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11:死した少女に、思いはせよ

「いや~急に動くと疲れるな」


 化け物じみた身体能力を持つヒローナといえども、稲妻みたいな速さで動いたせいか息が少し荒くなっていた。

 少し休憩。と彼女は俺を地面に降ろして、体を伸ばしていた。両手を上に目いっぱい伸ばして、アキレス腱を伸ばすようにつま先立ちしている。


「ふぅ…」


 休憩というより、準備運動を終えた彼女は礼拝堂の扉の前に行く。


「この先に、聖女がいるだろう。心の準備はいいか?」

「いやいや。ただ祈っているセイに会うだけだぜ。心の準備とか要らねぇよ」

「…そうか」


 俺の返答に対する彼女の反応は少しだけ沈んでいた。なんでそんな反応をするのか俺はまだ知らない。天使だとか神様だとかそんなのはどうだって良い。ただ、祈るセイの姿を見てみたかったのだ。


「開けるぞ」


 彼女は扉をゆっくりと開く。扉の向こうにある光景が少し見えてきて、俺は固唾を呑む。


「へ…」


 俺の目に飛び込んできた光景は、礼拝堂の最奥で、窓から射す月光の中に力なく倒れる少女と、少女に膝枕をしている修道服を着た女の人だった。


「セイ…!?」


 見間違えるはずもなかった。今倒れている少女はセイだった。

 俺は何がどうなっているのかも分からなくて、セイのそばに走って行った。


「おい、何がどうなってるんだよ! なんでセイは倒れているんだよ!」


 焦りから思わず大声が出てしまって、修道服の女を責めるようなことを言ってしまう。


「……」

「な、何とか言ったらどうなんだよ」


 修道服の女は何も言わなかった。どんなにセイのことで声をかけても、彼女の瞳は聖女をとらえるばかり。だが、彼女は娘の帰りを待つ母親のように優しい表情をしていた。


「あんた……セイのこと好きなんだな」

「…ッ!」


 今更、俺たちの存在に気付いたのか、修道服の女はビクリと、一瞬だけ体が跳ねた。


「あなたたち、誰の許可を得てここへ…?」

「いやぁすまない。許可何て取っていない。そもそも、私はそこで死んでいる聖女が天使になるのを妨害するために来たのだからな」


 俺の後ろから歩いてくるヒローナが言ったことに、俺の思考は固まる。


「し、死んで………?」


 どういうことなのか、脳が受け入れるはずもなかった。


「セイが……死ん…で……」


 昔っから一緒に遊んで、聖女として国に連れ去られた後も都で姿を現したときに毎回会いに行った女の子が今…………。

 受け入れがたい冗談に、俺は膝から崩れ落ちる。


「じ、冗談……だよな?」


 俺は後ろに振り向いてヒローナの顔を見る。彼女の表情は微笑んだままで、何一つ変わっていなかった。


「あ、あぁ。冗談さ。緊張をほぐそうとね…だけど君の気持を一切考えていなかった。すまない」

「……ほんとっすよ~アハハ。そんな冗談やめろよな」


 一応、呼吸をしているか確かめるために、手をセイの鼻辺りにかざそうとする。


「……」

「やめておいた方が良い」


 ヒローナに制止されるが、俺はやめられなかった。ちゃんと確認しないと…安心できない。たとえ冗談でも、目の前で力なく倒れているセイが死んでいるとか……好きな人が死んでいるとか言われたら確認するしかない。誰だってそうする。


「あ……ぁ………」


 かざした手には、鼻息が当たらなかった。手を握ってみても、人の手とは思えないくらい冷たかった。


「すまない…」


 ヒローナの謝罪は小さな声で、今の俺には聞こえなかった。

 セイの上に重なるようにして泣き崩れていると、セイの身体が動く。


「セイ…!」


 俺はセイが生き返ったという、闇の中で射す一筋の光を信じて顔を上げる。見えたのはセイの背に腕を入れて持ち上げようとするヒローナだった。


「すまないが、聖女を礼拝堂から連れ出せば今回の計画は達成されるんだ」


 そう言って聖女を持ち上げて連れ去ろうとするヒローナ。


「お待ちください」

「なんだ」

「聖女を今持ち去られてしまうと、良くないことになります」

「どういうことだ?」


 今まであまり言葉を発さなかった修道服の女が、ヒローナにとって気になることを言った。当然、ヒローナの足は止まる。


「私にとっても、そこの少年にも……きっとあなたにも良くないことが」

「ハッ。良くないことってなんだ? こういうのはハッキリ言った方が良いぞ」


 修道服の女は立ち上がってヒローナに近づく。


「私の名前は、アルマ。聖女様を長年お世話してきた者です」

「ほう」


 聖女のお世話係——アルマは、粛々と歩く。

 一方のヒローナはというと、嫌がるそぶりは一切なかった。アルマが何をするのかも分からないのに、どこか余裕そうだった。


「聖女様は、今礼拝堂から出られると女神の寵愛を得られないのです」


 そう言って、アルマはヒローナにお姫様抱っこされる聖女の頭を優しく撫でる。


「あー…なるほど」

「ど、どういうことだよ。女神の寵愛って……一体何なんだよ」


 いまいち要領を得ない俺に対して、アルマが振り返ってぶっちゃける。


「…今この人に連れ去られると、聖女様は生き返らないということです」


 生き返る…? セイが動かされたときに生き返ったと思った俺が言えることじゃないが、生物は死んだら生き返らない。それが常識だ。なのに、アルマは生き返ると言った。

 だけど、今の俺からしたらそのことは希望以外の何にでもなかった。


「ど、どうしたら生き返る?!」


 神に縋りつく思いで、アルマに聞く。


「それは私にも……わかりません」


 なんで分からないんだよ。と怒り心頭の俺を前に、アルマは続ける。


「これまで、すぐ起きる時もあれば、一日中起きなかった時もあって……本当に分からなくて、とにかく。信じて待つしかないのです」

「そ、そうなのか…」


 聖女をお世話しているだけあって、言う言葉に聖女を大切に思う思いが載っていた。

 その思いが俺の心まで伝わってきて、頭に上った血も、感じていたイライラも引いていった。


「ヒローナお前。今の話を聞いて連れ出す訳ないよな」

「当たり前だ」


 その意思を示すように、ヒローナは月光の射す教壇に上がる。そして、セイを優しく寝かせようとする。


「にしても、女神の寵愛ってなんなんですか」


 二人と違って何も知らない俺は、近くにいるアルマに聞く。


「ちょ…うご……!」


 ズドン。と鈍い音がした。

 俺とアルマの二人は反射的に音のした方向、教壇に目を向ける。

 そこには、倒れる聖女とヒローナがいた。


「お前…何やってんだ!」

「ち、違うんだ。聖女が急に動いて」


 聖女を腕から落っことして動揺するヒローナを尻目に、俺たち二人は聖女のそばに駆け寄る。


「—————止まりなさい」


 俺たち三人以外の声が聞こえた。

 その声を聴いた俺は走っていた途中に身体が急に動かなくなった。

 礼拝堂には俺とヒローナ、アルマと聖女の四人しかいない。

 ならば、声の主は明白……なのだが、その声はいつも聞く、明るくて元気な声ではなかった。聞こえる声は大体同じ。同じだけれど、空気を透き通っていくようにハッキリと聞こえる声で、聞いた後味には、少し不気味に感じる。


「セ…イ……?」


 声の主は教壇の上で倒れた状態から、手も足も使わずに立った。見えない力によって無理やり立たされたようにも見えた。


「道をけなさい」


 また聖女が言うと、俺の身体はその命令を実行するように勝手に動く。アルマも身体が勝手に動くのか、俺とアルマの間の道を開けるように向き合って立っていた。

 俺たちが道を開けても、いつもと雰囲気の違う聖女は動こうとはしなかった。


けないさ」


 俺の視界の端でオレンジの髪とマントを羽織った女の人———ヒローナが仁王立ちしていた。

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