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16:ご機嫌な朝

 俺とセイが風呂から上がった後、俺たちは少し喋りつつ、床に就いていた。

 祭りがあったり、ヒローナに誘拐されたりと、改めて振り返っても色々ありすぎた。そのせいでただでさえ重く感じる頭に睡魔が襲ってきて今に至るといった感じだ。




 瞼裏から漏れる光。


「ね…眠い」


 にこやかな光が目に差し込んできて瞼をゆっくりと開いた。頭がぼやけて、見えてはいるんだけど何なのかよく分からない。

 目尻をこすりつつあくびを一つ。

 すぐに頭の中は透き通っていって、見えているものが何なのかハッキリと認識できる。

 隣の布団で寝ていたセイの姿は見えなかった。

 ご機嫌な朝だ。


「いや〜ご機嫌ごきげ……」


 もう一度隣の布団を見る。もちろんセイの姿なんて見えなかった。

 朝日は窓から見えない。少し肌寒く思える今、早朝にしか思えなかった。


「さ、流石聖女だ…めちゃくちゃ早起きじゃん」


 草刈りの日常を送っている俺も早起きには自信があったが………聖女には敵わないらしい。

 ノロリ。と立ち上がって、頭を掻きながら歩き出す。


「いて」


 足元から聞こえた小さな声。


「もしかして…」


 嫌な予感がした。

 まさか聖女を蹴るなんて…そんなバッチィことあるわけ…

 足元を覗こうとする俺の首は、物が挟まった臼みたいに滑らかに動かなかった。


「ハハ…」


 俺の表情筋は痙攣するほど引きつっていた。

 俺の視界に映る者は…俺の布団で寝ているセイだったのだから。

 なんなら手でおでこを押さえている。


「神様…どうかわたくしめに許しをぉ!」


 半分自棄(やけ)になりながら天高く両手を掲げて、握り合わせて祈った。


「アンがわたくしって言うの…なんか変だね」

「お、起きたのか」


 俺の足元でふと微笑む彼女のしぐさは猫みたいに愛らしかった…が、むしろ何て言われるのか予想だにできない俺は怖くて、急いでその場を引いた。

 ドン。と後頭部に当たる壁。俺はこれ以上引くことができなかった。

 ゆらりと上体を起こすセイ。彼女の目元は前髪で隠れていて俺を睨んでいるのかどうか分からない。


「ど、どうしたんだょ」


 俺がひよっていると、彼女は俺の方に体を向けて両手を差し出してきた。


「起こして〜」


 彼女は、あくびしながら甘えてくる猫みたいに可愛らしい声でお願いするのだった。


「ふっ…ハハハ」


 私を蹴った罪で死刑。とか、あなたに神の怒りを。とか言われると思っていた俺には甘えてくるのが可笑しくて、思わず笑ってしまった。

 聖女の意外な一面を見られて、俺にとってはご機嫌な朝だった。


「分かりましたよ。せ い じ ょ さ ま」


 聖女をカラかいながら近づいて、差し出された手を握る。のではなく、がら空きの脇に手を通すのだった。


「よっこらせ!」

「うわぁ!」


 寝ぼけた聖女の目が覚めるように勢いよく持ち上げた。


「い、いきなり何するのよ!」


 そんなに驚くとは思っていなかったが、目が覚めたようでよかった。


「いや〜ごめんごめん。眠そうだったからさ」

「ごめんじゃないよ~!」


 そう言って暴れる聖女が小動物みたいに可愛くてまだまだ持ち上げていたかったが、流石に怒られそうなので降ろしてあげるのだった。



 朝早くに起きた俺たちは、朝ごはんを食べ、色々なことをし終えて、ゴロゴロと暇をもてあそんでいた。そんな暇で仕方がない時だった。

 トントントン。と玄関の扉がノックされる。


「どうぞー」


 俺は反射的に言った後、失敗したと思った。理由は単純、扉の先にいる人を確認していなかったからだ。聖女を追ってきた人たちが先にいるかもしれない。

 この家には鍵という高級品は無い。

 玄関の扉は誰かによって抵抗なく開かれ、俺たちの家に足を踏み入れてくる。

 見える服は、丈夫そうな黒い服。


「おじゃまするよ」

「な、なんだお前か…」


 玄関の扉を開いては言ってきた者はヒローナだった。

 安心して、俺は胸をなでおろして吸ったまま吐き出すのを忘れていた空気を吐き出すのだった。


「んで、何の用だよ」

「おや。昨日言ったことをもう忘れたか?」

「昨日…」


 昨日を思い返してみても、色々ありすぎてヒローナと何か約束した記憶なんて無かった。


「なんか約束したっけ?」


 どれだけ記憶を掘り起こそうとしても思い出せなくて、ヒローナに直接聞くことにした。

 マジに忘れていることに呆れてか、ヒローナはため息をつく。


「君が帰る時に私も同行すると。言わなかったか?」

「…あっ!」


 ヒローナの言ったことを聞いて、俺の頭の中に雷が走り回る。


「思い出したか」

「思い出した思い出した! 言ってたわ!」

「思い出したなら良かったよ」


 興奮冷めやまぬまま、俺は身支度する。

 まぁ身支度と言っても、元から何も持っていないから寝るときに敷いた布団を片付けるだけなのだが。

 そんな勢いだけで帰ろうとする俺の裾を掴む人がいた。


「アン。本当に帰っちゃうの?」


 帰る俺を妨害するのはセイだった。

 ふかふかなマットで座っている彼女に上目遣いで覗かれている。

 俺と同い年のセイを一人にして帰るのは気が引けて…なんならまだ一緒に居たかったが、朝になっても帰ってこない俺のことを家族は心配しているはずだ。


「家族が心配してるから…」

「そっか…」


 その後にもセイは何か言っていた気がするが、俺には聞こえなかった。

 聞き返しても、「何でもないよ。心配させるといけないでしょ」と俺の背中を押してくれる。


「そうだ。聖女様。着替えは中央の家にいるおばあさんに聞くと良い」

「セイで良いよ。堅苦しいし。それに、あなたに聖女様って言われるのは良い気がしません」

「そうか…まぁ、おばあさんに聞けば色々な服を見せてくれると思うよ。君が満足するかは分からないが」


 それ以上会話は無かった。あるのは沈黙。

 俺はこういう何もない瞬間が少し苦手だった。


「じゃ、じゃあ帰るよ」

「うん。君の両親によろしく言っといてね」


 セイは寂しいのか曇った顔をしている。心痛むが帰らなきゃいけず、背を向けて一晩だけの俺たちの家を出る。

 俺の心とは対照的に空模様は晴れだった。雲が所々に広がっていることは少々の救いだったかもしれない。

 俺とヒローナは遠くに見える都を目印にしながら、草どもが生え散らかしている地面を歩いて行く。俺が先頭に歩いて、案内しながら歩くといった感じだ。

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