17:朝帰りのあなたに、おかえり
しばらく歩いていると、見覚えのある村が見えてきた。
「あそこに見えているのが俺の村だ」
「活気のある村だね」
俺には村がまだ遠くてよく見えないが、ヒローナには何か見えているらしかった。
まぁ俺が起きてから随分と時間が経っているから皆各々の仕事を始めているだろうし、ヒローナにはその人たちが見えているのだろう。
「セイもここで育ったのか?」
「あぁそうだけど」
「ほうほう。セイのご両親にもあいさつしたいな」
俺の後ろでのんきに話してくる彼女は妙にセイのことについて知りたがっていた。
ここに来るまでにも、俺とセイの関係性やどんな幼少期を過ごしてきたかを聞かれていた。
「セイのことで何か企んでるのか?」
相手を誘導して何かを言わせることは苦手で、バカな俺は正直に聞くことにした。
「いやまぁ…別に。聖女が小さいころにどんな生活をしていたのか……もっと言うと、元から聖女と言われる女の子だったのか気になってね」
正直に聞いた俺も俺だが、バカ正直に答えてくれたヒローナに俺はバカだと思った。
けれど、正直に答えるというのはやましいことが一切ないということでもある。彼女が強い以前に、その正直なところを俺は気に入っていた。
「昔のあいつは聖女然とはしていなかったぜ。毎日俺と遊んでくれた大人しい感じの子だった」
「駆けっことかしていたらしいけど、本当に大人しいかったのか?」
「あ~そう言われれば…そうかも?」
俺の昔の記憶じゃ具体的にどうだったとかハッキリとは思い出せなかった。
ヒローナはあまりのあやふやさに笑っていたが、俺はスッキリしないままだった。
「着いた~家に」
「なんだアンコでね~か。そんな別嬪さんを連れてくるもんだから誰かと思ったべ」
長い距離を歩いて意気消沈なところに、後ろから村の中でも意味わかんないくらい陽気な爺さんに話しかけられた。土汚れから大分年季の入った作業着に、鍬を持っているその姿はいかにも農夫って感じだ。
「俺を何だと思ってんだよ爺さん。こんな女、いくらでも連れて来ることできるぜ!」
「ハハハハハハハハハハハ。そりゃ無理だぞ! そこの綺麗なお姉さん。こんな口の悪いガキ本気にしちゃだめだぜ! アーハハッハハハハ!」
「うるせぇ! 早く自分の畑に戻れじじい!」
「言われなくとも~。セイちゃんによろしくな~」
背中を見せて手を振りながら馬鹿笑いして去って行った。相変わらずイラつくくらい元気な爺さんだ。
「元気なお爺さんだな」
「あの人昔から元気なんだよ…」
気を取り直して、我が家の扉をゆっくりと開く。
心配されていると思ってはいるが、親が物凄く怒っていたらと思うと帰ってきたことがバレたくない気持ちもあった。
ガラ…ガラ…とちょっとづつ開けると、扉の向こう側から何やら大きな足音が聞こえてくる。足取りは早くて、このままじゃ扉に当たりそうな勢いだった。
立ち止まったのか、足音が途絶える。
―ガラ!
両手を使って勢いよく扉を開けたのは、妹のメイだった。
「兄ちゃ~~~~ん!!!」
妹は俺を見るなり抱き着いてきた。
「メイ。人前だぞ…」
「どうして昨日帰ってこなかったの! パパとママが心配してたよ!」
妹は人前なんて気にせずに、溜めに溜めた感情を吐露する。昨日から穿いたままの汚いズボンさえも気にせずに顔をこすりつけて…ズボンが濡れていた。
「ご、ごめんな。兄ちゃん、帰ってきたから。大丈夫だぞ」
妹の悲しむ姿なんて見たくなくて、しゃがんで優しく抱きしめる。
「君は、愛されてるな」
抱きしめても妹が簡単に泣き止むわけなくて、「大丈夫」「帰ってきたよ」「心配させてごめんな」と妹の背中をトントンと優しくたたきながら謳うのだ。
「アンコ?! 帰ってきた?!」
家の奥の方から母ちゃんの声が聞こえてきた。妹と同じように、早い足取りで玄関まで来ているようだった。
「あ、あなたは…」
けれど、母ちゃんは見知らぬ人を警戒する。
「アンコさんのお母さんでしょうか」
「そうですけど…」
「私の名前は、ヒローナ・ギルテン。訳あって、アンコさんを保護させていただきました」
「そう…ですか。訳って…聞かせていただいても?」
俺が妹を落ち着かせている間に、ヒリヒリと火傷しそうな雰囲気になっている。
「お母さんは、先日あった祭りのことを知ってますか?」
「えぇ。最後には大きな儀式をするって教皇様が言ってましたけれど」
母ちゃんは俺が見知らぬ人と帰ってきたことに困惑しつつ、状況をかみ砕くように話す。
「その儀式で大きな事故がおきまして、危ないところを助けた。と言う訳です」
「あ~確かに…儀式は失敗して、いつになるか分からないけれど、やり直すって言ってましたね」
そうだ。と母ちゃんが続ける。
「聖女…セイは大丈夫なんですか?!」
「もちろん。救助いたしました」
その言葉を聞いた後、母ちゃんは俺の顔を一瞬だけ見る。
「あの~。大きな事故ってどういうのだったか聞いても良いですか?」
「すみません。現在調査中でして…お応えるすることはできません」
「そうなんですね…息子を助けていただいてありがとうございます」
母ちゃんは深々とヒローナに向かってお辞儀するのだった。
「それじゃあな、アンコ」
清々しいほどに嘘をついたヒローナとの別れは意外とあっさりしたものだった。
「い、良いのかよ。もう帰っちまって」
「あぁ、今日は気が変わったんだ。それに、よそ者が長居すると良くないだろ?」
「それなら…まぁ…」
「そういうことだ。寂しかったからまた来るが良い! さらばだ!」
俺たちに真っ黒なマントを見せながら、彼女は帰っていく。めちゃくちゃな奴だったが、どこか清々しい奴だった。
彼女の背中は大きかったが、段々と距離が離れていくにつれて豆粒みたいに小さくなっていく。終いには木で姿が隠れて、見えなくなった。
「アンコ。とりあえず、おかえり」
「おかえり!」
「ただいま」
後の人生でもあの祭りの出来事を超える事件はもう経験しないだろう。




