23:自分を責めそうな君が、苦しまないように
「階段の時はありがとうな」
「……? 何のこと?」
エリルは、フォローしたことを何とも思っていないのか首をかしげていた。
「いや、朝二階にいこ———」
「さっ。お話は一旦置いて、食べましょ」
いつの事なのか言おうとしたところで、セイに遮られてしまった。みんなが食卓につく中、話し始めるのは流石にまずい……か。
少し不満はあったが、大人しく前のめりになっていた体を正す。
「がっしょう!」
その後、一人の男の子の大声でもって、皆が同時に胸の前で手を合わせる。
「「いただきます」」
俺達が食す具材達や料理を作ってくれた人に感謝するのだった。
昼ごはんを食べ終わったあと、俺はセイとの家に帰っていた。ヒローナに指名手配犯になってしまったことを知らせるべきだったのだが、彼女は彼女で用事があるらしく、いつでもできる話なので俺は一旦引き下がることにした。
今の俺は掃除で疲れた体を床に寝転がることで癒している。
「なぁセイ~。さっきの揺れ……何か知ってるか?」
「知らないわ~。初めてのことだもの」
「だよな~……」
俺が初めて経験したことなんだから当然セイが知っているはずも無かった。正直、国の中心である大教会に身を置いていた彼女が、何か特別なことを知っていると期待していたんだけど……何も知らないようだった。
「それより…!」
「そ、それより……?」
セイが突然大きな声を出すもんだから、俺は飛び起きてしまった。
「昨日の夕方、なんで河川敷にいたの」
立ち上がって、腕を組んで、眉間に眉を寄せて昨日の記憶を掘り返す。
「言って……」
昨日…河川敷……セイが話しかけてくれて———祈ってくれて……
「ない!」
「ぅワァ!」
「あっ、ごめん」
思わず大声が出てしまったが、いきなりはダメだよな。反省反省。
それで。と彼女の質問に答えようとして、身体をセイのいる方に向ける。
「それで、昨日河川敷にいた理由だけど——」
ここまで来てなんだが、言うべきなのだろうか。指名手配されて……とか言ったらショックを受けて倒れるんじゃないだろうか。なんとなくだけど、そうなりそうな気がしてならない。倒れるのもそうだけど、「私のせいで」と思い込んでしまって、ふさぎ込まれたら何て声をかければ良いのか分からない。
「親方と喧嘩したんだ。それで拗ねちまって……情けないよな」
「……な、なんだよ」
俺がせっかく理由を言ってやったのに、セイの奴は俺に鋭い目線を向けている。いかにも俺を怪しんでいるといった感じだ。
「いや、今の間。何だったんだろうなーって」
相当怪しんでいるのか、セイが鋭くした双眸で俺の目を覗き込んでくる。距離が近くなるたびに俺の心臓は激しく動いて、緊張する。けれど、何でもないように、悟られないように、表情だけは頑なに動かさないように頑張った。
「別に、何もない―」
「嘘は良くないよ」
いつもは温厚な彼女が、「くどい」とでも言いたげな目を向けてくる。俺は猫に睨まれたネズミのような感覚だった。
俺は極めて平静を装って話しているつもりだったが、どこか露呈してバレたか……?
あまりにも早い看破に俺はセイの目を見ていられなかった。今の俺は親に説教させられている子供みたいだった。右足は自然と後ろに動いていて、身体が逃げたがっている。何度も目を合わせようとしてもまた逸らしてしまう。
「……俺は」
俺を威圧するその目は怖かったが、俺をまっすぐに見つめるその視線は、セイの過去みたいなものを見た俺にとっては覚悟を感じ取れる。
ただ、正直に伝えてほしい。私を頼って。と言っているようだった。
俺は深呼吸して、その覚悟に応えるために一歩を踏み出して、口を開ける。
「指名手配……されてるんだ」
「それは、本当……?」
「本当。嘘じゃない」
セイの瞳が、微かに揺れた。
彼女は口を震わせていたが、倒れるほどでないにしても相当ショックだったのか、声が出ていなかった。終いには両手で口を塞ぐ。
「な、なんかの間違いじゃないかしら」
改めて言葉が発されたのは、家に光が取り込みづらくなった時だった。
「手配書に、『聖女の誘拐に協力した』って書いてあったから、あながち間違いじゃない」
「———そ……っか」
彼女は口に当てていた手を胸の前で握り合わせて、目を静かに閉じる。
「私の……せ———」
「セイは悪くない」
考えるよりも先に、口走っていた。
「ヒローナのことは———」
「恨んでない」
何故だか知らないけど、セイの言いそうなことが直感でわかった。
あまりにも早い返答に、セイは唖然としていた。けれど、すぐに深く息を吸って、吐くと思ったら微笑んで、綺麗な双眸を見せてくれた。
「アンって強いんだね」
「どうしたんだ? 急に」
「ヒローナに巻き込まれて指名手配されたのに、彼女に対して恨み言を一言も言わないから……普通、責めてもおかしくないと思うんだけど、むしろ感謝……憧れているような感じがする。だから、強いなって」
「お前を救ってくれたんだ。憧れないわけないだろ」
彼女はおしとやかに笑っていた。
「な、なんだよ。変なこと言ったかよ」
「ふっ。言ってないよ♪」
十歳を過ぎてからというもの、あまり人から純粋に褒められていなかった俺には、セイの言葉がくすぐったかった。なんだか恥ずかしい。
自分の首に当てた手は熱をはっきりと感じる。顔が赤くなっているかもしれない。そう思えた。
セイはにんまりとしていて、顔を赤くしていると変にカラかわれそうだった。
「お、俺。困っている人がいないか見てくる」
俺はそそくさと玄関に向かう。
面倒くさいことになる前に逃げる。これに限る。
「アン!」
扉に手をかけたところで、セイに名前を呼ばれる。
一瞬、カラかわれると思って無視しようとしたが、清々しいほどに元気な声に、俺の足は止まる。
「アンが帰れるように、私も頑張るよ!」
「……ありがとな!」
あるはずもない力こぶを見せつけるように腕をL字に曲げる彼女がおかしくて、笑いそうになるが、笑う勢いそのままに俺も元気に返すのだった。
悩みを告白したところですぐには解決できないが、岩みたいに重かった頭は、今は凄く軽くなったように感じられる。




