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25 真夜中の目覚め

 ☆☆☆☆☆☆☆☆





 悪夢だった。

 寝起きの気分が最悪だから間違いない。

 食べ過ぎて胸やけになった時のようにむかむかするし、頭痛もする。

 おまけにのどもカラカラだ。

 サイドテーブルの空のガラスのコップに手を伸ばしかけて、やめた。

 水を灌ぐのが面倒だったので銀の水差しを持ち上げて、その注ぎ口に口をつけ、ごくごくと音を立てて飲んだ。

 なんだかこう、お上品さなんか捨て去ってしまいたい、それくらいもやもやとした気分だったからだ。

 今が冬なら積もった雪に頭でも突っ込んで冷やしたら、さぞ気持ちがいいことだろう。

 ずり落ちそうになっているブランケットをたぐりよせて、もぞもぞとその中に体を織り込む。

 ああ、人生とはなんと退屈で陰鬱で面白みに欠けていているんだろうか。

 小説の主人公みたいに、面白おかしい毎日を過ごせたらいいのに。

 毎日姫としての責務と業務に追われるばかりで代わり映えのしない日々。

 それはもちろん、責任ある立場になのだから大事なことなのだとはわかっているつもりだけれど、それは時々、壊してしまいたくなるときもある。

 でもそれは、突然誰かに、そして何かに壊されるものではないのだと思っていたけれど……。


「はあっ。どこか、誰も私を知らないところへ行きたい。」


 最悪な気分が、それから逃げる気持ちをぽつりと口から吐き出させた。

 今このミーティア王国は、平和だ。

 人々を悩ませ、苦しませる、戦災、疫病、貧困は遠い過去のこと。

 驚くほどに犯罪も少ない。

 国民の関心とは、いかに今以上に豊かに暮らすか、この一点に尽きる。

 国民が豊かに平和に暮らしているとなれば、王位継承権第二位をもつ私が突然いなくなってもいいんじゃないか、なんて、できもしないことを考えてしまう。

 さっきの夢は、私が「見た」のか、悪魔が見せたのかはわからないけれど、おそらくかなり真実に近いものだろう。


「コーデリアはあの地下墓地で、ジャックを造りだしたんだわ。無事に帰ってくる可能性が低いレッドメイン公の護衛騎士にするために。よほど公のことが心配だったのね。オーグズビー夫人が私の乳母だったのも、2人は昔からの知り合いで、それに、恐らく事実を知る数少ない人物だからってのもあったのよね、きっと。それから……カスタード?いや……イモ?なんだったっけ?」


 それ以外にもいろんな夢を見た気がするけれど、あのコーデリアがオーグズビー夫人に連れ帰られる場面以外はなぜか全く思い出せない。


「まあ、いいか。」


 夢なんてそんなもの、目が覚めた瞬間、忘れてしまうものなのだから。

 時計を見れば、まだまだ真夜中。

 虫の鳴く声さえしないほどあたりは静かだ。

 ベッドから立ち上がって、使い古して色あせている長いガウンを羽織ってから寝室を出た。

 なんの音もしないと思ったら、アレックスがソファに体を沈め、テーブルに足を投げ出してすやすやと眠っていた。


「やっぱり夜も寝てる。ほんとにいつ起きてるんだか……って!」


 客間としても使っている居間にはアレックスしかおらず、ほかの2人がいない。

 24時間体制に入ったんじゃなかったのか?

 どこかに潜んでいるのだろうかと部屋を見渡していると、アレックスがむくりと体を起こしてあくびをし、頭をがりがりとかきながらテーブルの上の足をクロスさせた。

 こっちは色々と悩みすぎて頭が痛いというのに、のん気なものだ。

 怒る気も失せてくる。

 アレックスの向かいのソファに体を投げ出すようにして座り、アレックスがいつも勝手にテーブルにまき散らしているいかにも体に悪そうな駄菓子を口にどんどん放り込んだ。


「太るぞ。」


 アレックスがニヤリとしながら嫌味を言っていた。


「いいの!」

「エドガー1号に振られるかもだぜ?」


 手に持っていた駄菓子の空袋をアレックスに投げつけてやろとすると、背後のドアが乱暴に開かれた音がした。

 驚いて振り返ると、何やら両手にいっぱい雑誌やら瓶やら袋やらを抱えたカボチャの騎士が滑り込むように入ってきた。


『アレックスパイセン、ちーっす!』

「おせえぞジャック!パシリにどんだけ時間かけてんだ。3分で行ってこいっつっただろうが。」

『サーセン!』


 ジャックはアレックスの横に立つと、体を大きく折ってかぼちゃ頭を下げた。

 その拍子に、いろんなものがどさどさと両手から零れ落ちていく。

 それらをアレックスはめんどくさそうに拾い上げる。


「おい、誰が週刊奥様自身を買ってこいっつった?俺が言ったのは週刊中年スキップだろうが。」

『スキップ……?』

「飲みもんは増減肥茶っつったのに、なんだこれ!メロンソーダあずき味メロン控えめ?ふざけんな!舌が震えて死ぬわ!メロンが自我を失いかけてっし!それになんだこれ、え?王都賭博Walkerなんか誰が読むんだよ。ったく。」

『サーセン!』


 アレックスはその雑誌を私に投げやって来た。


「お前はそれでも読んでお馬さんの勉強してから賭けろ。」


 そう私に言った後、またなにか色々とジャックに文句を言っている。

 チンピラが子分になんくせつけてるようにしか見えない。


「……あんたたち、なにしてるの?」


 最悪な寝起きなのにわけのわからない光景を見せられて、気力を振り絞ってなんとかアレックスに問いかけた。


「なにってお前、新人教育に決まってんだろ?」

「ただのパシリに使ってるようにしか見えないんだけど!?というか、そういう新人教育は最近はパワハラになるんだから止めなさいよ。じゃなくて!新人教育ってなに?ジャックは監視対象でしょうが!パシリに使うな!ちゃんと見張ってて!あと変な言葉使いを教えないで!」

「あのなあ、騎士っつったって、軍人なんだぜ。軍ってのは、上の命令通りに動かねえと最悪全滅するんだ。それをまずはたたきこんでやってるんだよ。」

「そういう教育方針は最近は見直されてるのよ?高圧的に押し付けるばかりではなく個々人の尊厳を尊重……だからそうじゃなくて!なんで監視をしてないのよ!コンラッドはどこにいったの?」

「ここに。」

「うわっ!いきなり後ろから声をかけないでよ。びっくりしたじゃない。」

「申し訳ありません。しかし、どこにいるのかと聞かれましたので。」


 いつもと変わらない、腹が立つほど平然としたコンラッドが、いつの間にか背後に直立不動でいた。


「コンラッド、どこにいたのよ。あなたたちを信頼して2人だけの体制にしてるのよ。ちゃんとジャックを監視してちょうだい。あなたらしくないわね、命令を聞いていないなんて。」

「ご安心ください。私はジャックに同行しておりましたので、問題ございません。」

「問題大ありよ!」

「きちんと初めてのお使いがこなせるようにサポートをしてやりましたから。そして、その道すがら、女王陛下の素晴らしさを説き、また、女王陛下をお見守りできるスポットにもいくつか案内してやりましたので。万事、抜かりはございません。」

「なにパシリについていってストーカーの英才教育を施してるのよ。怖いんだけど。」


 この男、私の夜間の護衛騎士なのに、なんで夜に女王陛下を陰ながらこっそりのぞき見できるスポットなんか知ってるんだろうか。


「え?ストーカー……とは?」


 コンラッドは何を言われてるのかわからないと言った様子で聞き返してきた。

 自覚がないタイプか。

 これ以上掘り下げるのはなんだか怖いからスルーしよう。


「監視対象を自由に行動させてるじゃないのよ。どういうこと?」

「自由に行動なんかさせてねえだろうが。これは俺たちの命令系統下に置くことで監視対象の自由意思を奪い、逆に危険な行動を取ることができなくしてやろうという高度な騎士のテクニックなんだよ、な!コンラッド?」

「いかにも。我が軍において、敵兵を洗脳し、二重スパイにして送り返すことなど赤子の手をひねるほどにたやすいこと。」

「おいおいおい、お前はこれ以上しゃべんな。とにかく、敵をこっちの戦力に変えてしまえばいいことだろ?お前はこいつを雇いたがってたじゃねえか。俺の部下にすることで、お前の部下にもなるっつーわけよ。この作戦よくね?」

「なるほどぉっ!それはいいわね!ってなるかーーーー!!!なにそれ?なにその屁理屈!」


 この護衛騎士2人って、もしかしなくても一緒にしてはいけなかった?

 どんどんわけがわからない方向に爆走して行っちゃってるんだけど。

 なにこれ?夢かな?

 夢だったらいいのになああーーーーーっ。

 呆れを通り越して、逆にこの男たちの妙な肝の座り方にすごさを感じてしまった。


お読みいただきありがとうございます。

続きます!

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