28 さあ、秘密を持ちなさい
「……?」
「……。」
「……なるほど?」
「反応が薄いですね!こちらはあの時計塔から飛び降りる覚悟で、この胸の内をさらけ出したというのに。貴方は本当に私に好意を抱いていてくださっているのですか?それとも、この私の言うことなど信じられませんか?」
エドガーが疲れたようにため息をついた。
「いやいや、そんなことはないよ!ただ、なんというか、エドガーらしくないこと言うもんだから……。」
「私らしくない、ですか。そうかもしれませんね。」
「……まさか、今ここにいるのはエドガー2号じゃないよね……?」
エドガーに聞こえないようにつぶやいたのに、エドガーは責めるような目で見てきた。
「それに、私が人生を左右するような悩みを相談してるのに、なぜかエドガーの話になっちゃってるし、納得がいかない。」
「今言わねばいつ言うのかというほどのタイミングでしたので。さて、では混乱してらっしゃる姫に合わせて、話を姫自身のことに戻しましょう。質問ですが、姫は先ほどの私のような、姫が思うエドガー・フォブリーズらしくない私では、嫌いになりますか?」
「まさか!?突然愛の告白みたいなこと言いだすエドガーでも、本質は変わらない。嫌いになったりなんかしないわよ。」
「みたいなじゃなくてまさにそれだったんですが……。」
「ええええ!?そうなの!!」
「なぜそこでそんなに驚くのですか。いえ、今はそれは置いておきましょう。私も同じですよ。そしてもちろん、姫のまわりにいらっしゃる方々も。もちろん、国民も皆そうでしょう。」
「何が?」
「姫が何者であろうとも、姫のことを嫌いになるものなどおりません。心配はご無用ですよ。」
「そうかなあ……。」
「そうですよ。だいたい、こんなおもしろい人物、そうそう存在していません。なんせ、珍事を呼ぶ姫君ですからね。もはや姫だとか王族だとか、そんなものを超越してます。」
「なんでだろう、なぐさめられているはずなのに、むしろけなされている気がする。」
「気のせいですよ。」
エドガーの目が眼鏡越しに細められた。
嘘は言っていないのはわかるけれど、なにかそこに含みがある気がする。
「姫の悩みへの答えは、姫自身が出さなくてはならないことです。ですが、アドバイスをすることはできます。我々聖職者は、悩みある方々にはこうお伝えしています。視点を変えてみてください、と。人間に決められていることは、いつか死ぬということだけです。それ以外は、こうでなくてはならないと決まられたものなど一つもないのです。」
「自由過ぎない?教会がそれでいいの?というか、それではいつもエドガーが言ってることとは矛盾するような気がするけど……。」
「我々聖職者は神に仕えてはいますが、奴隷ではありません。心の中は誰にも支配することはできませんからね。各個人がどう感じて、どう行動するかは自由なのです。ただ、誰もが思い思いに行動すれば、社会的動物である人間の生活は成り立ちません。だからこそ秩序や規律が必要であって……。」
うんぬんかんぬん、とエドガーが、饒舌に話し始めた。
まるで朝の礼拝後の説教のようだ。
自己のアイデンティティーの崩壊の危機にあって混乱しているというのに、条件反射で眠くなる。
こんな状況でも眠くなるという自分の体が恨めしい。
でも、そもそも今は真夜中だしね。
気が抜けると眠くなるのは仕方のないこと。
それに泣いちゃったらなんだか疲れちゃったし……。
「……ぐう。」
「はいはいはい!そこ、姫!寝ないでください!今すごくいいところなんですからちゃんと起きて聞いてくださいね!」
エドガーが、ぱんぱんぱんぱん!と手を叩いてうるさい音を出している。
エドガーは話し出すとお仕事モードになるくせがあるようだ。
「起きてるよー。ただ、ちょっと目をつぶって考え事をしてただけ……。」
「私の話、もしかして、つまらないですか?」
エドガーが、しゅん、としている。
エドガーってこんなに表情豊かだったかなあ!?
それにそんな叱られた子供みたいに肩をうなだれているとこっちが悪い事をしたみたいな気になるからやめてほしい。
いや、悩みを聞いてもらっている時に寝ようとしたのは私なんだけど。
「いや、エドガーの話はつまらないんじゃなくて、ちょっと難しいというか堅苦しいというか、わかりにくいというか……。」
「そうですか。少し、話し方を変えてみる必要がありそうですね。確かに、耳を傾けたいと思ってもらえるように話すことは大事です。そう言えば最近、大主教は漫才にはまってらっしゃってるんですが、なるほど、新たな話術を取得し、楽しくそしてわかりやすい説教を目指してらっしゃったのか。まだまだ上を目指そうとなさるとは。頭の下がる思いです。」
「そうかなあ~~~~~!?」
あの大主教のことだから、単なる趣味の可能性も大いにあると思うけど。
「さて、とりとめのない話になってしまいましたが、少しは姫の気持ちも楽になっていただけたら嬉しいのですが。」
「そうね。話を聞いてもらえて、気が軽くなったわ。ありがとう。」
「そんな、礼を言われるようようなことではありませんよ。」
「でも、おかげで八方塞がりだった状況に、道が開けた気がするの。色んな考え方があるんだなあって。」
「コップの中に半分入っている水を、もう半分しかないかと思うか、まだ半分もあると思うか。人それぞれですからね。正しいものの見方なんて、ないのかもしれません。」
「そうね。でも私は。少なくとも今の私は、今の私の王族の責任を放棄して無用な混乱は起こしたくないと思っているの。たとえ罪悪感に押しつぶされそうになったとしても。そしてそれを、誰かにそれでもいいのだと言ってほしかったのかもしれない。ずるいわよね。」
「それでいいのですよ。悩みというものは誰にでもあるものです。私に貴方の悩みを共有させて下さい。一緒に悩みましょう。」
「でもこんなこと、エドガーを巻き込むわけにはいかないじゃない?下手すればあなたの身にも火の粉が降りかかることに……。あなたにそこまで甘えるわけにはいかない。」
「どうぞ私に甘えてください。それに、私の身のことなど心配されずとも大丈夫ですよ。」
何を根拠に、と言おうとしたけれど、エドガーの自信ありげな様子を見ると、本当に大丈夫なような気がした。
「あなたに秘密を抱えさせることになっちゃったわね。」
少しの後悔と、エドガーを束縛できるというほの暗い所有欲が沸いてきた。
まさか自分にもこんな感情があったなんて。
「嬉しいですね、貴方と私だけのものを持つことができるというのは。」
「でも、聖職者がいいのかしら?嘘はついちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「嘘と秘密は違います。大丈夫ですよ。」
エドガーが揺れるロウソクの火の向こう側でにっこりと笑った。
今更ながら、この人物は本当に聖職者なんだろうかという気がしてきた。
きっと誰にも見せたことがない面をたくさん持っているんだろう。
どことなく、底が知れない感じがする。
「これからもどんどん私のことを頼っていただけるとうれしいですよ。」
「いや、甘えるのと頼るのは違うんじゃない?」
「貴方は意外に自分に厳しいところがおありですよね。私にとってはどちらも同じですよ。信頼関係がなくては成り立たないものですので。姫が私に弱みを見せてくれるのは、私を信頼してくださっている証ですからね。肉体関係を伴わない精神的な強い結びつきというものを確認するのは非常に難しいですが、姫がそうして甘えてくだされば、私は貴方にとって意味のある人間なのだと安心することができます。」
「心と心のつながり、ハート・トゥ・ハート。互いを尊重し合う、肉体的な接触を一切断った、精神的な愛、だったわね。」
「そうです、ですが……。」
エドガーが珍しく何かを言いかけて、やめた。
なので私から話しかけた。
「それなら、エドガーも私に甘えてね。まあ、私で役に立つことなんてそうそうないけど。」
エドガーは何かはっとした様子だったけれど、しばらくしてから、小さな声でありがとうございます、と言っていた。
その後しばらく沈黙が続いたけれど、エドガーが口を開いた。
「ところで、私は姫の心配を少しでも和らげることができると思われる情報を持っているのですが。」
「……待って、なにそれ。ちょっと待って、なんか怖いこと言おうとしてない?」
ありがとうございます。
続きます!




