26 一人だけの大聖堂
頬杖をついてため息をすれば、目の前のアレックスは私のことなどお構いなしな様子で、手に持った瓶をコンラッドに向けて持ち上げてから言った。
「おい、コンラッド!お前が付いていながらなんでこんな下水みたいな飲みもん買ってくんだよ!」
「メロンとあずきの奇跡のコラボレーションだ。主役であるメロンが一歩引いている奥ゆかしさが素晴らしいな。だが、その開発者はずいぶんと攻めてきている。深追いをして致命傷を受けなければよいが。」
「何言ってんの?俺はこんなもん、ずえっったい飲まねぇから、お前が責任もって飲めよ?」
「いや、それは遠慮しておこう。」
「遠慮するな!あとなあ、俺は新聞なんか読まねえのに何買ってきてんだよ。お前株でもやってんのか?」
「なっなに!?お前は新聞を読んでいないのか?」
「誰がこんな文字ばっかりの紙を見るかよ。焼き芋作るときに包むか、窓の拭き掃除にしか使わねえよ。」
「何ということだ!3面を開け!そこにこの世で一番大切な事が毎日載っているだろうが!」
「はああああ~~~~~???」
「違う!そっちは裏面だ!新聞は1面から開いて、その面の左下!」
「やらしい記事も載ってるおっさんが読む雑誌の広告か?」
「もっと上だ。そう、そこ!女王陛下の昨日の一日のスケジュールが分刻みで書かれているだろうが!これは切り抜いてスクラップしなければならない!」
「女王陛下動静、か。でもこれ、昨日のことだぜ?ストーカーの情報になるか?」
アレックスが新聞を覗き込んで珍しく悩みながらうなっている。
ああ、もう、我慢できない!
右手で膝をぱあんっと叩いてから、勢いよく立ち上がった。
「おっさんくせぇな。」
すかさずアレックスのツッコミが入ったけれど、それに構ってなんかいられない。
「私は、今から大聖堂に行く!」
「はあ?なんでだ?」
アレックスがどうでもよさそうに聞いてきた。
「なんででもいいでしょ!」
今まさに私の人生の最大の危機という大波が押し寄せてきているというのに、こんなやりたい放題の騎士達に付き合ってたら悩むに悩めない。
どこかで一人になりたいけれど、寝室に戻ってももう眠れそうにないし、また悪夢を見そうで怖い。
こんな時間の大聖堂なんかに人がいるわけがないし、それに誰もいないはずの場所を知っている。
それに、教会には武力不可侵の決まりがあるから、騎士である2人は教会の門をくぐることはできない。
いままさに、あの大聖堂だけが私が一人になれる場所なのだ。
「なにすんだ?こんな時間に教会なんか行って。」
「い、祈るのよ……。いろいろと。」
「ま、どーでもいいけどよ。どーせ行っても朝の礼拝の時みたいにグースカ寝るだけだろ?」
「何で知ってるのよ!」
「やっぱそーか。」
「い、いつもじゃないわよ?夜が遅かったときとかに、仕方なく!ちょっとだけ、一瞬だけ意識が遠のく瞬間があるだけなんだから!」
「へいへい。よだれは拭いとけよ。」
慌てて口元をぬぐうけれど、よだれなんかたらしてるわけなかった。
アレックスをキリっとにらんでから、大聖堂に行くために扉へ向かう。
「おい、勝手に出て行くなよ。」
アレックスが声をかけてくるけれど、無視して部屋を出る。
夏はすぐそこだというのに、夜はまだ少しひんやりとしている。
少し身を縮ませて早足で歩いていると、慌ててジャックも含めた3人が後をついて来た。
「姫!急にどうされたのだろうか?我々に声をかけずに出て行かれるとは。」
「まあ、十中八九、コンラッド、てめえのせいだな。」
「なぜだ!なんにせよ教会の前まででもお供せねば。」
☆☆☆☆☆☆☆☆
私の部屋からは10分も歩けば、王宮に隣接した、教会の敷地内への大きな鉄の門の前につく。
真夜中だけあってひっそりとしていて、当然あたりには誰もいない。
「お早いお帰りを。」
コンラッドはそう言って、メロンソーダあずき味メロン控えめを渡してきた。
いらないものを押し付けないでほしい。
が、とりあえず受け取っておく。
もらえるものはもらっておくのは悪い癖だ。
「ゆーーーーーーーっくりしてきていいんだぜ?俺はひと眠りすっから。ふああっ。」
アレックスはすでに門柱に寄りかかり、両腕を組んで目をつぶって眠ろうとしている。
そして、暗闇でもぼんやりと浮かぶオレンジ色のかぼちゃ頭のジャックは、ただじっとこちらを見ているだけだった。
武力不可侵の協定により、護衛騎士たちはこれから先にはついてこられない。
彼らに背を向けて、大聖堂へと続くまっすぐな石畳を、足音を立てないようにそっと歩いていく。
あまりにも静かなので、ついこっそりと行動してしまう。
教会はいついかなる時でも、誰にでもその扉を開いているという意味を込めて、その門にも扉にも鍵はかけられない。
それはこのような真夜中でも同じこと。
少し歩けばあっという間に毎朝礼拝を行っている大聖堂の前についたので、階段を上がり、扉を押し開いて中へ入る。
当然中は薄暗く、大きな窓から入ってくる月明かりだけが祭壇を照らしている。
その荘厳さは朝の礼拝の時とは正反対で、なぜかどこか人を寄せ付けない冷たい雰囲気が感じられる。
あのバナナですべった真ん中の道ではなく、左側の参列者用の長椅子の横を通って奥へと進むことにした。
こんな薄暗い中で、あんなにつるつるの床の上を歩くのは非常に危険だ。
祭壇についたら、メロンソーダあずきのアレを供えておいた。
その祭壇の左横には支柱のない二重のらせん階段があり、それを登ればちょうど祭壇の上にある大きなパイプオルガンがある。
普段はそこで演奏が行われるのだが、そちらには行かずに左を向けば、小さなテラスへとつながる扉がある。
そのテラスには雨水排出のための怪物の姿をしたガーゴイルが外に向かって2体並んでいる。
そして、それと全く同じものが、その扉の横にも室内なのに不自然にある。
そのガーゴイルの右の羽をゆっくりと押すと、石造りの壁だったものが開き、中に人が一人やっと入れるくらいの個室がある。
ここは王族用の告解室。
王族の懺悔や告白は国家機密にもつながるので、特別に王族以外にはわからないように作られている。
大昔は、ここで王族の話を聞いた神父はその秘密を洩らさないように、その後殺されてしまっていたらしい、という恐ろしい話を聞いたことがある。
とはいえ、ここを王族が使うことなんてなくなってしまった。
というよりも、ここにこんな部屋があるなんて、前国王も女王陛下も知らないだろう。
私はたまたま、オーグズビー夫人が大主教とこっそりと話しているのを聞いたことがあったから知っていただけだ。
なので、もっと汚れているだろうと思っていたけれど、中はまるで誰かがいつも使っている部屋であるかのように、ほこりも蜘蛛の巣もなくこざっぱりとしていた。
小さな窓からは、ほんのりと月明かりが入ってきていて、ろうそくがなくても部屋の中の様子はなんとなくわかる。
木造りの小さな椅子がそっけなく置かれていて、その先にはまた木造の壁があり、ちょうど椅子に座った時に上半身がくるところにだけ斜めの格子の柵があり、その先にある神父が座って話を聞くスペースとこちらを隔てている。
そっと椅子に座って格子の奥の暗闇をぼんやりと眺めてみた。
昔ここを使ったことがある王族たちは、一体どんな思いでここへやってきて、そして何を語ったのだろうか。
「ふう。」
息を吐いて、まずは心臓が早く打つのが静まるのをじっと待つ。
これから誰もいない告解室で、気持ちを吐き出してしまうつもりだ。
聞いている人はいないというのに、なぜか緊張してしまう。
「神父様。」
誰もいるはずのない格子の先に向かって言ってみた。
誰にも聞かれたくないけれど、誰かに聞いてほしかった。
「どうか、私の話を聞いてください。私は今、とても悩んでいるのです。私はどうしたらいいのかわからないのです。どうかお導き下さい。」
当然、返事はない。
「どうか、私にまつわる秘密を聞いてください。私は、王族ではないのです。前王の子ではないのです。」
お読みいただき、ありがとうございます。
続きます!




