37 黒衣のエクソシスト
なぜだろうか?
すごく、逃げ出したい気分になる。
エドガーはいつもの聖職者スマイルなのに、怖い。
思わず口元が引きつってしまった。
それを見たエドガーは一瞬真顔になったけれど、またいつもの柔和な笑顔を浮かべた。
先ほどの妙な緊張感は一体何だったんだろうか。
だけれども、エドガーがまた改まって話しかけてきたので、深く考える時間はなかった。
「それはさておきまして。実は私、先だって正式に新たな職業を名乗ることになりましたので、そのご報告もかねて参りました。」
「え?そうなの?」
貴族をやめてなった聖職者をやめて、またなにかになるとは思っていなかった。
なんでもそつなくこなす人間だから、なんにでもなれそうだけど。
確固たる地位を築いた聖職者というものを捨ててまでなにになりたかったかというのには興味がある。
「それで、新しい職業はなんなの?」
できれば私の予算編成に関わるもの以外であるのが望ましい。
「フリーランスのエクソシストです。」
「ふりぃらんすのえくそしすとぉぉぉ~~~???」
「自称無職みたいな職業だな。」
アレックスのツッコミに、エドガーがおかしそうに笑った。
「まあ、そうですね。どのような組織にも属さないですし、確実に仕事が得られる保証はありませんが、その分、どんな勢力からも何の制約も受けずに退魔をすることができます。依頼さえあれば、今までは受けられなかった地方の案件にもこれで自由に介入することができます。これで、今までは教会に届けられなかった多くの悪魔に苦しめられている弱い立場の方々の声にも応えることができるようになりました。」
「へえ、すごいじゃない!なんというか、エドガーなら、それが絶対にできそうな気がするわ。」
「ありがとうございます。」
「なあ、それって、悪魔が関わっていると思われる得意な事象を、調査するために行くってのもできんのか?」
「もちろん。悪魔が関わっているかどうか判断できない教会関係者からの依頼なども想定されますからね。」
「な~るほどねぇ。」
アレックスが呆れたように言った。
「つまり、下手すりゃ、地方の有力者のもめごとに女王陛下の依頼で介入できるってわけだ。」
「あくまで、エクソシストの出番があると思われるものに、ですが。」
部屋に沈黙が落ちた。
フリーランスのエクソシストなんて、怪しさ全開の職業だと思っていたけれどとんでもない。
我が国にとっての悪を断罪する、そのための先遣隊ともなりうるようだ。
本当にそれが目的だとは思えないけれど、なかなかうまいところを狙ってきている。
「姫にもぜひ協力いただきたいのです。」
「それはちょっと、政治的になりすぎないかしら?」
「まさか。姫は優秀なエクソシストですよ?姫がいてくだされば、私では対応できない悪魔にも強力な一撃を繰り出してくださると期待しています。」
「エドガーに対応できない悪魔なんていないと思うけど?」
「被害者が女性の場合、姫がいてくださると、安心してくださると思いますし。」
「まあ、それはあるかもね。言いにくい事だってあるだろうし。」
「それに、海にも連れて行って差し上げられますよ?」
「それはいいわね。」
思わず即答してしまった。
けれど、エドガーに海に行きたいなんて話、したことあっただろうか?
「ああ、ところで。」
「……なに?」
また考え事をしようとしたところで、エドガーに遮られてしまった。
「この前のポーカーの報酬をいただけますか?」
「え?今?」
「はい。」
「ここで?」
「はい。」
この前、夕方教会で会った時に、以前淫魔と遊んだポーカーのことについてくわしく聞かれ、乙女のくちびるとは何かという話になった。
それを支払うことになったのか、など、それはそれは厳しく追及された。
結局私が勝って、コンラッドの給料3か月分をもらうことになったのに、だ。
まあ、それはいつか臨時ボーナスにでもしてもらうように騎士団長に預けたけれど。
ただ、淫魔にコブラツイストをかけさせたことは褒めてもらえた。
そして一通り説明を終えると、なぜかエドガーともポーカーをすることになって、結果負けた。
「まさか姫は、報酬にできないものをお賭けになったのですか?」
「そんなわけないでしょ!」
エドガーが、長引かせれば何を要求しだすかわからないような雰囲気を醸し出したので、慌てて行動に移した。
「……それだけですか?」
「そ、それだけって……。乙女のくちびるでキスしたでしょ!」
「アゴに、0.5秒ほどでしたが。」
「何が不満なのよ。」
「不満ではなく、不十分です。私もそれなりのものを賭けたのですから。きちんとお支払いください。」
そう言うと、エドガーは自らの唇を指差した。
「はあ?そ、そんなところ、ダメに決まってるでしょ!」
「なぜです?」
「ふ、不謹慎だからよ!だって私たち、心と心のつながり、ハート・トゥ・ハート、互いを尊重し合う、肉体的な接触を一切断った、精神的な愛を追い求めるプラトニックな関係でしょ?」
「あの約束は、私が神父であったからこそのものですので、聖職者でなくなった瞬間に自動的に無効になっています。」
「なにその屁理屈!」
「前提条件が無くなったので、当然です。約束とはそういうものです。さあ姫、報酬のキスを。」
「ちょ、ちょっと!アレク!主人の危機を助けなさい!」
こっちを面倒そうに見ていたアレックスは、ジャックの頭だったカボチャのくりぬいたやつを、頭からガボっとかぶると、そのままソファに寝転んで寝てしまった。
「アレク~~~~~~~~!!!」
「彼は実によくできた、空気が読める優秀な騎士ですね。」
「アレク!覚えておきなさいよ!!!」
どうやら私はこの強引な男にこれからも振り回され続けていくことになりそうだ。
仕方なく決心してエドガーの顔を見つめる。
優しく微笑むエドガーの瞳が、赤く光った。
以上で完結です。
ありがとうございました!




