24 暗闇の賢い使い方
「エドガー!?なんでここに?」
無表情で、どこか疲れたような表情のエドガーは、こちらの呼び掛けがまるで聞こえていない様子で先ほどまでコーデリア達がいた場所まで来ると、マッチでろうそくに火をつけて、その場所を、特に壁側を隅々まで調べ始めた。
あたりにはそのろうそくの火がチリチリと燃える音だけが響いている。
その明かりに照らされた石造りの壁やくぼみには、先ほどまでにはなかった苔がところどころにむしていて、壁は今にも崩れ落ちそうになっている個所などもある。
まるで一瞬にして数百年の時を経たかのように、あちらこちらが古びて見えた。
「どうしてあんたの記憶がいきなりエドガーの登場に代わったわけ?あんたまさか、エドガーのこともストーキングしてるの?うわー。」
『ストーキングと言うな!お前の黒騎士じゃあるまいし。そもそも、これは我の記憶ではない、はずなのだが……。なぜやつがこの囚人墓地にいるのだ?』
「囚人墓地……?」
どこにあるのかは知らないけれど、大昔の処刑場や処刑された罪人を葬った場所が王都の地下のどこかにあるという噂は聞いたことがある。
「これはあんたの記憶じゃないなら、これは私の夢なのかしら?はあああーーーーっっ、夢ならもっとロマンチックなものを見たいものだわ。カスタードクリームのプールで泳ぐとか。」
『胸焼けしそうな夢だな。』
「なんでエドガーはこっちも見ないで壁ばっかりにらんでるのよ。」
『知らん。……いや、待て、これはもしかすると……。』
プラムは白い手で顎のあたりを撫でながら、裁判官みたいに目を眇めている。
そこで、ふとエドガーが重たいため息をついたのが聞こえた。
「まいったな……。これをもし、姫が知ったら……。」
いつも話すときよりも幾分も砕けた口調でそう言うと、彼は腕組みをして厳しい表情になった。
税金の予算関連でこちらを口撃してくる時とはまた違う、真剣で、かつ鋭い視線が眼鏡越しにあった。
「やだ……エドガーってば……かっこいいいいっ!」
『お前は馬鹿か?いや、知ってはおったがつい何度でも言ってしまう。』
「お仕事モードな生真面目スタイル……いいっ!」
『なんだ?さきほどのような甘い言葉ささやかれるのとは反応が全く違うものだな。』
「さっきのあのイモのあれって、甘い言葉なの?それはともかく!女というのはね、口で嘘くさい美辞麗句をささやかれるよりも、女のことなんか目にも入らないほどストイックに何かに打ち込んでいる男に魅力を感じるものなのよ!」
『そうかぁ~~~~~????』
プラムはじとっとした目でこちらを見てきた。
「そうじゃない場合もあるけど、そういうもんなのよ!少なくとも、私はそうなの!」
『ふむ、そういうものか。覚えておくとしよう。』
「そうよ!覚えておきなさい!いや、やっぱり別にあんたは覚えてなくていいんだけど。そんなことよりも、あの触れるものみな傷つける、ギザギザナイフな視線を垂れ流してるエドガーって、私の夢の中の妄想の産物じゃなくて、さっきのあんたの記憶みたいな現実のエドガーなんじゃない?」
『お前、夢の中では冴えているな。起きている時になぜそれが発揮できんのだ?』
「いちいちつっかかってくるわね!どうなのよ!」
『おそらくは、お前が考えている通りだろう。なぜか我が記憶であったはずのものが、いつの間にやら我の知らない別の時間の、それも割と最近の現実をお前に見せている。』
「でっしょおおおおおおおっーーー!!そーよねそーよね!ぜったいそーよね!くっそおおおおーーーーー!!!惜しい!なんでエドガーは一人で勝手に暗闇なんかに入っていっちゃってるわけ?こそこそと!一言私に暗闇に行くよって声をかけなさいよ!」
『なぜそう思うのか聞くのが怖いが、一応聞いておこう。』
「聞きたいなら答えてやらねばね!暗闇に男女が二人きりになったらするべきことといえば一つ!」
『……はあ?』
「女の子が、やだぁ~暗闇って、何が出てくるかわからなくてこわ~~~~いっ。って言ったら、男の子が、大丈夫、何が出てきても、俺が君を必ず守るよ、って言って、そしたら、女の子は、嬉しいっ私だけの騎士様って言って、男の子の腕にしがみついて胸を押し付けたりするイベントが発生するのが、世のことわりというものなのよ!ええいっ!その機会をむざむざと逃すとは、このキャンディス・リセシュ、一生の不覚っ!」
『まあ、聞いてて疲れるし、どこから突っ込めばよいのかわからんが、とりあえず、ゴ〇ブリホウ酸団子エクソシストとして、フォブリーズという当代随一のエクソシストに認められたほどのお前が暗闇を怖がるとは思えんのだが?キャンディスなる人間の女には近づくなと、悪魔界隈ではもっぱらの噂よ。』
「ぐう。」
『何だ今の変な音は。』
「まだぐうの音は出る。」
『なんだそれは??我がお前を動揺するように仕向けはしたとはいえ、お前、情緒不安定すぎるぞ。』
「もおおおおーーーーっ!!なんなの?なんなの?なんか変な虫とかでもいいから寄ってきなさいよ!魔物とか悪魔とか幽霊だけじゃなくて、男も寄って来やしないんだけど?」
『ああ、我らのようなものはともかく、人間のオスどもがお前に寄ってこないのは、お前の周りの……。』
「なに?なんなの?私の周りの何?うわっどうしたの?」
プラムは急に羽毛をぶわっとふくらませると、そのまま石像のようにぴしっと強張って動かなくなった。
それに、悪魔なのに冷や汗をたらしている。
「悪魔って、汗かくんだね。」
『しっ!黙れ!』
プラムは1ミリも体を動かさずに、緊張した様子で、しかし小さな蚊の鳴くような声で制止してきた。
それから10秒ほどたってから、おそるおそる、といった様子で口を開いた。
『ちょっと、我の後ろを見てみろ。』
「え、なんで?」
『よいから見てみるのだ!』
なんで私が悪魔なんかの言うことを聞かなくてはいけないのだと思いながらも、しぶしぶプラムの後方を見てみた。
エドガーが、じっとプラムの背中を見つめている。
それも、聖職者とは思えないほどのおっそろしい殺気を漂わせながら。
『やつめ、こちらを見てきておるであろう?』
「そうだね、見てるね。なんで私じゃなくてあんたなんかを見つめてるのよ、エドガーってば。」
『そうだ、見ているのだ。こちらを!』
「だから何?」
『これはお前の夢、そして我が見た記憶。それがいつの間にかいつかの時間軸をこちらに見せてきていると言ったが。』
「が?」
『なぜあちらからこちらが見えるのだ?』
「知らないわよ、そんなこと。」
無視されているようで気分が悪いから、エドガーの視界に入って手を振ってみるけれど、まるで私のことなど見えていないようだ。
「あなただけをみつめてる~。なんで?」
『だから知らん!それに、この感じ、あやつ本当に聖なる力の代行者か?この我の魔力、我の存在そのものを消し去ろうというほどの圧力、これではまるで……。』
「貴様のような魔物が、なぜここにいる?」
エドガーにはこちらの話は聞こえていないようで、唐突にプラムに向かって言ってきた。
「この世に貴様の居場所はない。さっさと消えろ。目障りだ。」
初めて聞くエドガーの、冴え冴えとした声に息が一瞬止まってしまったその瞬間、エドガーが投げた銀色の細いナイフがプラムを背中から射抜いた。
プラムは、ぎゃあ、とだけ鳴くと、どす黒いもやのようなものを放出しながら自身を貫いたナイフとともに消え去ってしまった。
エドガーは、プラムが消えゆく姿には目を向けることもなく、真っ白な法衣をひるがえしながら足早に立ち去って行った。
エドガーは私が見えていなかったようだし、それ以上に、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
予算に関して厭味ったらしいことを言ってきていた時は、まだ優しい方だったのだと言えるくらいの、無慈悲で殺気立った様子だった。
あれが彼のエクソシストの時の姿なのだろうか。
「プラム……。おーい、プラムーーーーー。」
呼びかけても、あのフクロウの姿をした悪魔は姿を現さなかった。
突然私は暗闇に独りぼっちになってしまった。
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