18:ごたつく友達に腹パンを
俺が一日ぶりに家に帰った日からまた一日経った日。
「ん…」
屋根裏部屋の窓から差し込んできた日の光が俺の目を刺激する。目を閉じているのに遠慮なく入ってくるせいで、白一面の世界に囚われそうになる。
その済んでのところで俺の目が開いた。
妙に目がさえた朝だった。窓を開けて見る外の世界は色鮮やかに見えて、俺の心も澄み渡っているような、新鮮な空気が俺の中を駆けて行って、気持ちの良い朝だ。
「うし。今日は流石に仕事に行くか」
俺はいつも通りに着替え、朝食を食べて、自分の部屋で仕事に行く準備をする。
「手袋、よし。鎌、よし」
どうせ今日もレンガを積むだけなのだから鎌が必要なのかは分からなかったが、一応持っていくことにした。作業中に雑草を見つけたら刈れるし、持っておいて損はないだろう。
「それじゃ、仕事に行ってきま~す」
「気をつけてな」
「行ってらっしゃい」
「絶対帰ってきてね!」
家族に見送られながら、都へと行くのだった。
「いや~今日も今日とて良い天気!」
天国まで見えそうな程澄み渡る青空。そよ風になびかれて鳴る草原の音。鼻孔を微かに擽る青臭い匂い。
昨日は休んじまったけれど、今日も今日とて仕事——
「おい、アンコ! なんで堂々と来てんだ!」
「だ?」
「『だ?』 じゃね~よ、『だ?』 じゃ!」
俺が仕事場にいる親方に姿を見せると、凄く焦ったような顔で俺の両肩は掴まれた。
「やべ…ついつい大声が出ちまった」
親方はキョロキョロと俺と親方以外誰も居ないのに周りを見渡して、「ついてこい」と言って近くの林に移動するのだった。なぜ怒っているのか分からない俺は言う通りについて行く。
木々が生い茂って、都の住宅や市場がよく見えない少し暗い場所。都の端よりも人気のない林の中、そこで親方は立ち止まった。
立ち止まって、また周りを見渡している。余程警戒することなのだろうか。
ま、まさか親方…万引きしたんじゃ…!(シクシク…)
そして俺は号外を書く奴に聞かれてこう言うんだ。
いつかやると思ってました…(シクシク)ってね。
「おい、なんか勘違いしてんじゃねぇか」
俺がカスみたいな妄想を繰り広げていると、親方の鉄よりも冷たい低い声が俺の鼓膜を揺らす。
「アンコ。お前が今置かれている状況は分かっているのか」
「——え…」
やらかしたっぽいのは俺の方だった。
「今日の朝にこんなのが配られたんだよ」
そう言って親方は一枚の紙を俺に見せた。
「わ…わんて―」
「WANTEDだ」
俺の視界が捉えるものはWANTEDと書かれた紙。指名手配書だった。手配書の真ん中には、俺に似た似顔絵が描かれている。その下には、『聖女の誘拐に協力した疑いあり』とも。
開いた口が塞がらなかった。
「お前…これ本当なのか」
親方の俺を見る目が蛇みたいに鋭い。親方は俺を責めているわけではない。なんなら俺を信じようとしてくれている。それは分かっている。
けれど、ネズミみたいに臆病になってしまった俺は冷静になんかなれない。
「違う!」
お、俺は被害者なんだ。あいつに連れられて…化け物みたいになったセイを助けてもらって……
「誘拐は…してない」
「そうだよな。お前は誘拐なんてできる玉じゃない」
親方は俺を疑っていなかった。
「誘拐するために協力を持ち掛ける玉でもない」
むしろ、俺を信じていた。
「誰に言われてこんなことをした」
「言われて…」
けれど、俺のセイに対する思いは理解されていなかった。
「そ、そんなこと聞いたって、親方は衛兵じゃないだろ? 聞いてどうするんだよ」
「お前が被害者なら、こんなふざけた指名手配を無くせるかもしれない」
親方は俺のことを考えてくれていた。指名手配が無くなれば今まで通りに生活ができる。そう考えてくれている。
「お、俺は…」
ただの仕事仲間なだけの俺を信じてくれる親方の目を…いや、顔も見られなかった。
眩しかった。目の前の口が悪いのに優しいおっさんが。
俺の視界に映るのは、地面に生えている緑たち。そして、握る拳と落ちる水滴。
「誰かにそそのかされて、結果的にそうなっちまっただけなんだろ?」
「……」
「言えって。———言ってくれ」
親方は眩しいし、俺のためを思うなら白状したほうが良いのだろう。
——が、顔を上げて親方の目をまっすぐ見る。
「言えるわけないだろ!!!」
セイを助けてくれた恩人を裏切るわけには行かなかった。
俺の、心からの叫びを聞いた親方は狼狽えるでもなく、固まるでもなく、俺を見ていた。
「ハァ。そうか、分かった」
何が分かったんだよ。と言いたかったが呑み込んだ。
「アンコ。お前はクビだ」
そう言ってから、親方はポケットから小袋を取り出して、俺に投げ渡す。
「それは退職金だ。二度と俺に面見せんじゃねぇぞ」
「なんでクビになんだよ! 意味わかんねぇよ! 指名手配されたのが悪いって言うのか———」
「うるせぇ黙れ! クソガキが!」
「ぐっ…」
俺の鳩尾に強烈なパンチが入った。
「クソ……が………」
急に息が苦しくなって、胸を押さえてその場に倒れ伏す。
必死に呼吸しようとしても口を開くだけで、肝心の空気は入ってこない。
マジで……死ぬ。
殴られた場所は痛みが全然引かないし、呼吸もできない。
目を強く閉じても、胸を強く抑えても痛みは分からない。
「———カハァ……!!!」
しばらくの間、痛みに耐えていると急に空気が入ってきた。
その時に要らないものも入ったのか、思わず咳き込む。
「はよ帰れ」
俺はフラフラな身体で立ち上がって、片足を引きずりながら後退る。
親方の言うことに従いたくは無かったが、今日の親方はヤバい。早く逃げないとまたぶん殴られそうな気迫があった。
「マジで…どういう事なんだよ」
そうセリフを吐いて、走って逃げだした。
小袋なんて受け取りたくなくて、その場に置いてきた。
都を抜けて、草原を抜けて。
「くそっ…熱いな…! クソが!」
俺の遥か上で燦燦と輝くお天道様が俺をあざ笑うように感じる。逃げ場のないストレスに俺はどうにかなりそうだった。
村に帰ってきて、自分ちの玄関の扉を力任せに開く。
「に、にい………ちゃん」
玄関の先にいたのは…妹だった。両手を胸の前で強く握っている。
「あの…ね……さっき衛兵さんが来てね…兄ちゃんのこと……ママと話してたの…」
俺に近づく足取りはおぼつかない。
「兄ちゃん……その、悪いこと……………したの…?」
もはや、俺の家すらも…安心できる場所ではなかった。妹があんなに怯えている姿なんて初めて見た。
「もうほんとに……なんなんだよ…」
俺は住んでいた村すらも居心地が悪く感じて、妹の質問にさえも答えずに逃げ出した。




