10:見つかりそうな俺たちに、切り抜けられる力を
大教会裏の扉を開けて、ヒローナと俺は入っていった。
「聖女はこっちだ!」
彼女は入ってから迷うそぶりも見せずに、俺を担いで走って行く。
男なのに、おんぶされている情けない俺はヒローナに気になったことを聞く。
「お、おい待てよ。なんで聖女のいる場所が分かるんだよ」
「仲間のおかげさ」
「仲間?」
俺を攫ったり、今不法侵入しているのは組織的な計画なのか?
こんな人にも神にも祈れない奴に味方するバカが大教会にいるというのか?
「おっと」
俺が担がれながらも彼女のことに考えていると、ヒローナは立ち止まって近くの石像を飾る大理石でできた台の裏に隠れた。
「お、おい。どうしたんだよ」
さっきまで風みたいに颯爽と走っていたのに急に止まるもんだから、思わず声をかけてしまった。
「いやはや、この先を抜ければ礼拝堂なんだけどね…如何せん人が多くて」
彼女は困っているようだった。今いる場所も、先の場所も外とは違ってランプの灯りで照らされていて衛兵を気絶させたときみたいに人を倒して抜けることはできない。
それに、人の目が多くて、コソコソ動いてもすぐにバレそうだった。
「ヒローナお前。そんなに隠れる必要あるのかよ」
「私がバレる分には良いんだが…もし君がバレて共犯にでもされたら申し訳ないなって」
「えぇ…」
今更過ぎることに俺は困惑した。この人、俺を誘拐したくせに犯罪者にしたくないとか言う矛盾したことを言っている。ここまで連れてきて、セイのことで俺を誘拐したのに。
「聞きたいことがある」
俺は極めて真剣な声でヒローナに言う。
彼女は俺の意思が伝わったのか知らないが、俺を降ろす。
俺は面と面を合わせるように、ヒローナの正面に立つ。
「セイのいる場所は目と鼻の先なんだろ?」
「あぁそうさ」
「セイのことで何かをしようとしてる…そうなんだよな?」
「そうさ」
俺の質問に彼女は目をそらさず答えてくれた。後ろめたいこともなく、真剣に考えてのことの犯行だと、俺には伝わった。
彼女は張り詰めた肺にたまった空気を追い出すように一息つく。
「まぁ、もう隠すこともないな」
彼女は真っすぐに俺を見つめる。その瞳は満点の青空のように澄んでいて、俺は自然と彼女の話を聞こうと聞き耳を立てていた。
「私は、聖女が天使になるのを阻止しようとしている」
驚きはなかった。セイのことで教会に侵入しているのだから、ある程度分かってはいた。
「なんで止めようとしてるんだ…?」
「君は、天使のことについて…どう思っている」
「どうって…」
どう思っていると言われても…俺は学が無くてイメージが固められずに、すぐに答えることはできなかった。でも、あの夜にセイは言っていた気がする。天使がどういった存在なのかを。
「神に仕える…存在?」
俺は自分の考えなど持っていないので、セイの言葉を借りることにした。
「まぁ正解だ。でもあやふやだな」
そりゃそうだろ…俺が知っていることは背中に翼が生えているってだけなんだから。
「じゃあ何だって言うんだよ」
「天使は神に仕えるもの…それはあってるが、それが駄目なんだ」
「何がだめだって言うんだよ。神様は俺らの事を見守ってくれているんじゃないのか?」
「そうだな。見てくれるだけ。けれど、それは教会の作ったおとぎ話の中だけの神様のことだ」
彼女が上を向いて、つられて俺も上を向く。
ランプの灯りが届いていないのか天井は暗かった。
「私の知っている神とやらは誰にも目を向けず、興味を示さない。もし、一度目を向ければ、その強大な力でもって厄災をもたらす」
神様は目を向けない、興味を示さない…?ヒローナの、俺の知っている常識からあまりにもかけ離れた話を信じることはできなかった。
「そんな話、信じられるかよ」
「そうだろうな。私も最初は信じられなかったさ」
「それってどういう…」
俺が質問すると、ヒローナは考え付いたと言わんばかりに手の平を拳で軽くたたいた。
「上から行けばバレないな。なんで気づかなかったんだろ」
「ちょっとまだ質問が―—」
「それは後だ」
ヒローナは俺をお姫様抱っこして跳ぶ。
俺はというと、話を流され、男の尊厳が失われたような気がして心の中でしくしくと泣いていた。
身体にかかる浮遊感が無くなった時、俺たちは空中にいた。
大教会の外壁を超えた時とは違って、現実味のある高さにビビッて俺は下を見れなかった。
「良いね。バレずに抜けられそうだ」
ヒローナはそう言って、等間隔に壁に打ち付けられた大理石の柱を渡っていく。
彼女が飛ぶたびに浮遊感を一つ、二つ…。地に足をつけて暮らしていた俺には強すぎる刺激だった。またもや胃からゲロが競り上がってくる感覚。凄く気持ち悪かったが、吐きたくなくて必死に我慢する。
「誰だ!」
祭りも花火の準備で期待に満ちる今、大教会のホール内で、鎧を着た男が音に気付いたのか振り返ってきた。
俺らの方は暗くて見えていないハズだが、男の目は真っすぐに俺らを捉えているように感じた。
「ガレン。ちょっと見てこい」
「はい!」
ガレン…セイの護衛は、鎧を着た男が指をさす方向に歩いて行く。
見つかったかどうか怪しい中、ヒローナも動けないでいた。ホール内の人たちは、突然の不審人物に不安になる者や、衛兵が続々と集まってきて安心する人たちが多くを占めていた。
ガレンが俺らの真下まで来る。ガレンは近くにある像の裏や花瓶の台など隠れられそうな場所をくまなく探していく。
緊張が背筋を撫でる中、ガレンは上を見る気配は全くなかった。多分、柱の上に誰かがいるなんて思ってもいないのだろう。
「ガレン。上も見ろ!」
「くそっ」
やり過ごせそうな雰囲気に一息ついた時だった。また最初に気付いた男がガレンに指示を飛ばしてきた。感の良すぎる男に対して俺は声を漏らしていた。
ガレンは指示通り上を向く。
お姫様抱っこされる俺には選択権なんてなかった。暴れても良かったが、ホール内のぱっと見五十人余りを見渡せる高さから落下して助かる想像なんてできなかった。
「隊長! 何も見えません!」
ガレンの元気な声がホール内にいるすべての人の耳に入る。
その清々しい言葉に俺は呆気に取られていた。
「そんな訳ないだろ! よく探せ!」
「よく探しましたし、見ましたが…異常なところは見えませんでした」
「あ~もういい。私が見よう」
用心深い隊長だ。と俺は思った。部下の言う事でも、自分の信じることは信じ通す。随分と気苦労が多そうだ。それはそれとして、状況はまずいままだった。ガレンと違って隊長は見るべき場所を分かっている。時間はかかるかもしれないが、いつか見つかってしまうかもしれなかった。
「しょうがないか…」
ヒローナがしびれを切らして、何か行動しようとしていた。体勢を低くして、いかにも飛びそうな姿勢をしていた。
「君、一気に抜けられるように。見つからないように私に祈ってくれるか?」
「は? 何言ってんだ」
「良いから、早く」
「しょうがねぇな」
俺は言われた通りに、目を閉じて、胸の前で4を一筆書きをする。
『俺らがバレずにセイのところまで行けますように』
「ありがとう。ちゃんと掴まってて」
感謝の言葉を聞いた直後、俺の横から凄い重力が加わった。
「グッ………!」
前の風のように走っているのとは訳が違う。通り過ぎる壁の模様や柱が見えない程に速く、天窓から差し込む光と、灯りの届かない暗闇とで俺の視界は白黒させられていた。
まるで稲妻のように駆ける推定人のヒローナ。
「ついた~…」
俺を押さえつけるように加わっていた重力は一瞬だった。
ヒローナは徐々に速度を落としていって、立ち止まった時には俺たちは礼拝堂の扉の前にいた。




