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12:穢された者を解放せよ! ディクラティオ・グラディオ!

「———どきなさい」


 聖女?がより一層頭に響きそうな重低音で命令する。

 だが、ヒローナは従うでもなく、何事もなかったかのように聖女?に向かって歩き出す。


「どかないさ。天使に暴れられると困るんでな」


(天使…? これが?)


 ヒローナが天使という聖女?は、俺がイメージしていた背中から翼が生えている天使の輪っかを頭上に浮かばせている者とは違った。今の天使は、元のセイと同じような修道服を着たただの少女だ。


「隠しているつもりかもしれないが、無駄だぞ。容姿も、声もその人のものだが、お前らのどす黒い神聖は吐き気がするほど感じるからな」


 ヒローナが感じているらしい神聖は、俺には全く感じなかった。ただ本当に、声色が少し違うだけの、いつものセイと変わらなかった。


「ふっ。そうですか。これからは気を付けます」


 なぜか笑う天使に喧嘩腰のヒローナは、腰に差している剣に手をかける。


「これからが君にあると思うのか?」


 ヒローナは笑っていた。まるで、未来があると思っている天使をバカにするように。


「ありますよ」


 天使がそう言うと、教壇の…いや、礼拝堂全体に無数の白く光り輝く粒が床から浮上してきた。


「ふつくしぃ…」


 俺はその光景が、夜空に輝く星々に見えていた。礼拝堂にさす月光と合わさって、市場でたまに見る宗教画のような美しさ。俺は見とれていた。

 俺の周りにも、輝く粒が浮上してきた。それは徐々に、ゆっくりと浮上してきて、俺の手に当たる。


『卒業できますように』

 単位がギリギリの学生の祈り。


『どうか病気の息子を直してください』

 疲れ果てた女の人の祈り。


『子供が無事に生まれますように』

 流産を経験した夫婦の祈り。


『今回の任務、見ていてください』

 危険な作戦に臨む兵士の祈り。


『ご飯を…食べたい』

 誰も通らない暗い路地裏で倒れ伏す人の願い。


そして、


『今日も皆さんが元気にいられますように』

 祈るたびに死する聖女の小さな祈り。


「何だ…これ」


 多くの、人の願いや祈りが俺の胸の中で炸裂していた。祈りを聞くと同時に、その人の気持ちや情景を感じる。毎日をのんきに生きていた俺には、その人たちが経験したことは酷く悲しい非日常だった。

 それらの光り輝く粒の一部が天使に集まると、天使の姿は醜く変わっていく。

 天使の背中から、翼が生えた。でもその翼は綺麗な翼なんて無くて、泥みたいに羽根が朽ちていく茶色く醜い翼だった。天使の頭上に、輪っかができた。でもその輪っかは綺麗な光なんて無くて、青と黒が歪んで混ざり合っている。


「聖女……さま………」


 アルマは手で口を強く押えて、床に力なく座っていた。修道服のスカートの裾が所々内側に折れていても直さずに泣いている。


「どう…なってるんだ………」


 俺は戦慄していた。天使のその姿は、人々の純粋な祈りを穢しているように感じたからだ。


「もっと早くに気付けなかった私を許してくれ」


 ヒローナは剣を引き抜いていた。その剣は、ナイフ程の刃渡りしかない。


「———邪魔者を壊しましょう」


 天使が天を仰いで言うと、俺たちの頭上に何十個もの紫の粒が現れる。


「まず——」


 直後、紫の粒から杭のように尖った光が俺たちを突き刺す。


「危ないな」


 死ぬと思って閉じていた目を開けると、俺とアルマは礼拝堂の外で座っていた。目の前には、ヒローナの背。彼女のマントとオレンジの腰にかかる程長い髪がなびいていた。


「———あの者に罰を」


 天使の前に、人一人分くらいの大きさのある紫の塊ができる。


「アンコ、アルマ。私のために…祈ってくれるか」

「セイを…元に戻せるのか?」

「君たちの思いが強ければね」


 ヒローナの背が、広く見えた。彼女なら為してくれると信じさせてくれる。

 であれば、俺たちのすることは決まっていた。

 胸の前で4を一筆書きしてから、両手を顔の前に持っていって握り合わせる。


『お前に』

『あなたに』


『『勝利を』』


 轟音と共に黒の混じった紫のビームが俺らに向かって放たれた。


「ありがとう!」


 黒い閃光を散らせながら真っすぐに進むビームは一瞬でヒローナに着弾した。

 それはあまりにも一瞬の出来事で、祈る俺たちには響く轟音しか聞こえなかった。

 ビームが着弾して舞う大理石の粉塵。

 その中に、白く輝く人影が見えた。


「君たちの祈り。ちゃんと伝わったよ」


 粉塵の中の人影は少しひざを曲げて、一気に飛ぶ。その衝撃で粉塵は周囲に霧散していく。

 礼拝堂のボロボロになった入口から天使と、ヒーローが見えた。


「あれ…ヒローナか?」


 ヒローナの姿は、彼女に対して祈る前よりも変わっていた。黒いマントは英雄が身に着けている赤いマント、服は真っ黒な軍服から黄色のラインの入った白い軍服に、オレンジの髪は結われてポニーテールに変わっていた。


「同志たちよ! 私のために祈れ!」


 天使よりも透き通って聞こえる大声でもって、懐から野球ボールサイズの球を真上に投げる。

 空中に放たれた球は目にも止まらぬ速さで礼拝堂の天窓を割って目が眩むほどの赤い光を発する。


『ヒローナ姉さん!』

『姉さん! 頑張ってくだせぇ!』

『勝て! 天使から解放させろ!』


 都の方から小さい子供の声、年を取ったおじさんの声、聖女を大切に思う人の声……様々な祈りの声が……いや、応援する声が伝わってきた。

 ヒローナの仲間たちなのか応援するその声は皆、彼女を信じていた。赤い光を見ただけじゃ状況何て分からないハズなのに、彼女が一人で戦っているのだと…その場に居ない人たちは、神様でもない一個人に祈っていた。


「感謝する! 応援する全ての人々よ!!!」


 応援する声の、白く輝く粒がヒローナに集まって行く。


「———撃ち落とせ」


 言葉を天使が口にすると、天使の背後や放物線を描くヒローナの頭上に数えきれないほどの紫の粒が現れる。

 また紫の粒から杭が高速に放たれてしまう。ヒローナはナイフ程の刃渡りしかない剣を右手に握ったままで、完全なノーガード。

 地面にいる時一度は避けられた杭。だが今回は空中だった。人は地面を蹴ることはできても、空中を蹴ることはできない。

 杭に当たるのは必然だった。


「ヒローナ!」


 彼女を応援する人たちの声に当てられて、絶体絶命のヒローナに対して腹の底から叫んだ。


「案ずるな!」


 彼女の返答はあまりにも心強かった。彼女なら何とかしてくれると、本気で信じさせてくれる。

 彼女が落下し始めたときだった。紫の粒が鋭く尖った杭になって天使の背後から、ヒローナの頭上から放たれる。


「ふっ」


 ヒローナは絶体絶命の状況にも関わらず、笑ったまま天使に近づくために空中を蹴った。

 普通の人にはできない空中での加速。天使にとっても予想外だったのだろう。ヒローナの頭上にあった杭は外れる。


「人々の応援に応えろ! 私!!!」


 天使の背後から放たれた杭は身を捻ってたり、剣でいなしたりしてやり過ごす。


「————私を、守れ」


 全ての杭をいなされた天使はたまらず目の前に数枚のシールドを出現させる。


「去れ! 天使よ!」


 ヒローナからあふれ出る白く輝く光は、ナイフ程の刃渡りしかない剣に集まって行く。

 神々しい光によって、剣は見るも見事な大剣に姿を変える。


「そして、解放せよ! 聖女を!!!」


 神々しい大剣をヒローナは天使に向かって振りかざす。

 天使の展開したシールドは枯れた葉っぱのように簡単に割れて、ヒローナは天使に肉薄する。


穢された魂を(デクラティオ)浄化する剣(・グラディオ)!!!」


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 神々しい大剣によって斬られた天使はこの世の者とは思えない叫びが礼拝堂の外にも響き渡った。

 白く輝く粒は天使の周りに集まると、泥のように朽ちた翼や異様な天使の輪っかは白い光となって分解させられ、空中に消えてゆく。


「セイ!」

「聖女様!」


 戦いが終わった後、俺とアルマさんは聖女のそばまで走って行く。

 天使の周りに集まっていた白い粒が静かに消えると、聖女が力なく倒れようとする。


「おっと」


 だけど、大剣を地面に置いたヒローナが両手で優しく聖女を支えた。


「セイ、セイ!」


 聖女の側まで着くと、俺は聖女を抱きとめた。少し遅れてアルマさんが聖女の下にたどり着く。


「セイは…大丈夫なんだよな?!」


 セイを抱きしめたまま、ヒローナを見て安否を確認する。


「あぁ。もちろんさ」


 彼女は肯定するとともに、地面に置かれている大剣に目をやる。


「あの剣は天使を倒そうとして出来た剣だ。聖女に危害は加えられない」

「そうか…そうなんだな……。良かった……本当に………」


 大丈夫なことを知って目に涙を浮かべるどころか、大量に流れ落ちる俺の鼻をくすぐる硝煙の臭い。


〈ヒューーーーーーーーーー………………ドン!〉


 外から聞こえる何かが炸裂する大きな音。


「花火…」


 そう呟いて礼拝堂の天窓を覗くアルマさん。


「花火………打ちあがっていたのね…」


 俺の近くから、お天道様も嬉し泣きするほどの擦れた声が聞こえてきた。


「お。お目覚めだな」


「セイ!」

「聖女様!」


 セイを見ると、お天道様さまも一目惚れするんじゃないのかってくらい美しい表情をした…まさしく聖女様が、俺の腕の中にいた。


「アン。痛いです…放して……ください」

「ご、ごめん」


 聖女の苦しむ声に、俺は慌てて離れた。


「ふぅ……」


 聖女は、全力で走った後のように深く深呼吸をする。

 そして、見上げるのだ。見つめる先は天窓から覗く色とりどりの花火。

 俺たちも、聖女に倣って天窓から花火を見る。


「やはり花火は良いものですね」


 あぁ。そうだな。はい。と各々が聖女に対して相槌を打つ。

 あんな戦いが終わった後に見る花火は、俺たちを祝福しているようで……気持ちの良いものだった。

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