁が見えて、何がどうなっているのか分からなかった。
「なんで! 揺れてんだ…!」
床が揺れるなんて初めてのことで、夢だと思いたかった。思いたかったけれど、全身に走る衝撃すべてが痛い。立ち上がろうとしても、転がらないようにしようとしても、暴れる地面を手足でどうにかできる訳もなく壁に打ち付けられる。
何処かからか聞こえる物が落ちる音。パリン。と硬いものが割れたような音や大きな物が倒れたような鈍い音。
下の階から聞こえる子どもたちの叫び、大人たちが慌てふためく声。
怖かった。
節々に感じる痛み。
死ぬと思った。
「おさま………た?」
床を擦る感覚が無くなって、ギュッと閉じていた目を開ける。
なんとも、無かった。俺が幸い無事なのはもちろん、廊下も何もなかった。扉が開いているわけでもなく、床が割れていると言うこともない。
「し、死ぬかと思った〜…」
俺史上一番デカい安堵の息がでた。
「…!」
天を仰いで安心した瞬間、バン。と扉を勢いよく開けた音がしたと同時に、俺は突風に煽られた。一瞬、何が起こったのか分からなかったけれど、風の行く方を見るとオレンジ色の髪が見えた。
「皆! 大丈夫か!?」
直後、安否を確認するヒローナの声がした。
俺はその声に反応するように下の階の様子を覗きに行く。
「怖かったよ~…!」
一階に降りる俺の視界に入ったのは、倒れている本棚だった。全ての棚に本が詰められていた重そうな本棚が、本を床にぶちまけて倒れている。
皆が朝食を取っていた机に着くと、付近の床には割れた皿の破片や散乱する食べ物とスープの水たまりができていた。子どもたちはヒローナを始めとした大人たちに抱き着いて泣いている。
「痛い…」
皆がみんな無事だった…なら良かったのだが、そう言う訳にもいかなかった。
膝をすりむいている子がいたし、割れた皿の破片が腕に刺さった大人の人。ぶつぶつと神様に祈るばあさん。数刻の揺れだったと思うが、心身ともに大きい被害だった。
―バン!
そんな皆が恐怖を共感しあう中、一際大きい扉の音がした。あまりにも唐突な音に、子供たちはビクついていた。
「皆大丈夫?!」
今度はなんだと皆が玄関の扉に視線を向けていると、酷く優しい声が届いた。
「セイ!」
俺たちのいるリビングに姿を現したのは、修道服に身を包んだ聖女—セイだった。
セイは肩で息をしていて、急いでここまで来たことが察せられた。
「おねぇちゃ~ん!」
「セイちゃ~ん…!」
よほど仲が良いのか、二人の子供がセイに泣きつく。
「大丈夫…大丈夫だからね」
聖女はしゃがんで、不安な子供たちを撫でるなどして慰めていく。
一方の俺は床に散乱したモノを片付けていた。
「アン。布取ってきてくれない?」
「布ってどこだ?」
「階段の下にあるよ」
布がどこにあるか戸惑っているとヒローナが教えてくれた。
俺は急いで階段周辺に行く。
「布は…ここの中か」
階段の側面には扉があった。
「開けー!」
ドアノブに手をかけて開こうとするが、扉が歪んでいて素直には開いてくれそうになかった。
「開け! ひ ら け ー !」
声を出して、気合で扉を開こうとする。
キィ…。と扉が悲鳴を上げているような気がしたが、今の俺にとっては逆にやる気を増加させてくれる。瞬間的に体重を乗せてリズム良く扉に力を入れていく。
「開け! 開け! 開け!」
ドン。と力を入れて引っ張っていたものが急に軽くなって、俺は壁に激突する。
「いてて…」
頭を押さえながら頭を上げると、様々な生活用品が床に散らばっていた。




