運命の始まり 5
「彼女の部屋に煙草はなかった」
松田貴子自身は煙草を吸わない。だが吸い殻入れがあった。勿論来客用とも考えられるが……あの解りにくい文字と『桜の下に死体は眠る』が万一の時のメッセージだとすれば答えは一つだ。
天埜翔はゆっくりと芝桜の周囲を歩き一か所で足を止めるとゆっくりと屈んだ。
4年前に隣の家の防犯カメラに映っていた家の門を越えて入ってきていた二人の男がいた。
警察はそれを今回のように調べようともせず自損事故として扱った。それどころか関われば命の保証がないという圧力もあった。
そんな中でも『俺が出来るのはここまでだ。すまない』とあの時の、あの若い警察官にその映像を渡された。
弟の天加を託した有明正一だ。
彼はその後に警察を辞め、新しい仕事を始めている。
翔は土に汚れた袋を手に立ち上がると頭上に広がる東京の街の青空を見上げた。
「事実が司法によって隠蔽される世の中を……俺は変えてみせる」
そう呟き談笑の声と活気で溢れ返る街の中を進んだ。
現場に残った蒼矢は「こりゃ、他殺で取り扱わねぇとな」と平然と言いながら先ほどと違ってテキパキと指示を出す杉田善一を横目に
「……この現場……おかし過ぎるだろ。杉田のおっさんも……まるで奴を待っていたようだ」
と疑惑を抱きながら松田貴子の机の引き出しなどを見て回り、殺される原因を調べ始めた。
犯人はマンションの防犯カメラに映っていた二人の『カヤ土建』の社員であったことが分かった。
二人を訪ね毛髪の提供を依頼すると逃げ出したことで取り調べとなり、室内で採取された毛髪のDNAと一致したので確定した。
だが……その二人を検察は不起訴とした。理由は明かされなかった。
それをすっぱ抜いた地方新聞の東都新報社の報道とこれまでSNS探偵天馬が明らかにした隠蔽の中で起訴されなかった事件、起訴されても無罪となった事件などの一覧を公表しSNSで拡散されると俄かに『移民プロジェクトで国家動乱を狙う沈黙戦争に加担する裏司法と裏行政の陰謀論』が与太話と言われながらも広がり始めていた。
警視庁刑事部捜査一課第三係長を務める止々呂美修也はその地方新聞を広げ
「SNS探偵天馬……あの時の少年か。様変わりしているが見極める必要があるな。何処までの力があるか」
と副係長の島本蓮司に渡した。
内部を良く知っている彼らの目にはその一覧の中で不起訴になった、また、無罪となった事件の流れが分かっていたからである。
止々呂美修也は椅子に深く腰を下ろし
「不起訴と無罪の事件……上層部からの指示が出ていたな」
と呟いた。
島本蓮司は静かに頷き
「はい、止々呂美警視。SNS探偵天馬と……接触してみますか?」
と聞いた。
止々呂美修也は深く笑むと
「ああ。その価値、ありだな」
と呟いた。
同じ記事を手に東京都心にある合同庁舎の警察庁長官執務室で一人の男が深い溜息を零していた。
「あの女の事は自殺にしろと言っておいたはずだが」
言われ、警察庁長官である岩尾としおは険しい表情を浮かべ
「そのように指示は出しておりましたが……あのSNS探偵がシャシャリ出てくるとは」
と拳を握りしめた。
SNS探偵天馬。
「今やSNSの拡散力を馬鹿に出来ない時代です。まして……それが真実なら下手をすれば警察機構不審……私の退任へと繋がる」
……現段階では私が抜けると警察は貴方の思惑通りには動かなくなりますよ……
「いや、それ以上に関わっている弁護士、検察、判事も摘発されてしまう」
男は息を吐き出すと
「SNS探偵天馬、か。出自を調べようとしても出て来ないようだ」
と言い
「何か裏で動き出しているのかも知れん。ここは大人しくしておくか」
と踵を返した。
岩尾としおは頭を下げて
「鈴木さま……一つお願いが……どうか厳しくカヤに忠告を。余り問題をおこすなと」
と告げた。
鈴木翔は肩越しに岩尾としおを見ると少し考え
「わかった」
と答えると
「確かに4年前に我々のことがバレそうになったのもカヤの一族の犯罪が切欠だったからな。今回の松田貴子のこともカヤがへまを打ったからだ。万一にでもこちらまで巻き込まれたら手間が増える」
と立ち去った。
岩尾としおは頷き
「宜しくお願いします」
と鈴木翔を見送ると窓の外を見つめた。
「あと5年。定年までにこの錬金術で金を貯めておかなければ」
……そのためにもSNS探偵天馬が何者か調べて消し去らねば。絶対に……
この時、東京の青い空に浮かぶ白い雲が薄黒く変わり始めていた。




