35 ダンサー・イン・ザ・カテドラル
「え?なに?何か言った?」
「……いえ、なにも。」
「そう?」
エドガーはなにかをぶつぶつ言っていたけれど、言いたくないのならば無理に聞き出さなくてもいいかと思った。
「それで、姫は一体何の御用だったのですか?」
冷たい声に、なぜか責められているような気になってむっとしてしまった。
「なによ。用がないと来ちゃいけないわけ?」
「いいえ?」
「……ジャックが、報酬を受け取ったの。そして、灰のようになってしまったから、きちんと弔ってあげたいけど、どうしたらいいのかわからないからあなたに相談に来たのよ。」
「そうですか。まあ、もともともは人間ではなかったのですから、土に還しておけば充分ではないかと。」
「ちゃんと弔おうって、あなたが言ったのよ?あいかわらず、冷たいこと言うのね。」
「あいにく私は生者の味方ですので。私の時間は今現在、あらゆる悩みを抱えている方たちのためにあるのです。もはやこの世のものではないものにかまっている暇はないんですよ。」
いつも信者の救済に心を砕いているエドガーらしい発言に、今までは心の奥にしまっていた不満が現れてくる。
胸の奥がもやもやするような、嫉妬心だろうか。
「エドガーって、いっつもそうよね。もう少し、私にために時間をくれてもいいのに。」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますよ。あなたこそいつも、他者のためにばかり行動されて。もうすこし、私を優先してくださるといいのですが。」
「え?私が?そうかしら……。」
エドガーがそう感じているのならば、そうなのかもしれない。
でもなんだか、自分のことを優先してしまうのは、なんだかいけないことをしているような、なんともいえない罪悪感のようなものがある。
「いいのかしら?」
エドガーに聞いたつもりが、自分に問いかけるようなものになってしまった。
「いいんじゃないですか!!」
「うわっ!大主教!!いつのまに!!」
薄暗い大聖堂のど真ん中で、ほんのりと淡い光を帯びた大主教が、こちらに、びしっと指をさしてポーズを決めて立っていた。
「いいんですよ、姫!あなた様は公人である前に一人の女性!いまそうしているように、愛する者のそばで安らかなる時間を過ごすこともまた、あなた様の人生に置いて大切な時間!あなた様がそうやって笑っておられることで、微笑みは周りの者たちを明るくし、やがてこの国中を穏やかな光で包むことになるのです。今わし、すごくいいこと言った!我に光あれ!照明!!」
またしても、バッと音を立てて右手を大きく上げて決めポーズをとった大主教に、まぶしいほどのスポットライトがあてられた。
どうやら2階から神父たちが照明を当てているようだ。
突然の出来事にびっくりして返事ができずにいると、エドガーが少し怒りを含んだ声で言った。
「大主教。いつからいらっしゃったんですか?いるならいるといってくださらないと。」
「いつからかと言われれば、姫がこの中に入っていかれるのが見えたので、それを追いかけて。2人で何を話しているのかわからなかったから、最近会得した華麗なムーンウォークで近づくけれど、気づいてもらえないから、ずっとムーンウォークの練習しながら声をかける機会をうかがっておったんじゃが。」
「ずっといたんですか……。」
エドガーが疲れたように言った。
「そう、ずっと!いや~、若いってやっぱりいいもんですなあ~。仲良きことは良いことだ!お二人の熱い情熱を目の当たりにし、不肖わたくしも、もっと神の愛を広く世に知らしめなければならないと熱い思いを抱いた次第でありますれば!ハアッ!!」
バサッバサッと上着をはためかせながら、大主教が手慣れた様子でジャケットプレイをしている。
何これ……。
私は何を見せられてるんだろうか。
「あ、あの~、大主教?それは一体……。」
「よくぞ聞いてくださいました!姫が寝ないような礼拝、説教は何なのかを模索していたのですが、そんな中で我々は気が付いたのです!姫が寝ないほど面白いそれらは、どんな人が見ても興味を引くものではないのかと!もっと親しみやすい教会とは何か、について長年頭を悩ませていたところに、一つの光が差したのです。教会離れが進む昨今、我々はもっと開かれた身近な存在でなくてはならないと気付かされました。姫、ありがとうございます!歌って、踊れて、笑いも取れる、そんな大主教、そんな国教会を目指しているところなのですよ!このムーンウォークを披露しながらの、ムーンウォーク説教、聖典の内容を面白おかしく、そして驚きと感動をお届けする新喜劇説教、若者にウケるナウでヤングでちょっと刺激的なヘビーメタル説教などを練習中です!地獄へ落ちろ!」
「いや、地獄に落としたらいけないのでは……。」
「心配ご無用ですぞ!地獄に落ちるのは、欲望や悪魔ですから!」
「は、はあ……。」
悪魔に地獄に落ちろって、実家に帰れって言ってるようなものだ。
それにどれも肝心な中身が頭に入ってこないのでは、と言おうとしたら、エドガーに何も言うなと止められた。
「お二人とも、練習を見学していかれませんかな?それとも、一緒にレッツダンス!やってはみられませんかな?」
「帰ります。」
「OH……。とても残念です……。」
大主教は芝居がかった様子で肩をすくめてみせた。
なんだこれ。
「っは!もしかして、エドガーはこのレッツダンス・トゥギャザーが嫌で聖職者をやめたの?」
「これが理由ではありませんが、もしこれを強要されたのならば、私は国教会を潰します。」
「そこまで嫌がらなくても。」
歌って、踊れて、笑いも取れる、ジャケットプレイをするエドガーをちょっと見てみたかった。
「姫のおかげで、国教会がおもしろ集団……。失礼。より多くの人々により添うことができる団体へと生まれ変わることができたようですよ。良かったですね~。」
「ぜんぜん良かったと思ってないでしょ。そんな棒読みで言われても。」
「それに姫にも毎朝の楽しみができて良かったではないですか。」
「いや不安しかないんだけど。……え?私たちはこれから、朝からヘビメタを聞かされることになるの?なんで?大丈夫?女王陛下が怒らない?」
「陛下はそのような事には寛容でいらっしゃるのでいいのではないですか?知りませんけど。」
「だといいけど。」
エドガーは立ち上がると、両腕を差し出してきた。
あの時のように腕を引いてくれるのだろうと手をのばしたら、その手を取らずに、両脇を抱えて持ち上げられた。
「あ、ありがと。」
「早いところ退散しましょう。巻き添えを食らいたくありません。」
「右に同じく。」
心底嫌そうな顔をしながら、エドガーは私のドレスの裾がめくれているのを丁寧に直したり、髪の毛の乱れをそっと整えてくれた。
「あら、ありがと。」
「さて参りましょうか。」
お手をどうぞ、と今度こそ手を差し出されたところで、大主教が、
「ああ、そう言えば忘れておりました。」
と声をかけてきた。
「フォブリーズ神父。いや、今はミスターだったな。君に頼まれていた女子修道院の改装中に見つかった地下牢と、それから囚人墓地の件だがね、君の要望通り、国教会で引き受けることになったよ。女王陛下も、大昔の政治犯の恩赦による名誉の回復についても前向きに検討してくださるそうだ。それを伝えなければと思っていたところだったんだがね。」
「え?」
驚いてエドガーの顔を覗き込むと、彼は涼しい顔で
「そうですか。」
とだけ返事をしていた。
「さあ、姫。行きますよ。貴方の騎士のところまで送りましょう。夜は危険です。悪魔が貴方を、狙っていますからね。」
「ちょっ!ちょっとエドガー!引っ張らないでよ!」
ぐいぐいと引っ張られて大聖堂の扉に向かう。
その途中ですれ違った大主教が、バチンっとウインクをしてきた。
「あ、あの!エドガー!」
「なんですか。」
彼はこちらを振り返ることなく答えた。
「ありがとう。」
「さて、なんのことだかさっぱり。」
この人、どうしてこんなにひねくれちゃってるんだろうか。
だけど、嬉しくなって思わず頬がゆるんでしまった。
お読みいただきありがとうございます。
次回で完結です。




