27 告解室の告白
思い切って声に出してみたら、あとはもう、堰を切ったように胸の中にあった重たいものがあふれてきてしまった。
「私は……私は皆を、国民をだましているのではないでしょうか?そして、もしもこのことが誰かに知れたら……。」
体がぶるりと震えた。
「怖いのです。私が私でなかった……。『姫』ではない、それどころか、婚姻を結んでいない貴族の、あろうことか聖職者との間の不義の子なのです。」
レッドメイン公とシスター・コーデリアの間に起こった出来事の結末は同情すべき悲劇だったのだと思う。
しかしそれを、だからと言って世間は許さないのではないだろうか。
どんなにつらいことがあっても、誰の前でも、そしてたとえ一人であっても泣かないと、子供の時に決意したのに、言いようのない恐怖と悲しみで涙をこらえることができなかった。
「ふっ……ううっ……。」
下唇を噛みしめて、震える手で零れ落ちる涙をぬぐうけれど、泣くことを止められなかった。
「私はっ……私はこれからいったいどうすれば……?」
どうせ誰もいないのだ、『姫』でもないのだし、泣かないという誓いは破ってしまおう。
そう思うと、もっと涙があふれてきてしまった。
両手で顔をおおって泣き続ければ、時折出てしまうしゃっくりの音だけが響いている。
「どうすべきか、ではなく、どうしたいかを考えましょう。まずはそこからです。貴方がいくら公人とはいえ、自らの意志を放棄してはなりません。それは、生きることを放棄することと同じです。あなたの人生を、なにかにゆだねてはなりません。」
真っ暗な闇を切り裂くような、きん、とした鋭く冷たい声がした。
しかもその内容は、どこかで聞いたことがあるような気がする。
両手で覆っていた顔を上げて、声がした格子の先を見れば、そこにはぼんやりとした淡いオレンジ色の光に照らされた眼鏡が浮かび上がっていた。
「……え?」
「はい。」
眼鏡が淡々と答えた。
「えええええ???」
「なんでしょうか?」
「えええええエドガああああああーーーーー!!!???」
「ですから、なんですか?」
白く長い指が現れ、眼鏡をくいっと持ち上げた。
その瞬間、ほのかなロウソクの火に反射した眼鏡がきらりと光った。
「なんですか?じゃないわよ!なんであなたがここにいるのよ!?」
「いてもいいではないですか、別に。というよりもむしろ、キャンディス姫、貴方こそなぜここにいらっしゃるのですか?ここは王族にとってはご禁制、決して立ち入ってはならない禁断の場所のはずですが?ここに入れば、一人の善良な聖職者を死に追いやることになるかもしれないのですよ?」
「だ……だって、まさかこんなところに今どき聖職者が入り込んでるわけないじゃない!」
格子の向こう側で、エドガーが、やれやれ、とため息をついたのが聞こえた。
「だいたい、なんで私ばっかりいわれないといけないの?あなたがここにいることだっておかしいじゃない!」
「ここならば、決して誰も近づきませんから。仮眠を取るのにちょうどよいのです。」
「ちょうどよいのです、じゃない!いるならいるって、もっと存在をアピールしてちょうだい!誰もいないと思って恥ずかしいことしちゃったじゃない、全く。」
「随分と泣きわめいてらっしゃいましたね。」
「泣いてはいたけど、わめいてはいないわよ!」
ここが暗闇でよかった。
情けない泣き顔をエドガーに見られずにすんだのだから。
だけど、それ以上に気まずい。
ここは早々に退散することとしよう。
だけど、立ち上がろうとした瞬間、顔に向かって激しい光が当てられた。
「まっ眩しいいいいーーー!!!」
あまりの眩しさに両腕で顔を隠した。
これでは告解室ではなく取調室みたいじゃない!?
「まあまあ、そう慌てずともよいではないですか。夜は長い。私で良ければ、姫のお悩みの相談にのりますよ?」
「だから眩しいから光を当てないでよ!なんでそのロウソクそんなにいきなりボーボー燃えるのよ!おかしいんじゃない?」
「そんなことよりも、さあ、お座りください。姫の悩みは私の苦しみ。貴方の顔が曇れば、私の心の臓は地獄の業火に焼かれるように痛むのです。」
「いや、そんなすっごい嬉しそうな顔されて言われても全然説得力がないんだけど。」
「さあどうぞ。すべてをお話ください。その様子では知ってしまわれたようですので。ここには私しかいません。私しか知りえません。私のみが、貴方の絶対的な味方です。」
先ほどとはうって変わって聞いたこともないような優しいそのエドガーの声は、まるで冷えた体に染み込んでくる温かいコーヒーのようだ。
まるであがらうことのできない、悪魔の囁き。
まるで弱い私もすべて受け入れてくれるような、そんな危険な香りがする。
もう全てを許されたような気がして、体の力がすっと抜けていく。
知らず知らずのうちに、ずいぶんと緊張していたみたいだ。
私が中腰になっていた体を、また椅子にもどして座り直したのを確認したエドガーは、満足そうにうなずいてからやっと光をそらしてくれた。
「ふん。さすがは聖職者ね。迷える子羊の捕らえ方をよく心得ているじゃない?」
なんだかエドガーの思い通りに動かされている気がしてくやしいから、そう皮肉げに言ってやった。
「それは心外な。」
「なにが?あなたは聖職者。ここは告解室。だから私は懺悔する。そうでしょ?」
「貴方はもしや、今ここにいるのが私ではなく誰か他の人間だったとしても、その心の内をあかすというのですか?」
「うーん。それは......そのときになってみないとわからないかも?」
「浮気者め。」
エドガーが何かをうらめしそうにぼそりとつぶやいた。
「何か言った?」
「いえ、なんでもありません。姫、これだけは言わせてください。私は婚約者となってからもたしかに模範的な聖職者たらんと己を自戒してきました。でも今は、婚約者として貴方の役に立ちたいと、本気でそう思っているのですよ。」
「どう違うのかはわからないけど、ありがとう。」
「まあ、わからなくてもいいです。これは私の問題ですから。さて、さきほどよりも、少し落ち着かれたようですので、聞かせてください。ゆっくりでいいのです。会話にしようとも思わなくていいのです。心に浮かぶことを、吐き出してみてください。まずはそこから始めましょう。」
ロウソクの明かりがまるで風でも吹いたかのようにゆらりと揺れた。
それを見ていると、たしかに少し冷静になれる気がする。
「本当はこんな情けない姿、エドガーには見せたくなかったんだけど。その、なんだか自分が何者なのかわからなくなっちゃって。私が姫でないのなら、今までの自分の頑張りなんかが全て無駄だったのかな、と思うと、そうね、これは、悲しい?いえ、虚しい気持ちのほうが強いわね。私の今までの人生って一体何だったのかしら?何もないの。何もなかったの。だから、何もない私がこれからどうするかというと、何もできないのよね。もう、前にも後ろにもない。だからどうしたいかといわれても、何も考えられないし、思い浮かばないの。」
話しているうちにまた涙が浮かんできてしまって、それ以上は話すことができなくなってしまった。
「私が思っていたよりも、ずいぶんと深い傷をおっておいでのようだ。」
エドガーの低い声が告解室に響いた。
「ですが、許しません。」
「え?」
エドガーがさっきまでとは打って変わって、まるで罪人を厳しく攻め立てるように言った。
「貴方のこれまでの人生の、王族としての責務をはたさんとするその純真なるお気持ち、そのたゆまぬ努力を否定することは、それがたとえ貴方自身であったとしても、私はそれを決して許しません。」
思いもかけないエドガーの言葉に、びっくりして思わずエドガーをまじまじと見てしまった。
「今まで姫がなされてきたことは、王族だから、姫だからといって誰でもができることではありません。貴方がなされてきたことは、貴方にしかできなかったことなのです。そしてそれは、権威の象徴としてではなく、本当に心を砕いてこられたからこそ評価されるべきことなのです。貴方の国家への献身は、権力を背景にしたものではない。だからこそ、人の心を打つのです。あがめ奉るものではなく、そっとそばによりそってくれるもののような。だからこそ私も。」
いちど、エドガーは息を吸った。
「私も惹かれるのです。どうしようもなく。貴方のその慈しみ深い温かい心に。」
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