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15:私を見てくれるあなたが好き

 ヒローナの姿が見えなくなったころ、俺は猛烈にドキドキしていた。時間は夜、意中の女の子と一緒に泊まる…胸の鼓動が高鳴りすぎてどうにかなりそうだった。


「と、とりあえず。風呂入りそびれちゃったし、お湯沸かしてくるよ」


 鼓動はうるさく、頭の中は真っ白だったが、何とか平静を装って風呂場まで行く。関節がメンテナンスを怠った車輪みたいにぎこちなく動く。

 思い通りに行かない足と腕を動かしながら何とかして風呂場までたどり着く。


「アンってお湯沸かせるの?」

「え?」


 湯船を見てどういう風にお湯を沸かそうか考えていると、後ろからセイが話しかけてきた。


「当たり前だぜ。なんたって俺、家ではお湯係だったんだ。任せてくれ」

「ふっ。じゃあ任せるね」


 笑う声も可愛くて、俺の頭は可愛いでいっぱいだった。

 火を焚く場所も大体見当もついたところで、俺は風呂場を後にして玄関に行く。


「ちょっと水汲んでくる」


 と言って玄関の扉に手をかけたとき、リビングの椅子に、腰をかけてダラけている少女が俺の側まで駆け足で来た。


「私も行く!」


 俺の持て余したもう片方の手を、セイは両手で包み込むように握って言ってきた。


「でも…何往復もするから疲れるぞ?」

「別に良いわ。疲れたら休憩すれば良いだけ」


 握られる手が、少しだけ強く圧迫される。


「それに、夜の外は危ないから二人以上でってヒローナが言っていたじゃない」

「…確かに」


 内装を案内されているときに、ヒローナから色々教えられていた。水をくむ場所、薪のある場所、夜の外は何が起こるのか分からないことなど。

 確かに夜は暗くて、灯りが無いと外を歩くなんて怖すぎる。なんなら水を汲む場所である小川に行くには森を抜ける必要があるらしいので、心細かった俺はセイの提案に納得するしかなかった。



 その後、危ないの『あ』の字も感じない程に、俺たちは何事もなく水を汲むことができた。

 湯船の八割くらいまで張られた水が沸くのを待ちつつ、リビングで暇をつぶす。


「…」

「~♪」


 椅子に座って机に肘をつく俺、壁際にあるふかふかなマットで寝転がりながら鼻歌を口ずさむセイ。その鼻歌は心地の良いものだったが…俺の心は平穏ではなかった。


(な、なに喋ったらいいんだぁあぁぁああああああ…!)


 意中の女の子と…夜……二人きり。第三者何て居ない俺たちだけの空間。

 普段市場であった時は言葉がスルスルと出てくるのに、今に限っては全っっっ然言葉が出てこない。

 もう何十回もリビングと風呂場を往復しているが話題なんて出てこないし、水が沸く気配が全然ない。今では喋りたいことを頭の中で思い浮かべはしても言い出せない。せっかく自由にセイと話せる機会だというのに…。


「ゆ、湯加減見てくるよ」

「え~! もう何回目よアン」

「ハハ。ごめんごめん」


 ぷんすか怒るセイに悪いと思いつつもお湯が沸いているか見に行くのだった。


「早く沸いてくれねぇかな…」


 根性なしの自分が情けなくて、ハァ。と大きめのため息をするのだった。

 いい感じに水が熱くなっていることを願いつつ湯船に右腕を突っ込む。腕を通して伝わってくる温度はまだ冷たいのだった。


「まだ沸いてねぇのか~…」


 まだまだ気まずい雰囲気(自分が勝手に感じているだけ)の中、お湯が沸くのを待つしかない事実に希望なんて無くて、湯船に腕を突っ込んだまま、ゆっくりとしゃがむ。


「ア~ン」


 暇つぶしに風呂場の床にある木目の数を数えていると視界が急に闇に覆われた。


「だ〜れだ」


 目元から感じる柔らかい感触とほんのり温かい熱。そして、聞き覚えのある耳が絆されそうなほどの柔らかい声。誰かなんて明白だった。


「セイだろ?」

「フフ。セイかーい。私だけにね」

「うるさ」


 冗談を言う彼女のテンションは妙に高かった。


「まだお湯沸かないんだよな~」

「じゃあお話ししましょうよ! せっかく二人きりなんだから!」


 俺は薪をくべてから、リビングに戻る彼女の後について行くのだった。


「ねぇ…アン」

「な、なんだよ」


 俺が聞き返すと、彼女はキラキラとステップを踏みながら床に置かれているふかふかなマットの上にジャンピング女の子座りした。可愛いとは思うが痛そうだった。

 だが、そんな素振り一つせずに彼女はゆっくりと羽根が落ちるように俺に向かって手を差し伸べてくる。


「アン。好きな人はいる?」


 ドクン!と心臓が急に飛び上がった。好きなひ…セイに好きな人を聞かれるなんて予想していなかった。


「そりゃお———」


 パァン! 思わず滑りそうになった口を自分でビンタした。


「ど、どうしたの!?」


 俺の奇行には流石の聖女様と言えども驚かざるを得なかったようだ。

 一方の俺と言えば、頭が冷静になろうと警報を鳴らしたままだった。何とかして落ち着こうと服を強く握るが…全く落ち着かない。


「落ち着け…」


 小声で言い聞かせてもハッキリと聞こえる胸の鼓動。


「落ち着け…」


 深呼吸しようとも警報を鳴らしたままの頭。


「落ち着け………って」


 俺の瞳を覗くキラキラとしたセイ瞳。


「落ち着けるわけないだろぉ!!!」

「いや本当にどうしたの!?」


 俺の奇行にまたもや驚くセイに意識が向かずに、近くにあった椅子に座る。

 ドキドキ。と叫び続ける心がうるさい。


「い………いねぇよ」


 好きな人なんて直接言えるわけなくて、誤魔化すしか無かった。恥ずかしくて、もはやセイの目を見られなかった。

 すると、セイは差し出した手を胸の前にもってきて両手を合わせる。彼女の頬はリンゴみたいに甘酸っぱく紅潮していて、目を閉じて笑うその表情は、皆の聖女ではなく、一人の女の子のようだった。


「そっか、居ないんだぁ…」


 彼女の声は何故だか分からないが物凄く安心したものだった。

 その声が俺の頭の中で何回も反芻して気が気じゃない。


「お、俺。沸いたか見てくるよ」

「え~。また~?」


 『また』で悪かったな。『また』で。


「ちょうど良い湯加減になっている気がするんだ」

「あっそう…」


 気持ちも誤魔化すように風呂場へ逃げ込んだ。

 ドキドキな鼓動そのままに腕を湯船にツッコむ。


っっっっっっち!!!」


 先ほどまで人肌くらいの温度だったのに、反射で腕を引っ込めてしまうほどに水が熱くなっていた。

 あまりにも早い温度の変わりように、湯船の下にある焚火を疑った。姿勢を低くして焚火の様子を見ると、いつも見る火の勢いよりも強かった。


「やっべ」


 セイの後をついて行くときに薪を追加したが、量を間違ったのかもしれない。


「焦らない…焦らない…」


 自分にそう言い聞かせて、脱衣所に置いていた冷水の入った桶を使って湯船の熱くなりすぎたお湯の温度を下げる。

 桶を床に置いて、恐る恐る湯船に腕を近づけていく。

 冷水を入れたことによって少しだけ波打つ水面。指先にほのかに伝わる程の温かさ。

 チャポ…。と目を瞑って腕を入れると熱くもないがぬるすぎもしない温度を感じられた。


「い、良い…温度だ」


 安堵の息を一つついて、俺はリビングにいるセイに聞くのであった。


「セイ! 水が沸き上がったぞ!」

「ふ~ん。そうなんだ。アン先に入って~!」


 俺の奮闘を知らない彼女は呑気なものだったが、俺を気遣ってか一番風呂に入れてくれることに感謝しかなかった。

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