36 ドキドキが必要
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もう夏が近いと感じるようになるほどの日差しが窓から差し込んでくるけれど、同時に雨を予感させるかび臭さを含んだ風も入ってくる。
これからは長雨の季節だ。
雨が降り続くのははっきりいって嫌いだ。
気分は乗らないし、髪はぺったりとしてまとまらないし、アレックスはいつも以上に寝るし、食欲もわかなくなるし、おまけに去年は巨大なナメクジが大量はっせ……いや、これは思い出すのはやめよう。
とにかく、これからの季節の過ごしにくさを考えると、どうにも落ち着かない。
ソファーの周りをぐるぐると歩き回っていると、そのソファーに寝そべっているアレックスが
「回遊魚かよ。」
と呆れたように言ってきた。
「違う。運動よ。」
「晴れてんだし、外ですればいいだろ。」
「い、や、よ。この季節、結構日焼けするんだもの。日焼けは乙女の大敵よ!男は外に出れば7人の敵がいるとか言うけど、女には降り注ぐ太陽が敵なのよ。つまり、すべてが敵なの。7人どころじゃないの。逃げ場はないのよ。」
「なんだそれ。お前、この前はお肌のゴールデンタイムが戻って来たからお肌の調子が良くなって怖いものなど何もないとか言ってなかったか?」
「怖くはないけど、敵なのよ!こちらのちょっとした油断が敵の無数の光の矢を受け入れることになり、それが10年後、20年後にこちらにじわじわとボディーブローのように効いてくるんだから。」
「そーかいそーかい。」
「あのねえ、ちゃんと聞いてるの?ほんとに大事なことなんだから!女が綺麗でいるためにどれだけ時間と労力とお金をかけてるのか、今から説明してあげるわね。」
「めんどくせぇ~。お前がいつも言ってるシミとかシワとかどうでもいいだろそんなこと。だいたい、顔なんかまじまじと見ねえし、人は死にゃあ終わりだろ。無駄な努力だと思うぜ?」
「アレク。女の話を聞かない男はモテないわよ。」
「モテんで結構。オレは騎士になると決めたときに、そーいうのは捨てたんだよ。」
「なによそれ?一体どういう……。」
長年の付き合いのあるアレックスだけれど、未だによくわからないことが多いこの男が珍しく自らのことを語ったのでよく聞いてみようとしたところで、侍女からの来客の知らせがありそれは遮られてしまった。
やって来たのは、やはり全身黒ずくめのエドガーだった。
エドガーは軽く挨拶をすると、妙な威圧感を放ちながら私のそばにやって来た。
まるでずっとそれを着ていたかのようにしっくりきている黒い服が、その存在感を増している。
エドガーは平然としているので、エドガーに対してそう感じているのは自分だけなのかもしれないけれど。
「すみません、事前の連絡もなく訪問してしまいまして。」
「いーんだよ、いーんだよ。どうせこいつ今暇すぎて、檻に閉じ込められたライオンみてーにウロウロしてたから。」
「おや、そうでしたか。」
「なんでアレクが答えてるのよ。でも、いつも言ってるけど、エドガーならいつでも大歓迎よ。」
「それはよかった。さあ姫、こちらをどうぞ。」
すっと差し出された花束のようなものを受け取る。
白い紙に大事そうに包まれているのは、3つの人の頭ぐらいある大きな、鮮やかな緑色のブロッコリーだった。
「新しく女子修道院が建てられる場所の近くで栽培されていたものをいただいてきました。朝摘みなので、新鮮ですよ。」
「わあっ。ありがとう!こんなに大きな、アジサイみたいな立派なきれいな緑色のブロッコリーが、いち、にい、さん、3個も!おいしそ~~~~。」
「アジサイです。」
アジサイだった。
朝摘みとか新鮮とかまぎらわしいことを言わないでほしかった。
「ま、まあ、アジサイも、ブロッコリーも、どちらも植物だから、広い意味では同じものよね。」
「違います。アジサイはアジサイ科アジサイ属のがくが大きく発達した装飾花をもつ落葉低木の一種であり、有毒であるので切り花として利用する際は注意が必要です。間違えても食べないでくださいね。下手すれば死にますよ?」
なぜそれを渡した?
「まさかこれを見て食物だと勘違いされるとは思いませんでしたが。」
「そりゃあどうもすみませんね。まあ、食べられないのは残念だけど観賞用として楽しませてもらうわ。これから何色の花が咲くのか楽しみね。」
「ええ、私もそれを楽しんでいただきたくて。ちなみに、アジサイは根から吸収した養分によって色が違います。赤いものだと、鉄分を含んでいる土壌に植わっているものになりますので、昔先輩の神父から聞いたことがあるのですが、ある一部分だけ色が違うことを不審に思った人がそこを掘り起こすと、死体が埋まっていたことがあるそうです。」
「……へ、へえ~~~。」
「これは一体何色の花が咲くんでしょうね?」
腕の中の固く閉じたままのアジサイのつぼみを見つめる。
赤色が咲いたらどうしよう?
「冗談です。」
「……は?」
「確かに土壌の成分によって色は変わりますが、死体が埋まってるぐらいでは変わりません。」
「そ、そうなの?よかった……。」
「ドキドキしましたか?」
「へ?ま、まあ……ね。」
エドガーはアレックスとハイタッチした。
「ちょっと。なんなのよ、あなたたち。」
「実はアレックス君が、男女関係において、いくら婚約者とはいえドキドキすることがないと飽きられてしまうことがあるというもんですから、姫にはぜひドキドキしていただこうと思いまして。」
「ドキドキの方向性が違うでしょ!」
「なんでも、吊り橋効果というものがあるらしいのですが。」
「ちょっと待って。いろいろ突っ込みたいけど、まずはアレクに恋愛相談するのはおかしくない?アレクのどこに人にアドバイスできるほどの経験と知識があるのよ!この男が女の子といたところなんか見たこともないんだけど。」
「はい、ですが、一番姫に近しい存在と言えば彼ですし、一番姫のことを知っているのも彼だと思いましたので。彼からは色々と情報をいただいています。」
「こいつの目の付けどころは間違っちゃいねえだろ?」
アレックスはおよそ騎士とは思えないほどのゲスい笑顔を浮かべて、右手でお金を表すジェスチャーをして見せた。
エドガーからお金まで取ってるのか。
というか、今色々と情報をもらっていると言わなかっただろうか?
「何か変なことまで聞き出してるんじゃないでしょうね?」
「おや、変なこととはなんですか?聞かれたら困ることでもあるのですか?」
エドガーの眼鏡がきらりと光った。
「聞きたいことがあるなら、私に直接聞いてくれればいいのに。」
「まあ……、それは、おいおい。」
エドガーはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
なぜか背中がひやりとした。
ありがとうございます!
続きます!




